第五章:帝都の底の「赤い鳥」、あるいは地下水脈の合唱
女学校の地下には、古びた地図にも載っていない密やかな通路が存在する。
かつてこの地が湿地帯であった頃、不遇のうちに亡くなった幼子たちを鎮めるために築かれたという、忘れ去られた祭壇。
蓮華の手首に刻まれた「黒い指の跡」は、夜を追うごとに脈打ち、彼女をその暗暗の底へと誘っていた。
「蓮華様、行ってはなりません。あそこは、光さえも腐り落ちる場所ですわ」
栞は蓮華の手を強く引き、学校の守衛の目を盗んで地下室への階段を下りた。
手にした真鍮のカンテラが、石壁にびっしりと張り付いた「赤い鳥」の羽根を映し出す。それは本物の鳥の羽ではなく、少女たちの情念が凝固した、血のように紅い結晶体であった。
地下の最奥、湿った空気の中に、ピアノの音が響いていた。
しかし、それは蓮華の奏でるような魂の救済ではない。
『赤い鳥、青い鳥……』
そこにいたのは、童謡運動の急先鋒として知られる若き音楽教師であった。彼は、狂気とも恍惚ともつかぬ表情で、朽ちかけたオルガンを弾いている。
彼の周囲には、失踪したはずの少女たちが、まるで壊れた人形のように立ち並び、生気のない声で合唱していた。
「見てごらんなさい、鳳さん。この地下水脈を流れる子供たちの嘆きを、僕たちの歌で『純粋な美』へと昇華させるのです。これこそが、大正の新しい芸術だ」
教師が鍵盤を強く叩くと、地下水脈から溢れ出した黒い水が、少女たちの足を飲み込み始めた。
その瞬間、蓮華の喉が、意志に反して勝手に震え出した。
彼女の口から漏れたのは、ピアノの旋律ではなく、この世のものではない異界の「歌声」だった。
「……あ、……ぁぁ……」
それは、これまで一度も聞いたことのない、透き通った絶望の響き。
蓮華が歌い始めると、地下の壁に張り付いていた赤い羽根が一斉に舞い上がり、吹雪のように視界を遮る。蓮華の声は、地下に眠る無数の魂を呼び覚まし、教師のオルガンを、物理的な質量を持って粉砕していった。
「蓮華様、おやめなさい! その歌は、貴女の命を使い果たすものですわ!」
栞は叫び、銀の剃刀を抜いて教師へと飛びかかった。
しかし、蓮華の歌声は止まらない。
彼女の瞳からは光が消え、代わりに底なしの闇が宿っていた。
蓮華は今、ピアノという「媒介」を通さず、自らが「楽器」となって異界を具現化しようとしていた。
栞は、敵である教師を斬ることを放棄し、背後から蓮華を抱きしめた。
蓮華の冷え切った唇を、自らの唇で塞ぐ。
歌を、奪うために。
異界の毒を、自らの体内に引き受けるために。
「……ん、……っ」
接吻を介して、蓮華の喉から溢れていた悍ましい旋律が、栞の体内へと流れ込む。
栞の背中に刻まれた九条家の痣が、真っ赤に燃え上がるように光り、地下室の空間そのものが歪み始めた。
少女たちの合唱が止まり、水脈は再び静まり返る。
暗闇の中で、二人は重なり合ったまま床に崩れ落ちた。
蓮華は意識を取り戻したが、代わりに栞が、今まで一度も見たことのないような、虚ろな、そして恐ろしいほどに「純粋な」微笑を浮かべて、蓮華を見つめていた。
「……これで、蓮華様の歌は、私のもの……。もう、誰にも、……死者の方々にも、聴かせはしません……」
大正の地底を流れる水音が、二人の罪を隠すように、低く、重く、響き続けていた。
この作品はAI40%、筆者60%で書きました。
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