異世界で「神速」のスキルを得たので、全て読書に費やすことにした
相変わらず平和な朝、そこには一人の狂った学生がいた。
「ハヤヨム! ご飯よー!」
「Yes, my Lord.」
「……何言ってるの?」
「徹夜で本を読んでいたら、自然と外国語が飛び出してしまいました。哎呀哎呀。」
金城ハヤヨム。あえて説明するならば、彼は正常ではなかった。朝から華麗な身のこなしで読書に耽り、黒髪を片手で整えながら、キザな仕草で食卓についた。
「母上、今日の食卓은 諧謔的ですね。」
「何それ? ご飯が面白いってこと?」
皿を洗っていたハヤヨムの母は、鋭い視線で彼を振り返った。
「ほうれん草が多すぎまーーす!!!」
「黙って食べなさいッ!!」
殺伐とした空気が一段落し、ハヤヨムは左手で本を読みながら、ほうれん草だけを残して完食した。
「ふふ……。あと一ページか。母上、死の刻が来たようです。学校に行って参ります。」
「はいはい。友達と仲良くするのよー。」
「命令拒否。」
彼は今日もまともな玄関を使わず、本を左手に接着剤で固定したかのように持ち、ベランダから飛び出して道路へと躍り出た。
「完結まで……あと一ページ。ついにこの物語の終焉が来るのか? ふふ……。」
「シュウウウウウーーーーッ!!!」
彼は確かに道を歩いていた。信号無視もしていない。トラック一台見当たらない、静かな道路だった。
「戦闘機の訓練か? いや、待て。あの轟音を突き抜けて、なぜ悲鳴が……。」
轟音に気を取られ本から目を離したハヤヨムは、空を見上げた。しかし、戦闘機の位置は想像を絶していた。
「ぎゃああああああああーーーっ!!!」
操縦を誤ったのか、パイロットが絶叫しながら地面に向かって墜落してくる。戦闘機は瞬く間に目の前まで迫っていた。
「……は?」
「ドカンッ!!!!!」
…………。
目を閉じて開けると、そこには雲が広がっていた。雲しかない空間。そして目の前には、古い武侠ドラマに出てくるような、仙人の姿をしたジジイがいた。
「……What the f……」
「これ、若造! 出会って早々毒を吐くとは何事か!」
「あ、失礼しました。夢でしょうね。読書の続きを……。」
左手が、なぜか軽い。……軽い。軽すぎて問題だった。ハヤヨムの顔は瞬時に冷凍マグロのように固まり、唇が痙攣し始めた。
「夢だ! 夢に決まってる! いや……完結まであと一ページ……あと……一ページ……残ってたんだぞ!!!」
彼は仙人(?)の前で自分の額を拳で何度も叩き、痛みの大きさを確認した。何も感じなかった。
「な、何をしておる……。」
「ふむ……醜態を見せてしまいましたね。痛くないのを見ると、やはり夢でしたか。」
「い、いや待て! お主は死んだんじゃ!!!」
「私にとっては死よりも本の完結の方が重要です。夢の道士よ。私を現世へ案内してください。」
(……こいつ、どんな種類の人間なんだ!?)
