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最終章:幻燈の消えた朝に


 あの大災厄から、季節は巡り。

 帝都には再び、何事もなかったかのように穏やかな春が訪れていた。

 女学校の地下水脈は封印され、教師も、影を奪われた少女たちも、今では「集団ヒステリー」という味気ない医学の言葉で片付けられている。


 銀座の路地裏。

 かつて幻燈喫茶「月下香」があった場所は、今では蔦に覆われた静かな廃屋となっていた。扉は固く閉ざされ、看板も取り外されている。

 鳳蓮華おおとり れんげは、セーラー服の上に薄手の外套を羽織り、その廃屋の前に立っていた。


 彼女の喉には、今も蔦のような紫色の痣が薄く残り、声は失われたままだ。

 けれど、蓮華の表情に悲壮感はない。彼女は懐から、一房の「月下香」の白い花を取り出し、扉の前にそっと置いた。


 あの日、光の渦の中で消えたしおり

 彼女の遺体は見つかっていない。ただ、砕け散った「銀の剃刀」の破片だけが、蓮華の手元に残された。

 蓮華は、その銀の破片を加工し、一輪のブローチにして胸元に飾っている。それが、栞が蓮華に遺した、たった一つの、そして永遠の忘れ形見だった。


「……っ、……」


 蓮華は声の出ない喉を震わせ、空を見上げた。

 空には、竹久夢二の画よりもずっと鮮やかな青が広がっている。

 彼女は鳳家を離れ、春からは音楽学校のピアノ科へ進むことが決まっていた。声を失っても、彼女の手指には、あの日栞と共に救った無数の魂の旋律が宿っている。


 ふいに、風に乗って、どこからか歌声が聞こえてきた。

 それは、蓄音機から流れる流行歌ではない。

 登校中の幼い子供たちが、無邪気に口ずさむ新しい童謡。


「……さよなら、三角。また来て、四角……」


 蓮華は微笑んだ。

 怪異は去り、歌は再び、子供たちのものに戻ったのだ。

 彼女は廃屋に背を向け、歩き出す。

 その足取りは、かつての令嬢としての重苦しさを脱ぎ捨て、一人の「音楽家」としての力強さに満ちていた。


 不意に、背後でカラン、と真鍮の音がしたような気がして、蓮華は一度だけ振り返った。

 廃屋の窓に、一瞬だけ、琥珀色の灯火が灯り、そこに見覚えのある、気高くも美しい少女の影が揺れたように見えた。


『蓮華様。さあ、貴女の新しい曲を、お聴かせになって?』


 空耳かもしれない。けれど、蓮華には確かに聞こえた。

 蓮華は胸の銀のブローチにそっと触れ、声の出ない唇を動かした。


「……ええ。お姉様」


 大正の陽光が、少女の歩む道を真っ白に照らし出している。

 幻燈は消えても、胸の中に灯った琥珀色の記憶は、決して消えることはない。

 

 一人の少女の奏でる旋律が、新しい時代の幕開けを告げるように、春の風に乗ってどこまでも高く、響き渡っていった。


(完)



この作品はAI40%、筆者60%で書きました。

原案100%筆者。

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