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第10話 魔法狂いの放蕩息子

夕食のあとだからといって、すぐに気を緩めるわけにはいかなかった。


腹が満ちれば眠くなる。

だが、この村でそれに身を任せる余裕はまだない。


俺は焚き火の脇に立ち、見張りの順番を決めた。


「今夜は三交代だ」


枝で地面に線を引きながら言うと、男たちの視線が集まる。


「西は厚めに置く。だが、全員を西へ寄せるな。昨夜の一件で、逆から来ない保証はない」


「東と港側にも置くのか」


「ああ。少なくとも耳と目は置く」


「人数が足りねえぞ」


「足りないな、だから一人に背負わせすぎないように回す」


バルドが腕を組んだ。


「若いのを先に回すか?」


「そうしろ。だが、一組に必ず年長を混ぜる。慌てるやつだけだと崩れる」


「分かった」


ガレスも横から口を挟む。


「火は絶やすな。明るくしすぎる必要はねえが、完全に消すなよ。獣は人の火を嫌うやつもいる」


「柵の前に音鳴りも仕掛ける」


俺がそう言うと、男たちが顔を見合わせた。


「音鳴り?」


「紐に鍋蓋や骨片を吊るせ。踏めば鳴る」


「そんなもんで分かるか」


「分からんよりはましだ。夜は一拍早く気づけるだけで生死が変わる」


テオドールが、書類を抱えたまま静かに付け足す。


「見張りは、敵を倒す役ではありません」

「異変を一番早く見つける役です。そこを勘違いしないように」


「聞いたな」


バルドが男たちを見回す。

皆、真面目な顔で頷いた。


昨夜までなら、こういう話も半分は流されたかもしれない。

だが、今は違う。

一晩でも、村は備えることを覚え始めていた。


見張りの割り振りが終わると、ようやく広場の緊張がひと段落した。


子供たちはもう眠そうにしていて、女たちは鍋を片付け始めている。

焚き火は小さくなり、夜気がひやりと肌に触れた。


「レオ様」


そのタイミングで、テオドールが紙束を抱えて近づいてきた。


「書けました。完全ではありませんが、現時点で思い出せる範囲は」


俺は受け取り、焚き火の明かりへ紙を寄せた。


テオドールの字は癖が少なく、読みやすい。

内容も整理されていた。


古龍討伐記録の断片。

純白の巨大な魔石。

討伐後もなお、魔術的価値が高く、通常の魔石とは別格に扱われたこと。

搬送時に専用の封印箱が使われたこと。

複数の魔術師が立ち会って検分したこと。


そして最後に、テオドール自身の推論が加えられていた。


「高位個体、長命個体においては、体内魔石が成長・精製・変質し、通常の鉱石状結晶ではなく巨大な珠状体へ移行する可能性がある…か」


「はい」


「ずいぶん思い切ったな」


「文献と目の前の実物を繋げるなら、それが一番自然です」


テオドールは焚き火の向こうへ視線を向けた。

そこには、布に包まれた例の珠が置かれている。


「巨大な魔石。しかも形状が安定している。欠けもない」


「価値は高い」


「ええ。おそらく、最高品質です」


その言葉で、俺は紙から目を上げた。


「そこまで言うか」


「言います。少なくとも、普通の魔法使いが市場で買い求める小粒の魔石とは別物です。量だけでなく、密度も純度も違うように見える」


ガレスが怪訝そうに眉を上げる。


「見えるってだけで、分かるもんなのか」


「私に分かるのは文献上の比較までです。だからこそ…」


テオドールは少し間を置いた。


「魔法使いが必要です」


俺も同意した。


使い道を探るにしろ、真贋を見極めるにしろ、俺たちだけでは限界がある。

テオドールは頭が回る、文献も読む。

だが、魔法使いではない。


珠が本当に魔石の成熟体なのか。

どんな属性を帯びているのか。

触れて危険はないのか。

使えば何が起こるのか。


そこは、魔法使いの目が要る。


「村にはいないな」


俺が言うと、テオドールは小さく肩をすくめた。


「どう見てもいませんね」


「魔法の素養がありそうなやつも?」


「いたら、さっきの肉の鍋でもっと効率よく火を回してるでしょう」


「違いない」


となると、答えはひとつだ。


「引っ張ってくるか」


だが、ただの魔法使いでは困る。


珠のことを外へ漏らされても困るし、貴族社会にべったりの連中も面倒だ。

口が軽いのは論外。

金の匂いで尻尾を振るのも駄目だ。


欲しいのは、腕があって、多少危険でも来る理由があって、そして口が堅い男だ。

そこまで考えたところで、ひとり顔が浮かんだ。


「…あいつを呼ぶか」


思わず呟くと、ガレスがこちらを見た。


「心当たりがあるのか」


「ああ」


何度か戦場を共にした男だ。

戦友、と言ってもいい。


性格はひどいが、腕は確か。

戦闘魔術師としては相当上等で、しかも貴族嫌いが骨の髄まで染みついている。


男爵家の三男で放蕩息子。

そして渾名が魔法狂い。


