表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/37

第12話 森に潜む火

村へ戻るなり、レオは休む前にまず紙を引っ張り出した。

机代わりにしている戸板の上へ、乱暴だが読みやすい字で書きつけていく。

森の浅層調査、第一次報告。


ざっと書き終えると、レオは紙を持って焚き火の脇に座るテオドールのところへ向かった。


テオドールはちょうど、昨日書き出した古龍記録の整理を終えたところらしく、今度は村周辺の簡易地図へ線を足していた。


「テオドール」


「はい」


「森のまとめだ。地図に落とせ」


「早いですね」


渡された紙を受け取り、テオドールは目を走らせる。

最初はいつも通り気だるげだった顔が、途中から少し真面目になった。


「…これはかなり助かります」


「使えるか」


「ええ、これでようやく森を村の外にあるただの脅威じゃなく、管理対象として扱えます」


「そうしたいもんだ」


「分かります」


テオドールは紙を板へ置き、すぐに炭で線を書き始めた。


「村から西へ、まず採集帯。ここは子供や女手も、護衛つきなら使える範囲にできますね」


「ああ」


「次に狩猟帯。小角鹿と森鳩の痕跡があった位置はこの辺りですか?」


「そのくらいだ」


「裂牙犬の痕跡は、その少し奥、と…」


テオドールは頷いた。


「こういうのは最初が肝心です。誰でも入っていい森、という認識のままだと死人が出ます」


「だからお前に書かせてる」


「ありがたい話ですが、また仕事が増えましたね」


「気のせいだ」


「気のせいで片づけないでほしいんですが」


そう言いながらも、筆は止まらない。

バルドたちも後ろから覗き込み、地図の上に線が引かれていくのをじっと見ていた。


森に境目を作る。

村人にとっては、たぶん初めての発想なのだろう。


だが、その時だった。

見張りに出ていたユルが、息を切らして戻ってきた。


「レオ様!西の森の手前に、変なのが!」


全員が振り向く。


ユルの顔色は悪い。

ただ慌てているだけじゃない。

何か、見たくないものを見た顔だった。


「何があった」


「裂牙犬です」


「群れか?」


「いや、違う…死んでるんです」


レオはすぐ立ち上がった。


「どこだ」


「森の入口近く、採集帯の端です」


「数は」


「一匹だけ。でも…普通じゃない」


その、普通じゃないで十分だった。


レオは剣を手に取る。

ガレスも無言で立つ。

バルドとミハルが槍を掴み、テオドールも少し遅れて書きかけの地図を押さえた。


「お前は残れ」


レオが言うと、テオドールはすぐ顔をしかめた。


「またですか」


「森の中を走るより記録係の方が向いてるだろ」


「理屈としては正しいので反論しづらいですね」


「地図を隠しとけ。珠もだ」


「はいはい、分かっていますよ」


その返事を背に、レオたちは森の縁へ急いだ。



森は、昼だというのに少し薄暗かった。


木々の影が重なり、湿った空気が籠もっている。

足を止めれば、昨日までと同じ森の匂いがする。


土、葉、樹液、獣の気配。

だが今日は、それに別のものが混じっていた。


焦げた匂いだ。


「…焼けた臭いか」


レオが低く言うと、ガレスも頷く。


「火だな。しかも、ついさっきだ」


少し進むと、すぐにそれは見つかった。

裂牙犬の死体だった。


犬と蜥蜴のあいの子みたいとは聞いていたが、確かにそのまんまだ。

だが今は、地面に転がってぴくりとも動かない。


しかも、ただ死んでいるんじゃない。

焼けていた。


胴の側面から首にかけて、鱗と毛皮が黒く焦げ、肉が裂けている。

単に火に巻かれたのではない。

もっと強い熱を、一瞬で叩きつけられたような焼け方だ。


なお悪いことに、死体の脇からはまだ細く煙が立っていた。

燻っている。


「新しいな…」


バルドが槍を握り直す。

レオはしゃがみ込み、死体を見た。


傷口は噛み跡ではない。

爪で裂いた感じとも違う。

高熱で焼き抜いたような跡がある。


「近くにいる」


レオは立ち上がった。

それは確信に近かった。


裂牙犬を狩って、その場で捨てるような真似をしている。

縄張りの中だと主張してるようだ。


「全員散るな」


ガレスがわずかに顎を動かした。


前方の少し開けた先。

レオも気づいた。


