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第16話 火尾鶏の卵と赤い石

戻る前に、レオは一度だけ洞窟の中を確かめた。


「少しだけ見る」


「まだ入るのか」


「巣なら、残ってるものがあるかもしれん」


「まったく、そういう勘だけはいいな」


ガレスが呆れたように言いながらも先に立つ。

火尾鶏の死体は洞窟の外、罠の縁に転がったままだ。

尻尾の火ももう弱く、赤黒い炭みたいに燻るだけになっている。


洞窟の中は、思ったより浅かった。


奥で少しだけ曲がっているが、人が二、三歩入ればすぐに終わる。

壁は煤けている。

ところどころ黒く焼け、床には骨や羽毛、焦げた鱗が散らばっていた。


獣臭さに混じって、熱の残り香がある。

火尾鶏の寝床というより、火を抱いたまま休む獣の巣だった。


「…あれ」


ミハルが小さく声を漏らす。

洞窟の奥、乾いた草と羽毛をかき集めたような場所に、それはあった。


卵だ。


ひと抱えまではいかないが、両手で持つには十分大きい。

殻は白ではない。

少し青みがかった灰色で、表面には赤茶のまだら模様が走っている。


全部で三つ。


「卵…か」


レオが低く言うと、バルドが目を剥いた。


「おい、ってことは」


「ああ」


ガレスが鼻を鳴らす。


「こいつ、雌だな」


洞窟の奥に並ぶ三つの卵は、そこにある意味そのものだった。

寝床として使っていただけじゃない。

巣だ、繁殖場所だ。


「参りましたね」


テオドールが、洞窟の外から半分だけ顔を覗かせて言った。


レオは卵を見下ろした。

殻は分厚そうだ。

だが、どこか温かみが残っているようにも見える。


「生きてると思うか」


「分かりません」


テオドールはすぐに答えた。


「親が死んだ以上、放っておけば助からない可能性が高いですが」


「割るか?」


「食うのか!?」


ミハルが素っ頓狂な声を出す。

ガレスは平然としていた。


「卵は卵だろ」


「そういう問題か!?」


「栄養はありそうだがな」


「いや、待て」


レオは少し考えた。


ただの食料として見れば、たしかに価値はある。

だが、火尾鶏みたいな魔物の卵だ。

食う前に、まずは扱いを考えた方がいい。


「とりあえず持ち帰る」


「持ち帰る?」


「放置はしない。食うか、調べるか、育つのか、判断は村でだ」


「それがいいでしょうね」


テオドールも頷いた。


「少なくとも、未知の魔物の卵をその場の勢いでどうこうするのは、少し危ない」


「お前がそれを言うと説得力が薄い」


「私だって学ぶんですよ」


その返しに、ガレスが小さく笑った。


卵は三つとも布でくるみ、慎重に抱えることにした。

落とせば終わりだ。

中身がどうなっているにせよ、雑に扱うものではない。


「誰が持つ」


レオが言う。


「俺も持つ」


バルドが手を挙げる。


最後の一つはミハルが抱えた。

ユルは洞窟の外で、火尾鶏の死体の運搬用に縄を通している。


「親を殺して卵まで持って帰るって、なかなかだな」


「新大陸だぞ」


「違いねえ」


ガレスのその一言で、妙に納得してしまうのが嫌だった。




火尾鶏の死体は、その場で運べる形にだけ整えた。


完全な解体は夜にはやらない。

暗い中で慌てれば、せっかくの素材も駄目にする。

それに、火を帯びていた尻尾周りはまだ熱が残っている可能性もあった。


「朝だな」


レオが死体を見下ろしながら言う。


「解体は朝になってからだ」


「賛成だ」


ガレスが頷く。


「夜に急いでやってもろくなことにならねえ。皮も鱗も、明るい方がいい」


「村まで運ぶだけ運ぶ」


「おう」


縄を脚と胴へ回し、四人がかりで引く。


重い。

巨猿ほどの質量ではないが、筋肉が詰まっているのが分かる。

鱗に覆われた胴は硬く、尾は長くて邪魔だ。


だが、運べない重さではない。


「火はもう大丈夫か」


「尾だけ気をつけろ」


ガレスが棒で尻尾の先をつつく。

赤はほとんど消え、黒ずんだ殻みたいに見える。

だが、まだわずかに熱を持っているらしく、触れた枝の先が焦げた。


「…本当に火を抱えてやがったんだな」


「素材としては面白そうですね」


後ろからテオドールが言う。


「青い鱗、火を帯びる尾、鳥頭。どこを取っても普通じゃありません」


「解体が楽しみか」


「少し」


「本音が漏れてるぞ」


「少しだけですよ」


