表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

06 不届き者と奇妙なニュース

 画面のなかの男の正体──それは美術館に忍びこみ、高価なコレクションを盗もうと企む大泥棒に間違いない。


 そして主は男の犯行の瞬間を待ち構え、その身を捕らえようと見張っているのだ。


「華久也サマッ! 華久也サマッ!」


「耳元で(わめ)くな、BON。準備ならあとですると約束しただ──」


「華久也サマ! コノ監視カメラに映った男、泥棒なんデスヨネ! そうデスヨネ!」


 興奮気味に(たず)ねると、華久也は「ハァ?」とすっとんきょうな声を上げる。新調したばかりの手首のデバイスを通じて、主の心拍数が増したのがわかった。


 図星というやつだ。うれしくて、BONは身を震わせる。


「サスガデス、華久也サマ。世の平和を乱す悪しき犯罪を、自らの手で阻止なさろうとスルとは! ……アアッ、ヤハリ華久也サマは素晴らしい人! 月丸一族の期待の星──イエ、曇り知らずの黄金の満月ッ!


 デハデハ……微力ナガラ、コノBONも華久也サマの泥棒退治のお手伝いをサセテいただきマス。エーット、マズは軽く美術館のまわりに包囲網を()いたほうがヨさそうデスネェ。とナレバ、サッソク警察にお電話をバ──」


「おい、こらっ! 勝手なことをするんじゃない!」


 意気揚々と、警察へ電話をかけようとするBON。その機体を、華久也が慌てて(わし)づかみにした。


「命令だ、BON! ただちにコールを中断しろ──これ以上、無用なことをするな! このバカッ!」


「!」


 瞬間、機体のボディライトが赤く光る。

 激しく点滅をはじめ、ブルッとBONの機体が振動した。(あわ)せて、華久也は面倒くさそうに自身の額に手を当てた。


「バ、バカ……?」

 

 ゴーグルの画面に映し出されたのは、ぐにゃりと歪む光の輪──BONの(うる)んだ瞳だった。青白い瞳がかき消え、代わりに『NGワード』の赤い電子文字が点滅する。警告のサイレンが騒々しく鳴り響いた。


 これは、AIへのネグレクトを防止するための保護プログラムだ。特定のワード──罵りやセンシティブな発言に対して、注意をうながす警告なのである。


 発言者の華久也は、「ああ、くそっ!」と悪態をついた。


「相変わらず、面倒なシステムだ。しっかし、こればかりはプログラムが頑強すぎて、オレでもいじくりまわせないからなぁ……」


「ひどいデスゥ……。BONはっ……BONはっ、いつも華久也サマのためだけを思ってイルのにぃ……それを『バカ』だナンテェ……」


 一度この状態に陥ったら、NGワードを発言した人間の音声をもって『訂正』を口にしなければ治まらない。


 華久也はプライドが高い。普段ならば人に、ましてや機械などに頭を下げることなど耐えがたい行為だ。しかし、止まらないサイレンを前に、さすがの彼もあきらめた顔つきをした。


「わかった……『オレが悪かった』」


「……発言を訂正シマスカ?」


「……訂正する。『二度とバカ呼ばわりしない』」


「ソレ、合計六百八十一回ほど口にしてイマスガ――マァ、イイデショウ」


「いちいちカウントするなよ……」


 サイレンが消え、BONは正常に戻った。


 華久也はBONを両手で捕まえたまま、その機体を半回転させる。タブレットの画面へと突きつけた。画面のなかでは、いまだ監視カメラの映像が続いており、件の男もおなじ立ち位置で絵画を見つめていた。


「この人は、ただの客だ」


「客?」


「美術館の来場者だ。とはいえ、まぁ『ただ』とは言えないような相当な変わり者だがな」


 華久也は、BONに説明した。美術館に普段よりも長く(とど)まっていたのは、この男の相手をしていたからだと。


 事のはじまりから終わりまで──主の丁寧な話を聞いたBONは、なるほどと短い首関節を動かす。そして、自身の仮説の誤りを認めるのであった。


「不在のお祖父サマに代わって、立派に館長代理のお仕事を務めてラシタのデスネ」


 感心して、主をほめる。一方で、その手をわずらわせた客の男に対しては、少なからず反感を(いだ)いた。


 しかし、どうしてか。BONの知らぬひと時を語る華久也の口調からは、不満の色を感知できない。


 主は人嫌いではなかったか?


