第6話 不安
心配ごとは、大体杞憂に終わるはず。
「旦那、お疲れ様です。おかげさまで、例の事業は出だし好調です。利益がこのまま伸びてくれれば、今年はうちにとって過去最大の利益を達成ですそうです。」
内務局にあてがわれた一室で、大男・・・サイモン・ドーンが興奮気味に話し出す。宇賀神は柔和な笑みを浮かべながらその報告を聞く。
税関係の仕事がひと段落したのち、宇賀神は商務部という部署の仕事に任ぜられた。
本来であれば一時期の助っ人である彼は、忙しい時期が終わればお役御免となるはずであった。ただ、なんとか内務局にとどめておきたいというアリッサの考えもあり、結局似たような「金」関係の部署である商務部の助っ人となった。
商務部は小さな組織である。基本的に5名程度の、かつ若手しかいないという状況であった。この世界の常識では、基本的に商売は『民間』の仕事であり、経済政策による景気対策といった概念はそれほど定着していないらしい。
一応その部門のトップである者も、徴税部門あがりで、既に一線を退いた高齢の男性であった。必然、最近評判となっており、アリッサ直々の任命である宇賀神は、比較的好きなことができるという状態となることができた。
まず宇賀神が取り組んだことは、商業状況の把握であった。
ドーン商会は使えた。
そもそもこの商会を潰さなかった理由の一つは、宇賀神自身の今後のことを考えたからである。
今は保護された先で世話になっているが、今後どうなるかわからない。こちらの世界で腰を落ち着けるとなると、仕事をしていかなければならない。
そうなると、商業界のボスであるドーン商会を掌握していることは、今後活用できると考えた。我ながら利己的ではあるが、生きていくためには仕方がないと割り切った。
そして、彼らの商売が上手かったことも大きい理由と言えた。
まず、その情報網を使い、統計とまでは言えないが、国内外の情報を整理した。通貨レート(バルクという通貨がこの国では採用されており、比較的円に近い感覚であった。こちらの世界にきて、少ない違和感で買い物ができた理由である。物価は現代の日本よりはだいぶ安かったが。)、産業構造、貿易状況等々・・・
これを基に、商売について考える。
この世界では基本的に通貨、金・銀等、現物(要は物々交換)のどれかで決済が行われている。例えばその国が戦争等で危なくなると、その国の通貨は信用されなくなる。いつ紙切れになるかわからないからだ。当然、同じ量の通貨で買える物は減る。「インフレ」である。
そうなると、すぐ持ち出せてどの国でも使える金銀や物の価値は上がる。(インフレ・デフレの概念はまだこの世界では定着していないらしい。)
逆もまたしかりであり、通貨の価値は変動するのだ。
また、金銀や物も、産出量や経済情勢によってその価値は地域によってまちまちとなる。
彼ら、特に会長であるサイモン・ドーンは、このことを直感的にわかっていた。通貨、金銀等、そして現物をそれぞれストックし、その時々や地域で最も有利になる方法で決済することを日常的に行っていた。
恐らく目先の利益を増やすために直感的にやっていたことであろうが、それを可能にする組織力も含め、商売をするパートナーとして使えることは間違いなかった。
情報網を整備し、通貨価値や金銀の交換レート、主要物資の価格を集約し、その差で利益を上げる・・・そのプロジェクトを説明したときのドーンの反応は凄かった。
「旦那・・・感服いたしました。そのようなことを考える者は過去にも居たかもしれませんが、組織的にやっているものは聞いたことがありません。皆、目先のことばかり。商品が高く売れた、安く買えたという個々の取引で考えが止まっています。素晴らしいアイディアです。」
本能的に君たちがやってきたことを組織化するだけだよ・・・宇賀神は思ったが、わざわざ感服しているのに水を差す必要はない。宇賀神は続けた。
「基本的に小さな事業者が多いです。何かあったときに、国が助けられるような社会構造にしていきたいのです。国と民が協力し、大きな利益を上げ、その利益でさらに国を強くする、そんな風にしていきたいですね。」
ドーンは感動しているようであったが、宇賀神には別の目的がある。今後自分が生き残っていく上で、資金力は重要だ。ただ、それに加えて、とにかく情報が欲しいのだ。この仕事をやっていれば、今後の方針も固まるだろう。
