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第17話 魔法狂い、到着

肉は、巨猿より癖が強そうだった。


赤みが濃く、筋肉の繊維も細い。

鳥とも蜥蜴とも違う。

だが、食えないという感じではない。


問題は、量より素材の方だった。

鱗は十分な強度がある。

木に貼りつければ、即席の盾にできそうだ。


レオは試しに、そこらにあった厚い板へ剥がした鱗を重ね、縄で仮止めしてみた。

上から鉈の背で叩く。


鈍い音が響く。


板だけなら、もっと深く傷が入っていたはずだ。

だが、鱗が受けていた。

力が散っている。


「十分だな」


テオドールも頷く。


「木盾よりずっとましです」


「村の前衛全員分は無理か」


「この個体一匹では無理です。ですが、先々の装備更新先としてはかなり優秀です」


「つまり、また狩れってことだな」


「そうなります」


「嫌なことを楽しそうに言うな」


「楽しそうではありませんよ」


だが、少しだけ目が輝いていた。

村の男たちも、青い鱗を一枚ずつ手に取っては、重さや硬さを確かめている。


「これ、本当に盾になるのか」


「木に打ちつければいけるだろ」


「腕当てにも使えるかもな」


「尻尾の熱と合わせれば、寒い時もいけるか?」


話す中身が変わっていた。

脅威の話ではない。

使い方の話だ。


それが、村が少しずつ変わっている証拠だった。



解体の最後に、レオは赤い魔石を布の上へ置いた。


巨猿の珠と並べるわけにはいかない。

性質が違いすぎる。

だが、どちらもこの村にとっては大当たりだ。


焦げ茶の巨大な珠。

そして拳大の、少し角張った赤い魔石。


「やっぱり、魔法使いが要るな」


レオが言うと、テオドールはすぐ頷いた。


「ええ、今度はもっとはっきり要ります」


「こっちは完全に火だ」


「たぶんそうです。尾と繋がっているなら、下手に触れば危険かもしれない」


「使い方を間違えたら村ごと焼くか」


「そこまでは言いませんが、笑えない事故にはなりそうです」


レオは赤い石を見つめた。


巨猿の珠が宝なら、こっちは道具に近い気がする。

危険だが、使い方が分かればもっと直接的に役立つ類。


レオは広場を見回した。


巨猿の毛皮は干されている。

骨はまとめられている。

火尾鶏の鱗は山になり、尾は別に置かれ、赤い魔石は布の上。

そして洞窟から持ち帰った卵が、藁の中で静かに並んでいる。


数日前まで、ここには何もなかった。

いや、あったのは飢えと怯えだけだった。


それが今は違う。

脅威はまだ多い。

だが、同じだけ資源も増えている。


「新大陸ってのは、本当に面倒だな」


レオがそう言うと、ガレスが笑い、テオドールが肩をすくめた。


「でも、面倒なくらいでないと面白くありません」


「お前は本当にそういうとこだけ元気だな」


「仕事が増えると元気になるタイプなんですよ」


「珍しい病気だ」


「否定はしません」


広場には、男たちの話し声と、女たちの包丁の音、それに子供たちの小さな笑い声が重なっていた。


村はまだ小さい。

まだ脆い。

それでも、もう昨日までの村ではない。


レオは赤い魔石を布で包み、巨猿の珠とは別の袋へ仕舞った。

次に来るのは、たぶん戦友であり災厄でもある魔法狂いだ。


この村はますます騒がしくなるだろう。

だが、それも悪くない。



エルマー=グライフが新大陸の港へ降り立ったのは、火尾鶏の解体が終わって、少し経過した昼だった。


空は高く、潮の匂いが濃い。

だが、旧大陸の港町みたいな賑わいはない。


埠頭は相変わらず小さく、半ば朽ちた杭と、傾いた見張り櫓と、やる気の薄い荷運び人がいるだけだ。

その中を、ひとりの若い男が荷袋を肩に担いで歩いてくる。


金髪。

少し斜に構えた目つき。

貴族子息らしい顔立ちではあるが、服装は旅と実戦を前提にした簡素なものだ。

杖を二本、腰には剣。

肩と足腰の付き方からして、机にかじりつくだけの魔法使いではないと分かる。