 語る口はどこか饒舌(じょうぜつ)で、むしろ機嫌のよさをうかがわせる。感情を認識する機能が故障でもしたのだろうか。


「それでな──」


 と、華久也は忍び笑いをこぼす。


「その男、どうもオレのことをまるで知らないようなんだ。この月丸華久也が目の前にいるというのに、然るべき反応をまるで見せない。それどころか、美術館で働く学生アルバイトかなにかだと勘違いしているらしい。

 なぁ? なかなか笑えるだろう?」


「ナ、ナントッ!」


 愉快そうに笑いをこらえる華久也であったが、BONにとっては聞き捨てならない話であった。


「華久也サマのコトを存じナイ? ナ、ナ、ナンテ不届き者デショウ!

 イマすぐ警察を呼びマショウ! お縄にして、コノBONめが華久也サマとはナンタルかを、その栄光のスベテをミッチリ語り尽くして差し上げマス!」


 BONは熱く叫ぶや否や、タブレットのOSに干渉しはじめる。

 平たく言えばハッキングというやつだ。監視カメラの映像を消して、BONオリジナルの『月丸華久也サマ、スペシャルPV』を差しこむ。無論、即座に目の前の本人から消せと命令されて、しぶしぶ戻すことになるが。


「べつに構わないさ。オレの素性や、一族のことをまるで知らない世間知らずが一人二人いようとも」


 華久也はBONをサイドテーブルの上に乗せると、懐から愛用の扇を取り出した。花びらのように優雅に広げて、(おもて)の金丸を光らせる。


「無知となじるほど、オレも王様じゃない。逆に新鮮味があって、さほど悪い気はしなかったぞ。たまにはいいもんだな。庶民のふりをして、ごっこ遊びに興じるってのはさ」


 ゆったり扇を(あお)ぎ、涼風(りょうふう)に華久也は目を細める。


「……相手も相手だ。ああいう、からかいがいのある人間は、オレも大歓迎だよ」


 BONは小首をかしげた。主とは当人が幼い頃に、誕生日プレゼントとして贈られた以来の付き合いになる。数にして8年、長くおそばに仕えてきたつもりだ。


 しかし、そんなBONでも時々、主の考えがわからなくなることがある。そのやんごとなき(たしな)みには、いまだ人工頭脳でも理解しかねる謎が多く存在していた。


 BONが「そうデスカネェ?」と疑問をつぶやけば、華久也は長い睫毛(まつげ)を伏せて「いいんだよ、オレが面白ければ」などと言う。


 そして主は再び──監視カメラの様子を、眺めはじめるのであった。


「…………」

「…………」

「……デ?」


 車内に漂う沈黙のなか、BONが(たず)ねた。

 華久也は「……うん?」と、眉を寄せる。その直後にBONがまた、「……デ?」と主に問いかけた。


「『デ?』って……なにを()きたいんだ、BON?」


「イエ、ソノ人が華久也サマのコトを知らない不届き者でアリ、華久也サマがソレを面白がっているというコトは、なんとなくわかりマシタ」


「あ、ああ……」


「──デ。ナンデ、ソノ人を監視しているのデスカ? というヨリも、マダ見続けるのデスカ?」


 質問に、思う節があったのだろう。

 扇で口元を隠し、華久也が視線を泳がせる。


「……べつに、いいだろ……オレが面白ければ……」


「ハッキリ言って、つまらないとBONは判断シマス。ソノ人、マッタクといって動きマセンシ……コレなら動物園のライブカメラを眺めていたほうがマシデス。

 というヨリ、ソモソモ盗み見はよくないデスヨ」


「…………」


 今度こそ、主はぐっと言葉に詰まったようだ。とりわけ『盗み見』の指摘には、思わず心当たりがあったらしい。


 ここは一つ、主の健全な教育のためだ。

 BONはまたタブレットに干渉し、不純な映像を切り替えた。気づいた華久也が「だから、勝手に操作するんじゃない!」と腹を立てて、手動操作で対抗しはじめる。


 しかし、いかなる天才といえど、デジタルの小競り合いで機械が相手とは分が悪い。映像を戻そうとするたびに、BONが別のものに切り替えていく。


 やがて自身の抵抗が無駄だと悟った華久也は、次の狙いをサイドテーブルの上のBONへと変えた。小生意気なロボットを捕まえようと、強引に手を伸ばしてくる。それをひらりとBONは器用にかわした。ご自慢の小柄な機体を活かして、車内のあちこちへと逃げまわるのであった。


