表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/9

第一章:蓄音機の嘆きと銀の匙


 帝都の黄昏は、熟しすぎた無花果いちじくのように、どろりとした紫色の闇をはらんでいる。

 銀座の街角、瓦斯ガス燈が心細げに瞬き始める頃、路地の奥底にひっそりと佇む幻燈喫茶「月下香げっかこう」の扉は開く。蔦の絡まったその洋館は、時代に取り残された巨大な墓標のようでもあった。


 鳳蓮華おおとり れんげは、高等女学校の濃紺の袴の裾を捌き、重厚なマホガニーの扉を押し開いた。

 カラン、と乾いた真鍮の音が店内に響く。

 そこは、珈琲の香気と、古い紙の匂い、そして――この世のものではない冷ややかな死の匂いが混ざり合う、狭間の場所だった。


「お帰りなさいませ、お嬢様」


 影のように音もなく現れた老給仕が、深々と頭を下げる。

 蓮華は答えず、いつもの隅の席へと歩を進めた。その瞳には、並の人間には決して見えぬ「客」たちの姿が、すすけた幻燈機が映し出す像のように鮮明に映っている。

 窓際の席には、頭部の半分を失ったまま、くうのカップに口をつける若き将校。

 カウンターの端では、真っ赤な手毬を抱えた童女が、音もなく床を転がしている。


 蓮華は、店の中央に鎮座する黒檀のアップライトピアノの前に座った。

 白く細い指が、冷徹な象牙の鍵盤に触れる。

 彼女が奏で始めたのは、中山晋平の『カチューシャの唄』であった。けれど、街角で蓄音機が鳴らす快活なそれとは似ても似つかぬ、地を這うような葬送の旋律。


「……かわい、や。あどけな、や……」


 歌詞をなぞる代わりに、蓮華は喉の奥で静かに旋律を転がす。

 すると、店内に漂う異形たちが、吸い寄せられるようにピアノの周囲に集まってきた。彼らは蓮華の指が紡ぎ出す音の雫を、乾いた魂ですすり始めるのだ。

 霊体と交信できる彼女にとって、ピアノは楽器ではなく、異界の扉を叩くための儀式道具に他ならなかった。


「蓮華様。また、このようなおぞましい方々に、御身を削っておいでなのですか」


 背後から、氷の針を孕んだような冷ややかな声が届いた。

 振り返れば、そこには九条栞くじょう しおりが立っていた。

 没落した華族の末裔であり、蓮華が通う女学校の「お姉様」と称される、校内一の美貌を持つ少女。彼女の瞳だけが、この店の不気味な気配を正しく「異常」であると認識し、そして同時に、蓮華という孤独な依代よりしろを狂信的に愛していた。


 栞は、蓮華の肩に、熱を帯びた白い手を置く。

 その指先は、蓮華が纏う死の冷気を追い払うように、じわりと制服の布地越しに食い込んだ。


「あの方々に見せてはいけません。貴女のその美しい指も、震える睫毛まつげも。……蓮華様のすべては、私だけのもののはずですわ」


 栞の唇が蓮華の耳朶じぶをかすめる。

 大正の夜は深く、店内に流れる古い童謡の調べは、二人の少女を閉じ込める鳥籠のきしみのように、どこまでもくらく、重く、響き渡るのだった。


この作品はAI40%、筆者60%で書きました。

原案100%筆者。

指摘や感想とか頂ければ励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