2 自己嫌悪
呆然と歩いていたせいで、ドンッと誰かにぶつかってしまう。ちょうど騎士棟を出たところだ。
「キャッ」
後ろに倒れそうになったところを、肩を抱き留められ起こされた。
「大丈夫ですか⁉ お怪我は?」
「だ、大丈夫です…。申し訳ありません」
俯いたまま相手の顔を見ようともせず立ち去ろうとする。誰にも会いたくない。
失礼なリリーの態度を気にした様子もなく、男は心配そうな声を出した。
「おや、顔色がお悪いですね。どなたに会いにいらしたのです? その方を呼んできましょう」
「い、いえ!大丈夫です!」
「遠慮なさらず。それは大切な方への差し入れでしょう?」
男の視線がバスケットに向けられていることを悟り、リリーはドキリとして、バスケットを腕で隠すように抱きしめた。
「これは……階段を上ろうとしたら少し眩暈がして、こけて中身を駄目にしてしまったのです。…ですので、今日のところは帰ります」
「では、僭越ながら、お相手に代わって私が馬車までお送りしても良いでしょうか? そんな状態のレディを一人にできませんから」
「いえ、本当に!大丈夫なので!」
リリーは振り切るように駆け出した。
「あ、ちょっ——」
戸惑う男性の声が背中から聞こえたが、構っていられなかった。
この人といては駄目だ。声も話し方も優しすぎる。今優しくされたら、きっと泣いてしまう。
ごめんなさい!
ドレスを着た女性が駆けだす姿を、周囲が何事かと見やる。周りの目など気にしている余裕はなかった。必死で馬車までたどり着き、すぐに出してもらう。
胸が張り裂けそうに痛いのに、涙も出ない。息をする度に体が上下した。
さっき自分が見た光景が信じられない。
あんな風に思われていたなんて考えもしなかった。私、嫌われていたんだ…!
どうしよう。焼菓子なんて作って、浮かれて…。本当に恥ずかしい‼
ご友人にあんなに笑われて…。ノア様にずっと肩身の狭い思いをさせてしまっていたことに全く気付かないなんて…。
私ったら…‼
彼らの会話が何度も頭で繰り返されて息が苦しくなる。
羞恥心と自己嫌悪で消えてしまいたくなった。