レオは火尾鶏の頭をちらりと見た。


赤い鶏冠は焼け焦げ、嘴も半ば血で汚れている。

死んでなお、不気味な生き物だった。


だが、村へ持ち帰ればこれもまた資源になる。


巨猿の時と同じだ。

怖いだけで終わらせない。

殺したなら、使い切る。


それがこの土地で生きるということだ。



村へ着いた時、見張りの男が最初に絶句した。


「…また増えたのか」


「増えた」


「卵まで?」


「卵までだ」


焚き火の周りにいた女たちも起き出してきて、火尾鶏の死体と卵を見るなり、揃って顔をしかめた。


「なんだい、これ…」


「気味が悪いねえ」


「食えるのかい」


「そこかよ」


思わずレオが言うと、マルタが真顔で返した。


「食えるかどうかは大事だろ」


「それはそうだ」


正論だった。


卵を見た女たちは、少し距離を置きながらも興味津々だった。

子供たちは起こさないようにしたが、明日の朝には騒ぎになるだろう。


「卵はどこに置く」


バルドが聞く。


「暖かい方がいいのか?」


「分からん」


「分かりませんね」


テオドールも素直に首を振る。


「少なくとも今すぐ割る必要はありません。ひと晩置いて、朝に考えましょう」


「なら、一番壊れにくい家の隅だな」


「そうしてくれ」


三つの卵は藁を厚く敷いた場所へ並べられた。

焚き火からは少し離す。

熱すぎても困るし、冷たすぎても困る。

今はそれくらいしか分からない。


火尾鶏の死体は広場の端へ。

縄をそのままにして転がしておく。


明るくなれば、こいつも剥いで中を見て、価値を確かめる。


「明日の朝だな」


レオがもう一度言う。

少し疲れた笑いが、焚き火の周りで起きた。


巨猿を狩ったばかりなのに、今度は火尾鶏と卵だ。

たぶん普通なら、こんな短い間に立て続けに抱えるには重すぎる出来事だろう。


だが、新大陸はそういう場所なのだ。


脅威が来る。

狩る。

資源になる。

さらに未知が出る。


休む暇もない。

けれど、それでいい。


レオは火尾鶏の死体と、藁の上に並ぶ三つの卵を見た。


巨猿の珠。

火尾鶏の死体。

そして卵。


この村は、少しずつだが確実に、新大陸そのものを飲み込み始めている。


「寝るぞ」


レオが言うと、ガレスが頷き、バルドが大きく息を吐いた。


「明日はまた忙しくなるな」


「忙しくなかった日がねえ」


「違いねえ」


焚き火の火が小さく揺れる。

その向こうで、火尾鶏の青い鱗が鈍く光った。


明日になれば、あれもまた剥がされ、調べられ、村の力へ変わる。

そうして一つずつ、森の脅威を村の糧へ変えていくのだ。


その最中に、たぶんあの魔法狂いもやって来る。


面倒だ。

だが、悪くない。


レオはそう思いながら、ようやく短い眠りにつくため、焚き火から背を向けた。



翌朝。

まだ空気に夜の冷たさが残るうちから、村の男たちは全員広場へ集まっていた。


この間までは「村に残った生き残り」という顔ぶれだった。

だが今は少し違う。


巨猿を倒しその肉を食い、さらに火尾鶏まで狩った。


まだ頼りない。

まだ貧しい。

それでも、ただ守られるだけの集まりではなくなりつつある。


その中心で、火尾鶏の死体が朝日に晒されていた。


青い鱗。

赤黒くなった尾。

鶏の頭に似た不気味な顔。


昨夜は脅威だったものが、今日は解体台の上の資源だ。


「よし、やるぞ」


レオが言うと、男たちはそれぞれ鉈、斧、短槍、縄を手に頷いた。


ガレスが一歩前に出る。


「巨猿よりは楽だ。だが油断するな」


爺さんは、火尾鶏の青い鱗を拳で軽く叩いた。


こん、と固い音が返る。


「鱗は硬え。刃の入り口を間違えると弾かれる。だが、毛皮の化け猿みてえに全身が滑るわけじゃねえ」


「ってことは」


「隙間を探して開けばいい」


そう言って、ガレスは首の付け根へ鉈の先を差し込み、ひねるように裂いた。


べきっ、と嫌な音がする。

だが、巨猿よりは手応えが素直だった。


「…たしかに」


「巨猿よりはましだな」


バルドがそう言いながら、胸元の鱗を剥がしにかかる。

男たちも続いた。


火尾鶏の鱗は硬い。

だが、巨猿の毛皮みたいに表層全体で刃を流すいやらしさはない。

一枚一枚の縁に刃を入れ、そこから捲るようにすれば外れる。


硬いが、重すぎはしない。

薄いが、かなり丈夫だ。


「こりゃいいな」


ミハルが剥がした一枚を持ち上げ、朝日にかざした。


青い鱗は、近くで見ると単なる青ではない。