「…ひどいな」


港を見回して、エルマーは最初にそう言った。


失望ではない。

むしろ、妙に納得した声だった。


「レオの手紙、全然盛ってなかったのか」


新大陸。

怪物の出る森。

見捨てられた開拓村。

巨大魔石の可能性がある珠。


どれも少しは脚色が入っていると思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。

港の時点で、もうまともじゃない場所の匂いがする。


嫌な予感と、期待と、魔法使いとしての欲求が胸の内で気持ち悪いほど仲良く同居していた。

港の脇で縄を直していた中年男に、エルマーは声をかける。


「アルヴェイン侯爵家の開拓村へ行きたい」


「…侯爵家?」


男は顔を上げ、エルマーをじろりと見た。

視線は荷袋、杖、腰の剣、顔へと動く。


「お前誰だ」


「レオ=アルヴェインに呼ばれた」


「…あの坊ちゃんに?」


「坊ちゃん?」


エルマーは少し面白そうに片眉を上げた。

どうやら、レオはもう村でその呼ばれ方をしているらしい。


「そうだ」


「生きてるんだな」


「今のところはな」


男はしばらく訝しんでいたが、やがて港の外へ伸びる荒れた道を顎でしゃくった。


「道なりに行け。途中で壊れた柵と、変な青い鱗が立てかけてある村が見える」


「…変な青い鱗?」


「行きゃ分かる」


「そうか、ありがとう」


エルマーはそれだけ言って歩き出した。


荒れた道。

まともに舗装もされていない。

車輪の轍は深く、倒木も処理され切っていない。

少し歩くだけで、旧大陸の辺境ですらもう少し整えているぞ、と言いたくなる。


「これはたしかに、椅子に座って命令してる貴族には無理だな」


ぼそりと呟き、すぐに足元へ目を落とす。

だが、途中から道沿いの様子が少し変わっていた。


倒木はまだある。

ぬかるみも消えていない。

けれど、切り倒した木が片側へ寄せられ、簡単な目印の杭が打ってある。

ただ放置されていた場所が、少しずつ手を入れ始めている途中の道に見えた。


「…やってるな」


その一言に、少しだけ笑いが混じる。


港を出てしばらく歩いた先。

たしかに村はあった。


小さい、粗末だ。

壊れた柵もまだ残っている。

だが、壊れたままではない。


新しい木材が継ぎ足されている。

門の近くには浅い穴と杭。

見張り台らしき高所もある。

広場の脇には、巨猿の毛皮と思しき茶色い大きなものが干され、青い鱗が板へ打ちつけられていた。


「…はは」


エルマーは思わず小さく笑った。


レオは本当にやっている。

ただ生き延びているだけではない。

この短期間で、脅威を資源に変え始めている。


そして、その青い鱗を見た瞬間、胸の奥がぞくりとした。


見ているだけで、指先がむずむずした。


触りたい、削りたい。

熱を通してみたい、魔力を流して反応を見たい。


「…いや、落ち着け」


自分で自分へ言い聞かせる。


着いた瞬間に素材へ飛びついて転ぶのは、さすがに少し格好悪い。

その時、見張りに立っていた若者が、村の外れで立ち止まったエルマーに気づいた。


「…誰だ!」


「客だ」


「客?」


「レオ=アルヴェインに呼ばれた」


若者は目を瞬かせ、それから慌てて村の中へ叫んだ。


「坊ちゃん!誰か来た!金髪の変な奴だ!」


エルマーは口元を引きつらせた。


「雑だな、おい」


だが、その叫び声から少し遅れて、広場の奥から見慣れた顔が出てきた。


レオだ。


以前より少し日焼けし、服も前よりずっと泥臭くなっている。

だが目つきは変わっていない。

いや、少しだけ強くなったかもしれない。


「…本当に来たのか」


それが再会の第一声だった。

エルマーは肩をすくめる。


「未知の巨大魔石があるって書いておいて、来るなって方が無理だろ」


「やっぱりそこか」


「そこだ」


レオは一瞬だけ呆れた顔をしたが、次の瞬間には少し笑っていた。


「久しぶりだな」