(できれば、退職金をもらって、牧場の経営でもしようかな。)
自分にスローライフはできないと以前考えていたはずであったが、相変わらず引退後のことを考えていた。それに気づき、彼は苦笑した。
そして、冒頭のドーンからの報告である。日本風に言えば官民一体・・・こちらで言えば、「商務部・ドーン商会」共同出資で始まったこの事業は、順調な出だしを見せている。
商会の情報を使い、商務部がそれを分析・管理する。それを基に、公的物資の購入や売却を商会に発注するといったシステムを構築した。
また、特に金銀レート差での商売は上手くいっていた。国や地域によって、金に対する銀のレートが大きく異なるのだ。例えば金貨1枚を銀貨4枚と交換レートが設定されている国もあれば、その倍、銀貨8枚を要求される国もある。
要は近場の金山での産出量が多いか、銀山の産出量が多いかの違いでしかないのだが・・・とにかく、この地域を往復しつつ交換を行っていくだけで、利益を積み重ねることができるのだ。
似たような感じで、通貨にも目をつけた。こちらの部門はまだ本格稼働できていないが、戦争や経済不安で通貨価値が変動した際に、商売にできそうではある。
(昔FXで大損したことがあるため、これについては、宇賀神は多少慎重であった。)
そして、その積みあがった利益は、この言うなれば『共同ファンド』に積み立てられた。
よくよく考えると金銭的には商務部側が得ばかりしているのだが、これについてはまあ良いだろう。
商会側も、今まで勘と経験でやっていたことを組織的にできるというメリットがあるし、公的な仕事を安定して受注できるということで経営も安定する。後、単純に弱みが握られているのもあるだろうが。
宇賀神は、紅茶に口を付け、話し始める。
「喜ばしいことです。ただ、まだ事業は始まったばかりです。慎重にやっていきましょう。商務部側も、組織を大きくしていきたいと考えています。最終的には、前にも言いましたが、この積みあがった利益を使い、我が国の商業を振興していきたいですね。」
「商業を振興というと、どんなことを考えていらっしゃいますか?」
銀行・・・と言いかけて宇賀神は止めた。この世界の金融は個人の金貸しが中心であり、日本で言う銀行的な大規模な組織は育っていない。名前はいずれつけるとして、この場ではわかりやすく説明しておこう。
「そうですね。例えば今は商売で金を借りるのに、色々苦労する人が多いと聞きます。才能やアイディアがあるのに、元手がないので始められない、
また、借りることができたとしても、高い利息に苦しむ人も多いと聞きます。そういった商売人の苦しいときに、安定した利息で金を貸し付けることができる組織の構築を考えています。」
「それは素晴らしい。確かに個人の金貸しはとんでもない暴利を貪っているものも居ると聞く。商売をする上で、そんな組織があれば、この国の商業はさらに発展するでしょう。いやはやこちらも素晴らしいアイディアだ。」
金融という言葉が定着していないと説明が難しいなと宇賀神は考えつつ、そういえばアリッサから頼まれていたことを思い出し、その件について続けた。
「そういえばドーンさん、仕事の依頼があることを思い出しました。馬、糧食等に加えて、衣服類や武器等と多様な注文です。」
「戦争関係ですかね?商務部からの発注とは珍しい。」
「いえ、内務局関係なので、私を経由したようです。何やら大きな会議関係と聞いています。」
「ああ、連邦会議の準備ですね。数年ぶりだな。以前もやらせてもらったので、慣れております。お任せください。」
退出しようとするドーンの背中を見て、とっさに呼び止めた。
連邦会議・・・どんなものか知っておいた方が良いだろう。何事も貪欲に知りたがる。宇賀神の習慣は、こちらの世界でも中々抜けそうにない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
基本的に楽しい日々であったが、少なくともアルコールだけは日本の方が良かったかな・・・
宇賀神は苦みの強い果実酒を無理やり飲み込みながら、そんなことを考えていた。
カーシャからお食事でもと言われたときは驚いた。年の離れた若い女性から誘われるのは悪い気はしない。それも家でとのことだったが、理由を聞いて納得した。アリッサ含め、税の仕事をしたときの仲間たちが参加するとのことだ。