家では半ば持て余されているが、本人はまるで気にしていない。

どちらかといえば平民寄りの思考で、口癖はだいたい「貴族はクソ」だ。


正直、品はない。

だが、口は硬い。

金より面白い魔法に食いつく。

そして、新大陸の未知の巨大魔石なんて話を聞けば…乗ってくる可能性は高い。


「誰です?」


テオドールが聞く。


俺は焚き火の脇に腰を下ろし、近くにあった板切れを机代わりに引き寄せた。


「戦場で何度か組んだ魔法使いだ。戦闘魔術師」


「信用できるんですか」


「人としてはだいぶ問題がある」


「褒めてませんよね」


「褒めてない。だが、口は堅い」


「腕は?」


「少なくとも、珠を見せる価値がある程度には」


「名前は?」


「エルマー・グライフ」


テオドールが一瞬、考える顔をした。


「グライフ男爵家…聞いたことがあります。確か南部の小領地持ちですね」


「そこの三男だ」


「なるほど。家の期待を背負う立場ではないわけですか」


「そういうことだ」


ガレスが鼻を鳴らした。


「で、その魔法狂いは、お前の呼びかけで来るのか」


「確実じゃない」


「じゃあどうする」


「餌をぶら下げる」


「餌?」


「未知の魔石と、新大陸の化け物素材だ」


それを聞いたテオドールが、珍しく少しだけ楽しそうに笑った。


「来ますね、それは」


「だろ」


「ええ。魔法使いというのは、だいたいそういう生き物です」


「偏見だな」


「経験則です」


俺は紙を一枚引き寄せ、筆を取った。


さて、どう書くか。


相手は回りくどい文を嫌う。

貴族らしい美辞麗句も鼻で笑う。

だが、だからといって雑すぎるのも駄目だ。


必要なのは、事実。

危険と価値。

そして、こいつなら来るだろうという一文。


少し考えてから、俺は書き始めた。



エルマーへ。


俺は今、新大陸のアルヴェイン侯爵家開拓地にいる。

家の都合で放り込まれた。そっちは笑っていい。


本題だ。

昨夜、この村を襲った大型魔物を倒した。猿型で、立てば三メートル級。

解体したところ、通常の魔石とは思えない巨大な珠が出た。

色は焦げ茶。欠けなし。完全に近い球体。

軍師の推測では、長命個体の成熟魔石の可能性がある。

古龍級記録に似た例があるらしい。


珠の真贋、性質、使い道を見られる魔法使いが必要だ。

お前なら興味を持つと思って書いている。

ついでに言えば、この大陸の魔物素材は旧大陸の比ではない。

毛皮は防具材、骨は武器材になる。たぶん、まだいくらでも出る。


面白いものはある。危険もある。

来るなら歓迎する。

ただし貴族相手の愛想は不要だ。俺も今はそんな余裕はない。


レオ=アルヴェイン


「…ずいぶん率直ですね」


横から覗き込んでいたテオドールが言う。


「こいつにはこれでいい」


「そっちは笑っていい、まで書く必要ありました?」


「そこがないと信用しない」


「面倒なご友人ですね」


「友人かどうかは微妙だが、戦場で背中を預けた回数は多い」


「それはかなり重い情報ですよ」


俺は文面を見返した。


悪くない、餌も入れた。

状況も書いた。

余計な装飾もない。


あとは、これをどう届けるかだ。


「船便か」


「帝国に戻る商船があればですね」


「なければ?」


「金になると分かれば、誰かは動くでしょう」


テオドールが淡々と言う。

その言い方が妙に現実的で、少しだけ安心した。


この村はまだ弱い。

だが、もうただ潰れるだけの場所ではない。


巨大魔石らしき珠がある。

巨猿の素材もある。

テオドールの頭もある。

ガレスの腕もある。


もしかしたら、さらに一枚札を引ける。


魔法狂いの戦闘魔術師。


「来るといいな」


「来るでしょう」


テオドールはあっさり言った。


「こういう話に飛びつかない魔法使いなら、最初から呼ぶ価値がありません」


「身も蓋もないな」


「事実です」


ガレスが少し離れたところで笑う。


「そいつが来たら来たで、また面倒が増えそうだ」


「増えるだろうな」


「なら結構だ。面倒が増えるってことは、まだ前に進んでる証拠だ」


その言葉に、俺は少しだけ口元を緩めた。


焚き火の火は小さくなり、見張りの足音が広場の外を回っていく。

女たちと子供はもう家の中だ。

男たちも順に持ち場へ散っていく。


壊れた開拓村。

昨日来たばかりの俺たち。

未知の珠。

そして、これから呼ぶかもしれない新しい戦友。


まだ何も整っていない。

だが、盤面には少しずつ駒が増え始めていた。


俺は書き上げた手紙を折り、封をする。


魔法狂いの放蕩息子よ。

新大陸は、お前の好きそうな厄介事で満ちている。


来るなら早く来い。

続きが気になる方は、ブクマお願いします!

また、少しでも面白いと感じた方は評価お願いします!

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