「そうでもない。お前がいきなり海の向こうに飛ばされただけだ」


「それを久しぶりって言うんだよ」


「そうか」


そこでエルマーは、ようやく荷袋を下ろした。

それから改めて村を見回す。


「思ったより、ちゃんと村になってるな」


「思ったよりって何だ」


「いや、もっと半壊して、全員死んだ目をしてるかと思ってた」


「半分くらいは合ってたぞ」


「今は違うな」


「ああ」


そのやり取りの間に、周囲に人が集まってきていた。


「で、珠はどこだ」


「挨拶が雑すぎる」


「魔法使い相手にそこを省くな。礼儀だろ」


「どんな礼儀だ」


「正しい礼儀だ」


その時だった。

後ろの方から女の声が飛んだ。


「レオ様、その人が手紙の魔法使いかい?」


エルマーの肩が、ぴくりと揺れた。


声の方を見る。

水桶を抱えた若い女が立っていた。

十代後半か。

日に焼けてはいるが、笑えば愛嬌のありそうな顔立ちだ。


その顔を見た瞬間、エルマーの反応は露骨だった。


「…あ、ああ」


「なんだい、急にしおらしくなったね」


「いや、別に」


「そうかい?」


「そうだ」


レオが横目で見て、小さく鼻を鳴らした。


「お前、昔からそこ変わってないな」


「うるさい」


「女性が苦手なのですか?」


テオドールが興味深そうに聞く。

エルマーは少しだけ目を逸らした。


「若い女は…少し面倒なんだ」


「意外ですね」


「うるさい」


「ええ、でも非常に分かりやすい」


バルドの後ろで、女たちがくすくす笑っている。

その空気に、エルマーはさらに居心地が悪そうな顔をした。


「…だから貴族も女も苦手なんだ」


「一緒にするな」


「俺の中ではだいたい同じくらい面倒だ」


「ひでえ言い草だな、おい」


だが、その時の広場の空気は悪くなかった。

村人たちは、この金髪の若い魔法使いを露骨には信用していない。

だが、レオが呼んだ相手だという事実と、初手で妙に分かりやすく人間臭い反応を見せたせいで、警戒一色でもなかった。


特に子供たちなどは、杖に目を輝かせている。


「魔法使い?」


「火、出せる?」


レオが止めるより先に、エルマーは少しだけ口元を吊り上げた。


「出せる」


ぱち、と指を鳴らす。


その瞬間、指先に小さな火が灯った。

ほんの豆粒程度。

だが、子供たちには十分だった。


「すげえ!」


「ほんとだ!」


「火だ!」


女たちの方からも、小さなどよめきが起きる。


「おい、余計なことするな」


「挨拶だよ

「村の真ん中で火遊びする挨拶があるか」


「火遊びじゃない。芸だ」


「もっと悪い」


テオドールが横でため息をついた。


「…来た瞬間から、たしかに面倒ですね」


「だろ」


「ですが、腕はありそうです」


「ある」


エルマーは指先の火を消し、改めてレオを見た。

レオは呆れ半分に息を吐き、それから顎で広場の奥を示した。


「来い、見せる」


「最初からそうしろ」


「その前に荷物置け」


「それもそうか」


そう言ってから、エルマーはもう一度村を見回した。

ここはまだ、国にも町にも程遠い。

だが、面白い。


新しい魔石があり、未知の素材があり、しかもそれをまとめているのが、あのレオだ。

退屈する余地がない。


エルマーは荷袋を担ぎ直し、薄く笑った。


「いいな、ここ」


「来たばかりで何が分かる」


「魔法使いには分かるんだよ」


「便利な言葉だな」


「便利だろ」


そのまま二人は広場の奥へ歩き出す。


後ろでは、テオドールが冷静な顔で観察し、

ガレスが少し離れて面白そうに見守り、

村人たちが「あれが魔法使いか」と囁き合っていた。


新しい戦力。

新しい厄介事。

そしてたぶん、新しい火薬庫。


エルマー=グライフ、二十歳。


男爵家の放蕩息子にして、魔法狂いの戦闘魔術師が、ついに新大陸へ着いた。

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