(さすがに未婚の領主の娘と男性が市民の前で食事をするというのは、色々と気をつかうということかね。)
妙に納得しつつ始まった、【飲み会】というよりは【ホームパーティー】は、最初こそお堅い雰囲気だったが、アルコールがまわってくると段々とくだけた雰囲気になっていった。
舌になかなかなじまない果実酒の攻略を諦め、食事を中心に楽しむこととした。カーシャの手料理だというそれは、こちらの世界に来てから食したものの中では、最上位に位置する美味さであった。
夜も更け、家庭のあるものや、門限があるものが帰宅していく。気づけば、カーシャもソファーに沈み込み、眠りに落ちているようだ。アリッサが部屋内にあった毛布をかける。
「色々準備させてしまったようで、寝不足のところにお酒ですからね。しばらく寝かせておきましょう。」
笑みを浮かべているアリッサ、その横顔には、普段の仕事中には見せない柔らかさがあった。
「ええ。楽しい時間を過ごせました。こちらでお世話になるようになってから、充実していますが同時に忙しかったので、良い気分転換になりました。」
宇賀神が答える。こちらの世界にきてから、疑われないように言動には細心の注意を払ってきている。
ただ、この言葉に関しての嘘偽りはなかった。
「さすがに置いて帰るわけにはいきません。少し食事も残っていますし、もう少しだけ飲みましょう。」
正面に座ったアリッサが酒の瓶を持ち、こちらのグラスになみなみと注いできた。ついで、自分のグラスを酒で満たす。
(手酌でやってくれるのは助かるが、随分な酒豪だな・・・)
心の中で思う。数えてはいないが、恐らく一人で瓶3本は空けている。
宇賀神の感覚的に、ワインより少し強めのアルコール度数を感じるこの果実酒を相当量体内に流し込んでいながら、そこまで酔っているようには見えない。
ある意味尊敬を感じつつ、改めて乾杯した。
「ケイさん・・・と呼んでいいですかね?カーシャの真似をして。」
カーシャさんからは最近はやめてくれと言っているのに様付けされてます、とは言えなかった。慌てて答える。
「恐縮です。呼び方はお任せいたします。私も役職で呼ぶべきところ、最初お会いしたときからの流れでアリッサさんと呼んでしまっていますし。」
「あまり固くならないでください。ケイさんには大変助けられました。仕事を手伝ってくれたことはもちろん、あなたからたくさんの学びを私たちは受けました。よくよく考えてみると、改めてお礼を言ってなかったですね。ありがとうございます。」
単純に嬉しかった。前の世界では、(ひょっとしたら内心では思っていたのかもしれないが)きちんと感謝を伝えられることは少なかったように感じる。
「やりがい」というと陳腐な表現となってしまうが、少なくとも今の生活は楽しい。こちらこそ感謝したいくらいだ。
「私こそ、記憶がない中、不安だらけでした。こんな怪しい者に良くしていただいて、皆様の優しさには感謝しかありません。」
「伝説。」
突然、会話の流れにそぐわない単語をアリッサが発した。思わずオウム返しで聞き返す。
「伝説とは?」
「おとぎ話だと馬鹿にする人もいますけど、この地方には昔から伝説があるんです。どこからともなく現れた、奇妙な服装をした男。その男は、最初は疑われます。街の者も無視します。ただ、その男はたくさんの知恵を持ち、街の人々を助け、皆から慕われるようになる。そして、国に大きな危機が起きる。その男は、それに立ち向かうんです。そして・・・」
アリッサは真っすぐこっちを見つつ黙ってしまった。耐えきれず聞き返す。神妙な顔をしている彼女に対して、敢えて明るい調子で聞いてみた。
「そしてどうなるんです?」
「忘れてしまいました。ただ、子供の頃にじいやから聞いた昔話です。友人に話すと、そんなことはないと馬鹿にする人もいますが、とてもいい話だったことは覚えています。」
アリッサは笑いながら、グラスの酒を飲みほした。
彼女の目が少し泳いだ気がする。
悪い癖かもしれないが、習慣は抜けないものだ。人の反応はチェックしてしまう。
恐らく彼女は話の結末を知っている。ただ、今無理やり聞き出すのは野暮というものだ。宇賀神は努めて明るく答えた。
