「お前を愛する事はない」と言われた美女は、凍った池で夫をブッコロ……
ころんは沈んだ。
転んだのではなく沈んだ。真冬の池に。
何事にも好奇心旺盛なBBa……大人の女性ころん。
凍った水面があまりにも美しく、思わず足を乗せてしまったのだ。いくらスリムな彼女とはいえ、高いヒールの先に、ぐぐっと体重が集中する。
わくわくしながら池の真ん中まで歩いた時、バキリと嫌な音を立て、氷は呆気なく割れた。
その下は想像以上に深く、冷たく。お洒落なコートとブーツは重りとなって、ころんを底に引きずり込んでしまったのだ。
(……ん? ここは?)
目覚めたそこは、冷たい水中ではなかった。
辺り一面、白い雲がふわふわと浮いていて、むしろとても暖かい。
(あ、分かった! 天国だ!)
察しがいいころんは、頭の上に手を伸ばし輪っかを探す。ちぇっ、ないやとがっかりするが、諦めずに背中の羽を探ったり、「何だかとても眠いんだ……◯トラッシュ」と倒れてみたり。
肉体と別れたばかりの魂とは思えぬほど動き回っていると、どこからか「あはは」とアホっぽい笑い声が響いた。
「え、誰?」とキョロキョロするころんの視線の先に、ワンショルダーの白いドレスを纏った、うさんくさい顔の女が現れた。
「ぶふっ……私は笑いの女神、キャマーナ。あははは」
これが女神? 嘘だろと、ころんはジト目で睨む。
が、そこは素直な彼女のこと。愛とか美じゃなくて、笑いの女神ならこんなものかもしれないと、少しだけ警戒心を解いた。
「ねえ、ころんさ、池に沈んで星になったんでしょ? ここ、天国だよね?」
ころんのストレートな問いに、キャマーナは手で口を覆い、ぬふっと微笑む。
「そうだよ~正確には天国へ昇る途中だけど。愉快なころんはキャマーナのお気に入りだから、神様に内緒でここへ連れて来たの。普通じゃない、スペシャルな転生をさせてあげようと思ってね♪ うへへっ」
怪しく細められる目に、ころんは再び警戒心を強める。
「……スペシャルって?」
キャマーナはぐふっと笑うと、先っぽに☆の付いたステッキを適当に振った。
すると……なんということでしょう。
テーブル……ではなく、薄汚れた段ボール箱が、ころんの目の前にドサッと現れた。更にもうひと振りすれば、段ボール机の上に、二枚の怪しげなカードが並ぶ。絵柄はどちらも全く同じ、キャマーナそっくりのうさんくさい笑顔だ。
「何これ、トランプ?」
キャマーナはちっちっと、人差し指を左右に揺らす。
「違うよ~これはころんの転生後の人生を決める大事なカード。あ、ジャンルはもうイセコイって決めちゃったんだけど、細かい設定は選ばせてあげる!」
「ええ~ころん、どうせなら推理とか歴史とかがよかったな。探偵事務所で華麗に犯人を突き止めたり、家康の糞味噌を確かめたり、ルイ8世のクズっぷりを生で観たりさ」
「そんないかにもなジャンルじゃつまらないじゃん! 一番ころんらしくないジャンルだから面白いんだよ」
「何だよソレ」と口を尖らせるころんを無視し、キャマーナはルール説明に移る。
「では今から、並べられたカードの内、好きな設定を一つずつ選んでいってもらいます。設定に関する質問は一切禁止。ころんの勘をビシビシ働かせてね♡ さあ! じゃあさっそくカードをめくって、どっちかを選んで!」
質問禁止って怪しすぎるだろと思いながらも、好奇心の方が勝るころん。イラっとする二枚の絵を同時にめくれば、雑に書かれた二つの文字が。
左は『コーモン』
右は『コーリョン』
(……いきなり意味わかんねえ)
質問しようと口を開きかけ、はっと思い止まる。そんなころんを見て、キャマーナは愉快そうに口角を上げた。
(こいつ……ブッコロ……)
何とか怒りを抑えたころんは、二つの文字を見比べ想像力を働かせる。
あ、これ、転生後の名前じゃない? と閃き、迷いなく『コーリョン』を選んだ。
「ええ~っ!! 本当にそっちでいいの?」と訊いてくるキャマーナに、ころんは一瞬躊躇する。
が、そこは自分の勘を信じ、『コーモン』……ではなく『コーリョン』を突き出した。
キャマーナがそれを受け取ると、段ボール机の上に新しいカードが三枚現れる。ご丁寧に、また、全部伏せられたままの状態で。
「はい! 次! どんどんめくって、どんどん選んで!」
煽るキャマーナに、「最初からめくっといてよ。めんどくせえなあ」と文句を言いながらも、素直にめくっていくころん。
『婚約破棄された(おバカ令息)』
『「お前を愛する事はない」と言われた(夫)』
『虐げられた◯◯ですが(山田太郎)』
「え~……うーん」と少しだけ考え、選んだカードは『「お前を愛する事はない」と言われた(夫)』。
(別に愛されなくていいし、これが一番楽そう)
そんな理由を見透かしているのか、キャマーナは「ころんらしいねぇ♪」と笑いながら受け取る。
ちっと舌打ちするころんの前に、今度は十枚のカードが現れた。
「多っ!!」
キャマーナに煽られる前に、ころんはムカつく顔をどんどんめくっていく。
『聖女』
『悪女』
『王女』
『魔女』
『喪女』
『彼女』
『美女』
『淑女』
『熟女』
『BBA』
(……引っかけ問題か?)