 少年とミニロボットの攻防はしばらく続いた。

 終わりの兆しが見えたのは、BONが「アッ!」と短い声を発したときであった。


「動イタ!」

「あぁ?」

「動きマシタヨ、華久也サマ! 例の不届き者が!」


 逃げまわる最中でも、BONは監視カメラの映像とのリンクを外してはいなかった。主に知らせようと、素早くタブレットの画面を切り替えた。


 切り替わった画面では、長らく見つめていた絵画から背を向けて、男が小展示室から出ていこうとしていた。どうやら、お帰りの様子である。


「アトで華久也サマのコトを知ったら、コノ人、とてもビックリするデショウネ。マサカ、マサカの超有名人と対面していたなんて……フフッ。

 デモ残念デシタ。アナタはモウ、華久也サマとお会いスルコトは一生叶わないんデスカラネ」


 音声を弾ませて言うと、すかさず華久也が「なぜだ?」と訊いてきた。最後の言葉が気にかかったらしい。


「ダッテ、華久也サマが以前おっしゃいマシタデショウ?


『美術館の入場料金を吊り上げた結果、ものの見事に客足を遠のかせることに成功したぞ。丘の上という立地の悪さを併せて、二度三度も来場してくるような客はこれでめったに現れまい。そうだな、美術館の永久パスでも持ってないかぎりは……フッ、もっともそんなパスは当館では発行していないがな! ハーハハハッ!」と」


 律儀に合成音声で、そのときの主の発言を再現してみた。

 途中まで華久也は真顔で固まっていたが、突然「よし! その手があったか!」と扇子を高らかに打ち鳴らした。


 それから主は大慌てで、腕時計デバイスにコールを入れる。秒でつながった相手は、美術館の警備主任、藤崎老人であった。


 いったい、なにがなにやら。

 BONはぽかんとしながら、事の成り行きを見守るしかほかなかった。


「ああ、オレだ。大至急、特例で当美術館の永久パスを作ってくれ。……そうだ、読んで字のごとく、何度でも来場できる魔法のチケットのことだ。


 それで、いまから東棟から出てくる男に……そいつに、パスを渡してほしいんだ。……そうだな、適当に『一万人来場記念』とか銘を打って、ごまかして……うん? 紙だったらなんでもいい、その辺にあるメモ用紙にでも走り書きして──後日、正式な物を用意するから──。


 それと、次回も必ず来るように言って──ああ、それはいいな。豪華な粗品(そしな)も用意しよう──あとは相手の名前だけでも──」


 ロボットに呼吸は不要だ。


 だから代わりに腕の付け根をゆらして、ため息を吐く仕草を取る。なにがそんなにお気に召したのやら、主は例の不届き者に夢中らしい。


 しばらくは構ってもらえないことを悟り、BONはしぶしぶ球体モードに戻ると、サイドテーブルの接続器に収まった。


 このまま、スリープに入ろうかとも思った。

 だが、声をかけてくれる可能性も捨てきれない。


 そういえば──と、短期間メモリが思い出す。華久也が美術館の仕事に向かい、BONが車内で留守番をしている間に面白いニュースを見つけたのだった。


 あまりにも奇妙で、おかしくて、不可思議なニュースだったため、いの一番で華久也に知らせようと考えていた。


 あれからなにか進展はあっただろうか。

 WEB内を検索し、該当のニュース動画にアクセスした。


 そのニュースの音声を、BONはそっと車内スピーカーから流した。わずかでもご主人が気に留めてくれるような素振りを見せれば、ぜひ一緒にお話しようと決めて……。




『──昨夜、八田ヶ瀬市にある宝石店で、店の看板として展示されていた真珠のティアラが盗まれる事件がありました。被害額はおよそ二千万円にのぼるとのことです。


 店のオーナーによりますと、事件の前日、盗難を予告するようなカードが店に届いていたと言います。このような犯罪をほのめかす予告カードは、ほかの場所にも送られていることが警察によって確認されており──カードには『怪盗スコール』というサインが記されていました。


 また、宝石店周辺に設置された監視カメラには、シルクハットに燕尾服の人物が映っていたということです。警察は二十代半ばの男性とみて行方を追っています……』

▼気に入ったエピソードには、ぜひ【リアクション】をお願いします。執筆の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