「ならなおさら頑張らなきゃいけませんね。その伝説の主人公に負けないくらいに。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
楽しい夜だったが、最後はまた悪い癖が出た・・・前日のカーシャ宅での時間を思い出しつつ、朝の光が差し込む部屋でアリッサは多少の頭痛と戦っていた。
今日の仕事は午後からであるため、ゆっくり寝ていられる。いつもならそれでも早く起きて、なんだかんだ落ち着かず結局仕事に行ってしまう彼女であったが、今日は少なくとも頭痛が収まるまでは横になっておくことにした。
悪い癖とは、仕事人間らしい癖である。ケイさんと色々私的な話ができるチャンスであったにもかかわらず、途中から仕事の話をしてしまった。
会話のきっかけは単純だった。酒を空けつつ、少々恥ずかしいが、心のどこかで信じている伝説の話もした。そこまでは明確に覚えているが、その後の記憶が少し曖昧だ。気づいたら、仕事の話をしていた。
会話を思い出す。
【「いよいよ来週は会議に出発ですね。アリッサさんも同行とのことで。何か追加で調達した方が良いものはありますか?」
「そうですね・・・長い旅路になりますので、道中野営もあります。物資はほとんど足りていますが、少々酒が足りないような気がします。今の計画の3倍程に積み増しをお願いします。」】
唐突に自分の回答を思い出し、恥ずかしさに体を起こした。何を言っているのか私は。完全に酒乱だと思われかねない。(事実ではあるが)
水差しからグラスに注いだ水を一気に空ける。しょうがない、起きてしまったので活動を開始することにした。
連邦会議・・・この一大イベントが間近に迫る中、城内はどことなく忙しい。
連邦・・・正式名称ベルツ連邦は、大小20近い都市国家や小国の集合体である。彼女たちが暮らすライツもここに含まれる。
かつては小国家の緩やかな連帯であり、外敵からの侵入により大きな被害を受けることが多かった。
そんな中、20年ほど前、構成国の一つベルツ公国が力を蓄え、複数回の戦争に勝ち抜き台頭。ベルツ公国を中心とした「ベルツ連邦」を発足させた。
かつてはそれぞれの国家が強力な自治権を持っていたが、徐々に国家として一体化が進んでいる。現在は大半の国家がベルツ公国を中心に統合されつつある過程にあるといえるだろう。
そのような状況ではあるが、ライツは交易の要衝としての立地、伝統の経済力、そしてアリッサの父であるドニエルの軍事・外交手腕により、最も高レベルの自治を守っていると言えた。
そして、国家運営に関する方針の決定や、情報交換のために開催されるのが、この連邦会議である。ライツの自治を守るためにも、大変重要な会議と言えた。
ベルツ側との厳しい折衝が予想される中、代表団は必然的に強力なメンバーとなる。領主のドニエルはもちろんのこと、軍事・外交・内政部門のトップやそれぞれの部門の専門家がメンバーとして同行する。
また、力を誇示するために、代表団を護衛する部隊も非常に強力だ。最新の武器で武装した精鋭部隊が護衛につく。完全にオーバースペックと言えるが、それも含めての外交的アピールである。
特に今回は、連邦の西方に位置する国家群との軍事的緊張が高まっている中で行われる。連邦では南東に位置するライツは戦場から遠い分、様々な要求が突きつけられる可能性が高い。
アリッサは内政部門の担当官として同行する。ただ、不安要素がある。連邦首都までは相当な距離がある。かなりの長期間、ライツの首脳の大半と精鋭部隊が留守にするというのは、いくら会議が重要とはいえ危険と言えた。
特に、留守を任されるのが、いくら正統後継者とはいえ、いきなりあの弟ヘイルというのは・・・
不安を覚えつつ、それを振り払う。リスクを減らすためにきちんと手は打ってある。精鋭は不在となるが、その穴を埋めるために兵士の数や武器を増やした。砦や城壁の強化も行った。周辺国の情勢を調査し、侵攻の気配はないという結論に達している。父上が出した結論である。どこにも不安要素はないはずだ。
気づくと支度を終え、執務室に向かっていた。来客と合う予定より2時間も前である。先ほどの考えもそうだし、目先の仕事でもこうだ。相変わらず心配性な自分に苦笑しつつ、やれることはやっておこうと仕事を始めることにした。
朝方は晴れていたが、今は雲が出てきたのか、少し室内が暗くなっていた。気にせずアリッサは、書類に目を落とした。