光と影〜真紅のドレスの下〜
シャッター音と共に、次々と表情、ポーズを変えていく夕凪。
「さながら、真紅のドレスを纏ったご令嬢ね」
「うん、うん。ピッタリだわ」
カメラマンの背後、スタジオに設置された大きな傘の脇で、アシスタント達からため息が漏れる。
「こんな田舎じゃ宝の持ち腐れだよ」
「イヤイヤ。そろそろ大手からスカウト来ちゃうんじゃない?」
「それ、断ったらしいよ。夕凪」
後ろから別のスタッフがヒョッコリ顔を覗かせた。
「うっそー!?」
「どうしてよ?」
「ん〜……、『真意の程は定かではない』なんだけど」
「なになに?? 勿体ぶって」
三人は身を寄せ合い、カメラマンと夕凪を盗み見るように視線を向けた。
更に声をひそめ、続ける。
「いつの間に!?」
「さぁね〜。でも、なんか分かるわ」
「?」「?」
「夕凪ってさ……、よく言えばミステリアスだけど、何考えてんだかイマイチ……」
「まぁ、そうだけど。それがなんなのよ?」
「バカね! 男って意外とそういう謎めいた女に惹かれたりすんのよ」
「あっ! なるほどね〜。たぶらかされたってこと、佐伯さん」
「シッ! 聞こえちゃうじゃない」
「給料泥棒三姉妹! 仕事しなさい!」
パン、パンッ! と手を叩きながらモデル事務所社長の岩下が入ってきた。
「お疲れ様です!!」
三人は慌てて背筋を伸ばした。
「社長、私たち姉妹じゃありませんよ」
「アンタ! ほんとバカね」
的を得ない後輩の発言に、先輩からアシスタントがすかさず一喝した。
岩下は柔らかい表情を浮かべ、眼鏡の赤いフレームをクイッと指で押し上げた。そのレンズの奥で、夕凪を熱く見つめた後、視線をふっと緩めた。
「こっちが降りるしかない……か」
ため息混じりにこぼした。
「じゃあ宜しくね」
「アレ? 社長、もう行っちゃうんですか?」
「クライアントとお茶よ」
軽く手を上げ、踵を返して去っていく岩下。その様はしなやかで、元モデルの面影を残していた。三人は高揚のため息と共に、その後ろ姿を見送った。
「ね、今夜の合コン、そのミステリアス使えるかな?」
「誰でもってワケじゃないのよ。夕凪みたいな美人限定ね」
「アンタはいつものヒステリアスでいきなさい」
「ちょっと何よソレ!! 酷くない!?」
「ソレよソレ」
思いの外、大きく響いた笑い声に反応してか、カメラマンの佐伯が声を飛ばす。
「おーい! 次、ストロボ撮影いくから、照明落として。全部」
「全部?……ですか?」
その指示に少しの違和感を感じた1人が聞き返した。
「そうだ」
違和感は拭えないが、言われるがまま、全部の照明のスイッチをオフにした。カチッという乾いた音と入れ替わりに、ほとんどの視界を奪われた暗いスタジオ。
夕凪の身体が、瞬時に感覚を研ぎ澄ます。次の瞬間、音も立てずに気配だけが、夕凪の前に立ち塞がった。
背筋を、スゥーッと水が滑り落ちるような、冷たい感覚が囚えた。髪をアップにして露わになっているうなじに、明らかに意思をもって触れた感触。
——佐伯の指だ。
夕凪は咄嗟に身を交わした。すぐに気配は消え、先ほどと同じ"、適切な"距離で、声が天井に放られた。
「悪い! ここだけ戻して」
「あ、ハイ!」
再び、夕凪の頭上に照明が灯された。訝しげに佐伯の顔を見る夕凪だが、その表情には、憤りや恐怖は微塵もない。
——まるで仮面のようだ。
「目線を少し右に」
ファインダー越しに夕凪を捕らえ、誘導する佐伯。だが、夕凪は佐伯から視線を外さない。
「……どうした?」
佐伯の言葉を合図に、夕凪は視線を右に泳がせた。
※ ※ ※
「お疲れ様でしたー!」
スタッフ達が談笑しながら、散り散りに引けていく。
「ありがとうございました」
夕凪は軽い会釈をし、佐伯の横を通り過ぎようとした。
「夕凪! 悪いんだけど」
「——はい?」
「撮り忘れたアングルあってさ。時間取らせないから、頼む」
夕凪のうなじに、先程の感触が微かに再現された。
「……分かりました」
「じゃあ、カメラに背を向けて、両手で自分の肩を包み込むようにして。目線は遠くに」
指示通りにポーズをとる夕凪。
「そうだな。もっと……」
背後に近づく佐伯の声と気配。
「こう、寄せて——」
"あの指"が這うように、夕凪の背中の稜線をなぞった。夕凪は咄嗟に振り向き様、佐伯の手を払った。カメラが佐伯の手から滑り落ち、床に不穏な衝撃音を立てた。
——沈黙と静寂が、不協和音のように鳴り響いた——
「チッ!」
佐伯の目が、鋭く夕凪を刺す。
「要領の悪い女だな!
俺に委ねとくのが得策なんだよ!」
夕凪は佐伯から視線を逸らさないまま、静かに横を通り過ぎた。
「オマエ、この世界で上がってきたいんだろ?」
背後から、焦りを孕んだ声が投げかけられる。夕凪は背中を向けたまま、軽く空を仰いだ。夕凪の深く息を吸う音だけが、静まり返ったスタジオの空気を揺らす。
一呼吸置いて、躊躇いもなく夕凪は背中のジッパーを下ろしていく。佐伯は息を飲みその様子を見つめた。真っ赤なドレスの下、露わになった夕凪の透き通るような白い肌。
「——!!」
佐伯の目が釘付けになり、喉の奥で凍りついたように、言葉も出ない。夕凪の背中、白い肌と隣り合わせに、目を覆いたくなるような『痕』。それは、まるで一度咲き誇った花が熱風に煽られ、そのまま醜く萎んで焼き付いたかのような、凄絶な火傷の痕跡だった。
「別に」
温度を持たない夕凪の一言が、佐伯に突きつけた終止符だった。
「お疲れ様でした」
呆然と立ち尽くす佐伯を置き去りに、夕凪は扉へと向かい、歩き出した。
迷いなく次のステージへと進む。そんな足取りで——。