木立の向こう、低い藪を押し分けるようにして、何かが動いている。


何かが折れる音。

肉を引き裂くような湿った音。

そして、ちらちらと赤い火の粉。


レオはそっと木の幹へ身を寄せ、そこから覗き込んだ。


まず目に入ったのは、頭だった。

鶏の頭に似ている。

いや、似ているというには禍々しすぎるが、形はたしかにそうだ。

嘴は短く鋭く曲がり、頭頂からは赤い鶏冠のようなものが生えている。

それが血のように鮮やかで、妙に生々しい。


だが、首から下は鳥ではなかった。


胴体は蜥蜴か、小型の竜か。

青い鱗に覆われ、光を受けてぬめるように鈍く光っている。

二本の脚は太く、地面をしっかり掴んでいる。

前肢は短いが、獲物を押さえ込むには十分そうだ。


そして尻尾。

長い上に、先端が箒のようになっている。


真っ赤だった。

ただ赤いだけじゃない。

火の色だ。

炭火の芯みたいに赤く、尻尾の先から細かな火の粉が絶えず舞っている。


そいつは、なぎ倒した裂牙犬の死体を前にしていた。

片脚で押さえつけ、嘴で肉を引き裂き、がつがつと食っている。


焼いて、殺して、食っている。


「…なんだ、あれは」


ユルの声は囁きに近かったが、震えていた。


無理もない。

裂牙犬の群れですら、村人にとっては厄介な相手だ。

その裂牙犬を、ただの餌みたいに食っている。


しかも火を使う。


「初見だな」


レオは低く言った。


ガレスは目を細めたまま頷く。


「鳥頭だが、鳥じゃねえ。鱗の出方は竜種寄りだ」


「火を吐くと思うか」


「尻尾があれだ。吐いてもおかしくねえな」


「だろうな」


その時、そいつが裂牙犬の骨を噛み砕いた。

音が森に響く。


レオたち全員の喉が鳴る。


「…村人だけじゃ無理だな」


バルドが絞り出すように言った。


「裂牙犬までなら何とかなる。だが、あれは…」


レオも同意した。


少なくとも今の村の戦力で、正面から狩りに行く相手じゃない。

巨猿とはまた違う脅威だ。


あちらは力の塊。

こっちは速さと火を持っていそうだ。


しかも浅い層近くまで出てきている。


「名前が要るな」


レオがそう言うと、ガレスが口の端を歪めた。


「そういう時は大抵ろくでもねえ」


「火尾鶏蜥蜴…いや、長いな」


「見たまんまじゃねえか」


「なら、火尾鶏でいい」


「雑だな」


「雑で十分だ。生き物の名前なんて最初はそんなもんだろ」


その時だった。

火尾鶏、仮にそう呼ぶことにしたそいつが、ふいに動きを止めた。


裂牙犬の肉を咥えたまま、ぴたりと首が止まる。

鶏冠がわずかに揺れた。


そして、ゆっくりとこちらを向く。


赤い目だった。


鳥の丸い目というより、もっと冷たい、爬虫類じみた目。

その視線が、木の幹の陰に隠れたレオたちのいる方を、正確に射抜いた。


「…ばれたな」


ガレスが低く言う。

レオは剣の柄に手を置いたまま、短く息を吐いた。


火尾鶏の口元から、白い煙が細く漏れる。

赤い尻尾の先で、火の粉が一段強く舞った。


そいつは裂牙犬の死体を蹴り捨てた。

足元の落ち葉が、ぱっと焦げる。


「下がるぞ」


「戦わねえのか!?」


レオは即座に言った。


「こいつは調査対象だ。今ここで消耗する理由はない」


「でも」


「浅層に出る火持ちの魔物がいるって分かった。それだけで今日は十分だ」


火尾鶏が低く、喉の奥で鳴く。

鶏の声にも、蜥蜴の唸りにも似ていない。

炭が爆ぜる前の、あの不吉な音に似ていた。


レオは一歩、静かに後ろへ下がる。


目を逸らしすぎず。

だが、挑発もしない。


見て、覚えて、生きて帰る。

今はそれでいい。


森の浅層は、昨日まで思っていたよりずっと危険で、そしてずっと価値がある。

裂牙犬を焼いて食う火持ちの魔物までいるとなれば、なおさらだ。


「…戻ったら、テオドールに書かせることが増えるな」


小さく呟くと、ガレスが肩を揺らした。


「その前に、魔法狂いを呼んどいて正解だったかもな」


「ああ」


「火を見る目は、ああいう手合いの方が早い」


「違いない」


火尾鶏の赤い目が、なおもこちらを見ている。

森は静かだった。

静かなのに、張りつめていた。


新しい獣ではない。

新しい脅威だ。


そしてたぶん、新しい資源でもある。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