明らかに一枚だけ違うカードは無視し、ころんは『美女』を選ぶ。
せっかくなら来世も美しい方がいいと、おだんご頭をドヤッと揺らした。
次に現れたカードは六枚。
『溺愛』
『執着』
『監禁』
『ざまあ』
『復讐』
『ブッコロ』
(面倒臭そうなのと物騒なのしかねえな)
これでいいやと、ころんは『ブッコロ』をキャマーナに叩き付ける。
「おっけ~♪ 次が最後のカードだよん」
現れたのは三枚。
『されちゃいました♡』
『しちゃいました♡』
『す♡』
秒で『す♡』を選ぶころん。
するとすぐに、『おぷしょん』と書かれたドクロマークのカードが三枚現れる。
「最後じゃねえのかよ!」
「ふふっ♪ 終わりと思わせて終わりじゃない。これ、セオリーだよね」
知らねえよとツッコむのもバカらしく、キャマーナを睨みつけながら毒々しいカードをめくる。
『包丁』
『縄』
『凍った池』
使い慣れた『包丁』と迷うが、『凍った池』を選ぶ。死因だというのに、やはり胸がときめくらしい。
続けて、『おかわり』と書かれた雪の結晶マークのカードが現れるも、ころんはもう何も驚かない。
『スケート』
『ワカサギ釣り』
『レリゴー♪』
どれも楽しそうだなと迷うが、せっかく転生するなら……と『レリゴー♪』を選択。
「おっけ~おっけ~♪ これでほんとに終わりだよん。キャマーナプレゼンツ、ディレクティッドバイころんなイセコイ、楽しんできてね! あはは~」
キャマーナがステッキをぶんぶん振ると、選んだ七枚のカードが光の中に浮かび上がる。
光はどんどん強くなり、やがて、ころんの意識は遠退いていった。
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『「お前を愛する事はない」と言われた美女は、凍った池で夫をブッコロす♡ ~レリゴーでおしおきよ!~』
「お前を愛する事はない」
初夜の寝室で、夫からそう告げられた美女コロリーヌは、きょとんと首を傾げる。
「何で?」
「何でって……なんとなく」
「なんとなくでそんなこと言っちゃっていいの? こんな美女に?」
高く結わいたお団子をほどけば、緑がかった美しい金髪が、夜着の上にさらりと落ちる。
肌色が見えるほど薄い生地の下には、面積を極限まで削った艶かしい下着が透けており、夫はごくりと唾を飲む。
「美女とか艶かしいとかいい身体だとか……そんなことは関係ない。政略結婚なんだから、愛する事はないと決まっているんだ」
「何でよ。これからお互いを知っていって、仲良くなればいいじゃん。せっかく縁あって夫婦になったんだからさ」
「知る必要などない。とにかくお前はお飾りの妻として大人しくしていればいいんだ!」
「おまっ……ブッコロ」
気付けば二人は、寝室ではなく外にいた。
静寂の音に包まれているそこは、身震いする程空気が冷えており、小粒の雪がしんしんと降っている。
目の前には、木々に囲まれた丸く広い池。氷の鏡と言った表現が相応しい凍った水面からは、白い煙が立ち昇り、霧となって辺りを包んでいる。
♪タタンタンタンタ タタンタンタンタ……
どこからか聴こえるあの曲のイントロに、コロリーヌの胸が騒ぐ。
「ふりぃはじめぇた……」と歌いながら、池の上に足を乗せれば、コロリーヌの夜着は水色のドレスへ変わり、長い髪は勝手に編み込まれる。
いよいよあの壮大なサビへと駆け上がるメロディー。
コロリーヌもタタッと池の真ん中まで走りながら、手を宙に掲げる。
「レリゴー♪」に合わせて、手からぷしゅっと放たれる氷の粒。城や三段重ねの雪だるまを創る楽しそうな妻の姿に、夫もうずうずしていた。
「おいでよ! 一緒に遊ぼう!」
誘われては行くしかあるまい。夫も池へと足を踏み出した。
ピシッ……ピシピシ……
少しずつ入る亀裂に、二人とも気付いていない。
あと少しでコロリーヌに触れる手前で、夫は割れた氷に落っこちた。
マントを引っ張られ、ついでにコロリーヌも落っこちた。
~ 完 ~
˚˙༓࿇༓˙˚˙༓࿇༓˙˚˙༓࿇༓˙˚˚˙༓࿇༓˙˚˙༓࿇༓˙˚˙༓࿇༓˙˚
「……つまんね」
本を開いた女子高生が、眉をひそめる。
「これ、ほんとに水卜先生の新作?」
「あっ……違うよ心穏! 作者名見てみ?」
『水戸コーリョン』
「ほんとだ! 何これ、パクり? ふざけてるし」
女子高生は放るようにして置くと、よく似た隣の本を手に取った。
『婚約破棄されたBBAは、おバカ令息を監禁しちゃいました♡ ~包丁と縄は必須アイテムです?~』
「これこれ! ほら、作者もちゃんと『水卜コーモン』だし」
「推理が絡んでて面白いらしいね~私も買おっと」
大量に売れ残ったコーリョンの本を見て、キャマーナはあははと笑い転げていた。