仙人は髭に隠れていた口をあんぐりと開け、驚愕の表情を浮かべた。やがて興奮を鎮め、再び仙人らしい神秘的な雰囲気を装いながら言葉を続けた。
「ふぅ……。ワシは夢の道士ではない。お主も見たであろう。戦闘機が墜落してくるのをな。」
「……主人公が青い丘に立っていたから……きっと完結は……。」
「話を聞け!!!」
仙人は近所のガキを叱るように拳を振り上げ、完結の展開を想像しているハヤヨムに突っ込みを入れた。
「あかりました(※分かりました)。聞きましょう。」
「とにかく……あれを見たじゃろう。それがお主の死因じゃ。通りがかりに墜落した戦闘機に直撃し……。くっ、不憫な……。」
「本当に死んだんですか?」
「そうじゃが……?」
淡々と死を受け入れるハヤヨムに、仙人は驚いたように顎をさすりながら彼を見つめた。
「それなら、この作者も殺してください。完結を知らねばなりません。」
「寝言を抜かすな! 天上界にもルールがあるわ!!」
「残念ですね。……で、死んだからには異世界に行くという、よくあるレパトリー(※レパートリー)ですか?」
「異世界……? そんなものはないわい。お主は天国へ……。」
「じゃあ、あれは何ですか?」
ハヤヨムは鋭い眼光で、ある場所を指さした。
「……うおっ!?」
ハヤヨムが指した先は、仙人の背後の雲の下だった。
「あそこの雲の下に隠されているラノベが見えますが……。なかなか高尚な趣味をお持ちですね。タイトルは……『異世界ハーレムは仙人を慰める』?」
「そ、そ、そ、そ……! それは、そう! 天使が読んでおったんじゃ! なぜそんなに視力がいい!」
「仙人は聞いたことがありますが、東洋神話に天使なんていましたっけ?」
「……!!!」
「異世界はないと言いながら、異世界ハーレムものは楽しんでいるようですね。ふふ……。仙人様も成人男性ですから、仕方ありませんね……。」
「違うわーーーーい!!!」
仙人は赤カブのように真っ赤になった顔を隠そうともがき、彼に向かって叫んだ。
「ああ、もう! 分かった、異世界はある! 無知な衆生め! そこへ墜ちるがよい!!」
「いや、私は地球に帰って本の続きを……。」
「黙れ! あっちにも本はあるわ!」
「じゃあ、スキルはくれないんですか?」
「あ……。そうじゃったな。よし、授けよう。」
スキルの単語が出てようやく仙人は静かになり、雲の中からルーレットを取り出してきた。
「これじゃ。」
「能力が凄く多様ですね……。」
「転生者は皆これをやるんじゃよ。」
「でもそれ……地上で売ってるD社のルーレットじゃないですか?」
「コホンッ……関係なかろう! とにかく、ランダムガチャの時間じゃ。」
仙人は安っぽく色が剥げた無数のマスのルーレットを見せた。ボロボロのその状態は、いかに多くの転生者がいたかを物語っていた。
「では……回すぞ?」
「ご自由に。」
「フィリリリリリッーー」
仙人が力を込めてルーレットを回した。緊張が高まる中、針はある一つのスキルに止まろうとしていた。
「おお……! 伝説の聖剣が……!?」
仙人が興奮したその時、ルーレットの針は無惨にも後退し、別のスキルに着地してしまった。
「……『神速』ですね。」
「……これ、大ハズレじゃな……。」
「なぜです?」
「速度が速くなるスキルじゃが、制御が難しすぎてな。自分勝手に使いおって壁に激突し、ワシの元へ逆戻りする転生者が後を絶たんのじゃ……。」
「……。」
空気が凍りつき、仙人はハゲ頭を掻いた。「せっかく良い能力を授けようと思ったのに、よりによってこれとは……」と小さく呟いた。
「まぁ、ルーレットの結果は絶対じゃ。異世界へ行くがよい。」
「O.K.」
直後、ハヤヨムと仙人がいた雲の下に巨大な門が開いた。そこからは眩い光が満ち溢れていた。
「あと一つ。あちらには魔王がおる。よくある話じゃが、奴を倒すのが目標じゃ。」
「ベタですね。報酬は何です?」
「……やり遂げたという満足感、かのぅ?」
「……ふふ、お見せしましょう。その『満足感』とやらを!」
ついにハヤヨムは次元の門へと飛び込んだ。重力から解放されたような感覚の中、ダイビングの姿勢を保ったまま目を見開いた。
「……ここか。」
目の前に広がる光景は、典型的な既視感に溢れていた。中世風の屋根、城、そして行き交う人々。空には竜が舞い、地上では魔法を操る人間たちがいた。
「面白そうだ。必ず読み切ってやる。あの一ページを……!」
「……で、能力は『神速』だったか。一度使ってみるか。」
彼は錬金術を発動するかのように手を合わせ、気流を感じ取った。凄まじい力が全身に漲るのが分かった。
「はああああああっ!!!」
「ガシャーンッ!!!」