深い紺に近いところもあれば、水辺みたいに明るく光るところもある。

しかも、表面が微妙に湾曲していて、衝撃を逃がしやすそうだった。


「強度は十分ですね」


後ろから覗き込んでいたテオドールが言う。


「木に貼りつければ、即席の盾になります」


「木に?」


「板を土台にして、その上へ重ねて貼る。金属ほどではなくても、ましな防御になるはずです」


「村の柵にも使えるか」


「使えますが、数が足りません。まずは盾が優先でしょう」


「だな」


レオも同意する。


村人たちの装備は脆い。

なら、まず手元の盾を固くする方が早い。


「鱗盾、か」


「悪くないな」


「色もそれっぽいし」


男たちの間に、ほんの少し明るい声が混じる。


解体は、もはやただの死体処理ではない。

何がどんな道具になるか。

どうすれば村の力になるか。


そういう目で見始めている。



腹を裂いたのは、日がもう少し上がってからだった。


火尾鶏の内臓は、巨猿とはまた違っていた。

熱があったせいか、内側の匂いが妙に乾いている。

生臭さより、焦げと鉄の匂いが近い。


「…おい」


最初に声を漏らしたのはバルドだった。


男たちの手が止まる。

レオもすぐに覗き込んだ。


そこにあったのは、石だった。


拳より一回りは大きい。

だが丸くはない、少し角張っている。


色は赤。

真紅というより、熾火の芯を固めたような、深い赤だった。

表面には細かな筋が走り、光を受けると、内部に火が閉じ込められているみたいに見える。


「…魔石、か」


レオが低く言うと、テオドールがすぐに膝をついて近寄った。


「見せてください」


血と内臓の膜を拭い、慎重に持ち上げる。

そして珍しく、少しだけ息を呑んだ。


「赤い」


「見れば分かる」


「いえ、そういう意味ではなく…」


テオドールは石を手の上で転がした。


「たぶん、これが火の元です」


「火の元?」


「ええ。あの尾が熱を持ち、火の粉を帯びていた原因」


ガレスが片眉を上げる。


「魔石が火を吐かせてたってことか」


「可能性は高いです。巨猿の珠ほど大きくはないですが、こっちはもっと分かりやすい」


「火属性寄り、ってことか」


「たぶん」


レオは赤い魔石を見つめた。


巨猿の珠は焦げ茶で、丸く、どこか蓄えている感じだった。

だがこっちは違う。


角張っている。

尖っている。

見た目からして外へ出たがっている。

熱と火に寄った石だ。


「やっぱり、魔物によって違うんだな」


「ええ」


テオドールは頷いた。


「こいつは巨猿よりはるかに分かりやすい。火尾鶏の性質が、そのまま石になったように見えます」


「なら、尾が熱いのも納得か」


「そうですね」


そこでガレスが、火尾鶏の尾を棒で軽く持ち上げた。


昨夜の時点で赤みは落ちていたが、今もまだ完全には冷えていない。

近づけた手のひらに、じんわり熱が伝わる。


「まだ温かいな」


「一晩経っても、か」


レオも驚きを隠せなかった。


普通の生き物なら死んで冷える。

だがこの尾は違う。

魔石との繋がりが残っているのか、それとも尾そのものが熱を蓄える構造なのか。


「…使えそうだな」


レオが呟くと、テオドールが顔を上げた。


「何にです?」


「防寒」


「防寒?」


「冬もあるし、夜は冷えるだろ」


「ああ…」


テオドールの目が少し開く。


「なるほど、熱源としてですか」


「そのまま抱えりゃ火傷するかもしれんが、布や革を挟めばいけるかもな」


「あるいは、寝床の足元」


「持ち歩き火鉢みたいなもんか」


「だいぶ乱暴ですが、発想は面白いですね」


ガレスも尾の先を見ながら言った。


「火を出すってより、熱を持ち続ける素材なら使い道はある」


「暖房か」


「あるいは乾燥だな。肉や皮を乾かす時にも使えるかもしれん」


「…いいな、それ」


バルドが感心したように言う。


火を焚かずに熱だけ使えるなら、夜でも目立ちにくい。

森の近くで活動するには、それだけで価値がある。


「切り分けて熱が残るか、試すか」

「あとでだ」


レオはそう言ってから、火尾鶏の胴へ目を戻した。


魔石、尾、鱗。

まだ他にもあるかもしれない。

続きが気になる方は、ブクマお願いします!

また、少しでも面白いと感じた方は評価お願いします!

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