1 初めて知る周囲の評価
七カ月に及ぶ戦争が終わった。喜び、悲しみ、安堵、怒り、色々な国民の感情を内包し、それでも勝利したという事実が国中を高揚感で満たしている。街中に国旗がはためき、人々の明るい声が響く。
リリーは焼菓子が入ったバスケットを持って、王城内の騎士棟へと向かった。今日は、家族以外の騎士達への面会がかなう日だ。自然と早足になる。
ノア様!やっと会える!
何を着て行こうかと、うんと迷って、彼のエメラルドの瞳と同じ緑のドレスに、パールのイヤリングを合わせた。どちらも婚約者であるノアからの贈り物だ。
昨夜はほとんど寝付けず、朝早くからお菓子を焼いた。綺麗な黄金色のそれは自信作だ。
「リリーのお菓子を食べるとホッとするよ」
ノアの言葉を思い出し、顔が綻ぶ。
ノア様、喜んでくれるかしら? 早く会いたい!
騎士棟は多くの女性で溢れていた。華やかなドレスを身に纏った女性達の間をすり抜ける。
ノア様は第二騎士団のAチームだから…。
きょろきょろと目当ての部屋を探す。チームごとに分かれた部屋からは、嬉しそうな声が聞こえてくる。
あった!ここだわ!
ドアは半開きになっており、中から声が漏れ聞こえてきた。
「ノア!会いたかった!どれだけ心配したか」
若い女性の弾んだ声だった。
……誰⁉ 今、ノアって…。
リリーは、ドアの陰に隠れるように思わず身を潜めた。金髪の美しい女性の姿が見える。
「マーガレット様が来てくれるなんて、良かったじゃないか、ノア」
「そうだよ。いつもの地味な婚約者じゃ、お前も士気が上がらないだろう」
アハハ、という笑い声に目の前が真っ暗になった。
…私のことだ。
震えそうになる手で口元を抑えた。
「ノアの婚約者って地味な方なの? 私、お会いしたことなくて」
「そうだよ。見た目だけじゃなくて、中身も大人しくてつまらない感じ」
「そうそう!いっつも手作りのお菓子を持ってくるんだ。中流階級、丸出しで見ている方が恥ずかしいよ」
「まあ、手作り⁉ お抱えのパティシエはいらっしゃらないの⁉」
マーガレットが大げさに驚いた後、噴き出した。
「そんな方がお相手だなんて知らなかったわ。てっきり洗練された方かと」
「マーガレット様の足元にも及ばない田舎娘だよ。センスも悪いし」
「婚約者の話は止めてくれないか」
冷たいノアの口調に、リリーはバスケットを今にも落としそうになる。
「そうだよな。婚約が決まった時、お前も相当嫌がっていたもんなぁ」
「親に決められたんだろ。マーガレット様がいるっていうのに」
ハハッという嘲りが耳元で木霊し、くらっと頭が揺れた。真っすぐに立てない。存在に気づかれないよう息を止めたまま、何とかその場を後にした。