第二章:赤い鳥、青い鳥の呪縛
高等女学校の白い石造りの校舎は、春の陽光を浴びながらも、どこか冷淡な沈黙を守っている。
この学び舎では今、北原白秋や西條八十らが提唱する「童謡運動」の熱波が、少女たちの間に奇妙な熱病のように広がっていた。
『赤い鳥、青い鳥。……なぜなぜ、赤い』
休み時間、渡り廊下や図書室の隅で、少女たちが声を潜めて歌うその旋律。本来、童心を育むはずの清らかな歌声は、ここでは出口のない情愛を抱えた乙女たちの「呪文」へと変質していた。
「蓮華様、ご存じ? 三年丙組の静子さんが、昨夜から目を覚まさないそうですわ」
校庭の隅、古びた楡の木の下で、栞が蓮華の長い髪を梳きながら、甘い毒を含んだ声で囁いた。
蓮華の視界には、静子の席があった場所に、赤い羽を毟り取られた巨大な鳥の影が、どろりと張り付いているのが見えていた。その影は、静子が愛唱していた童謡の節に合わせて、くねくねと不気味に蠢いている。
「……あれは、純粋さを求めた結果の、成れの果てですわ」
蓮華が掠れた声で答えると、栞の手がぴたりと止まった。
栞は蓮華の背後からその細い首筋に顔を寄せ、深く、深く、蓮華が纏う異界の残り香を吸い込む。
「蓮華様。貴女がその『眼』で、他人の不幸を凝視するのが堪らなく嫌なのです。……貴女を苛む怪異も、貴女を悩ませる友人も、すべて私がこの手で壊して差し上げたい」
栞の独占欲は、もはや友情や「エス」という言葉では括れぬほどに鋭利なものへと変貌していた。
その日の放課後、蓮華は導かれるように幻燈喫茶「月下香」へと足を向けた。
店内に流れる蓄音機の調べは、いつの間にか『カチューシャの唄』から、音の割れた『かなりや』へと変わっていた。
「唄を忘れた、かなりやは。……象牙の小舟に、銀の櫂」
蓮華がピアノの前に座ろうとした時、カウンターの奥に「それ」は座っていた。
カチューシャ――松井須磨子が流行らせたあの髪飾りを、無数に頭に巻き付けた「顔のない女」。
女の体からは、赤い血のようなインクが滴り、床に広がる楽譜を汚していく。それは、女学校で倒れた静子たちが、最後に書き残した童謡の歌詞を吸って肥大化した怪異であった。
「お嬢様、今宵の客人は少々、行儀が悪いようでございます」
老給仕が、銀の盆に載せた「毒」のように黒い珈琲を運びながら告げる。
顔のない女が、ずるりと蓮華の方を向いた。
女の喉からは、何十人もの少女の声を重ね合わせたような、歪な『カチューシャの唄』が溢れ出す。
「……蓮華様、下がって!」
扉を蹴破るようにして現れた栞が、懐から取り出したのは、鳳家の蔵から盗み出したと思われる、古びた銀の剃刀だった。
蓮華を守るためなら、たとえ人ならざるものであっても、その喉笛を掻き切る。
栞の瞳に宿る、狂おしいまでの殺意と愛情。
ピアノの鍵盤が、誰も触れていないのに「ジャーン」と低い不協和音を奏でた。
大正の夜が、少女たちの悲鳴を飲み込むように、さらに深く、暗く、重なっていく。
この作品はAI40%、筆者60%で書きました。
原案100%筆者。
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