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第5話 嫉妬

早く一人前になりたい、そんな気持ち。

 宇賀神は気まずい沈黙にしばらく耐えると、目の前で頭を抱えている大男・・・ドーン会長に声をかけた。


「今後の話をします。繊細な話もありますので、部下の方には退出願えますか?こちらも、1名を除いて退出させます。」


 ドーンがうなずき、部下を下げさせた。宇賀神も1名・・・今やすっかり彼になついている・・・というか信者となっているカーシャを除いて他の職員を外に出した。


 内務局の仕事の手伝いはそれなりに楽しかった。様々なルールが入り乱れる日本の確定申告に比べればシンプルな作業をこなす。

 計算が早く、法律や会計の理解も早い彼は頼りにされた。

 そもそも人手が足りず、四則演算ができるというだけで動員されたような若者まで居たのだ。必然、短期間の間に彼は教育係のような存在になった。


 不自然な申告を見つけたのはそんなときである。ドーン商会・・・大規模な事業の割に利益が小さく、税も安い。狙いをつけ、その取引先を調べた。売上と仕入れの不一致、調査をするには本来十分な理由だった。


 ただ、反対の声もあった。ドーン商会の政治力は侮りがたく、もし間違いなら大問題になる。そのため、宇賀神は先にドーン商会の取引先を秘密裏に調査し、証拠を固める作戦に出た。


 会社員時代、税務署の調査に対応したのを思い出す。別に彼の会社が疑わしいことをしていたわけではない。ただ、彼の居た会社の取引先の会計処理が怪しいため、その裏をとるための調査であった。いわゆる『反面調査』というやつである。


 まさか自分がやることになるとはとしみじみ思いつつ、証拠を固めた。小さな商売を営む彼らは、彼の質問に『完落ち』した。ドーン商会の脱税は間違いなかった。


 ただ、決定打がほしかった。色々聞き取りをしたところ、完落ちした商人の証言が役に立った。


「ドーン会長は自分ばかり贅沢して、我々は協力させられて迷惑しているんです。愛人もだいぶ羽振りがいいんですよ。悔しいです。」


 愛人に管理させるのは脱税資金隠匿の常套手段だ。その愛人、シェーンを調べる。

 ドーン商会経営の店で踊り子をしている者だが、派手な暮らしをしていることがわかった。

 金の流れを慎重に追い、シェーンに調査を行った。パニックになった彼女は、簡単に「パパ」を売った。


「私は金とわけのわからない書類を預かってほしいと言われただけよ!それでお小遣いをもらっているだけなの!」


 もう十分だった。アリッサの許可をとり、本日のドーン商会への調査となったわけである。


 人が減り、3人だけの空間で宇賀神は話し始めた。


「ドーンさん。今回のようなことは困ります。」


 ドーンは無言のままうなずく。宇賀神は続けた。


「聞くところによると、息子さんが連邦首都の大学に留学されると聞いています。奥様のご病気もあり、大変ご苦労されていると聞いています。」

「そこまでご存知とは、完全に降参です。私はどのような処罰も受けます。ただ、もしご慈悲をいただけるのであれば、妻と息子だけは・・・」


 ドーンは敬語になっていた。心なしか体も小さく見える。人間、意気消沈するとこうなるのかと思った。


 宇賀神は言う。


「ええ。ところで、この国の法律では、調査を担当する調査官が処罰を決定することとなっています。ですので、処罰について言い渡します。」


 ドーンは身動き一つしない。目をつぶって黙り込んでいる。宇賀神は言った。

「今回の件は、申告の誤りと認定し、正しい数値で税を計算しなおして2週間以内に納税してください。なお、懲罰として、税を免れていた額の1割を加算して納税してください。以上です。」


 沈黙が流れる。ドーンが目を見開く。不意をつかれた人間はこんな反応をするのかと、宇賀神は考えていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 はっきり言うと、異常な軽さである。もしケイ様(最近は様づけになった)の裁定でなければ、反対してしまうところ・・・カーシャは調査からの帰り道、先ほどまでの光景を思い出していた。


 ドーン氏が聞く。

「あの・・・それだけでしょうか?」

「はい。以上が処罰の全てです。お早目の対応をお願いします。」

「ご慈悲を・・・いただけるのですね。ありがとうございます・・・」


 ドーン氏は椅子から滑り落ちるように床にへたり込むと、手をついて頭を下げた。嗚咽しつつ、涙がこぼれている。大の男がここまでするほど、軽すぎる処罰、まさに「ご慈悲」である。


 ケイ様は、自らも床に膝をつき、片手をドーン氏の肩に添えて話し出した。

「はっきり言いますね。あなたはここで終わらせるには惜しい人物です。ドーン商会は国内外で強力な販路と貿易網を持ち、情報力に大変優れた強力な組織です。それを築き上げたあなたも、今回は大きな過ちを犯しましたが、今後このハインツ国を担っていく人物だと思います。今後、協力してこの国を良くしていきたいのです。代わりと言ってはなんですが、私たちに協力してくれますよね?」

「はい。もし何かあればなんなりとお申しつけください。このサイモン・ドーン、そしてドーン商会、全てを投げ打ち、命に代えても貢献させていただきます。」


 これが狙いだったのだと、カーシャは気づいた。証拠をつかみ、調査責任者を任命されたケイ様は、アリッサ様と綿密な打ち合わせを行っていた。


 お堅いアリッサ様は最初渋っていたけど、ドーン商会を潰すには惜しい、彼らは我々の力となるとケイ様が説得して押し切っていた。そもそも今回の脱税摘発はケイ様の貢献あってのこと、ただ、寛大な措置をとることで、彼らをこちら側に取り込むとは、何と政治的というか、視野の広さというか・・・


 カーシャは話しかけた。


「ケイ様、お見事でございました。これで何かと内務局と対立してきたドーン商会は、我々の手足として大きな戦力になってくれるということですよね?」

「様づけしなくて大丈夫です。いえいえ、私は彼らの商売人としての能力を買っていたのもあります。資源が豊富ではない我が国にとって、商売は国家の基礎となるものですからね。それに、これによって商工会や貿易商たちに睨みがきくようになりました。来年以降の税務や商務が楽になれば、カーシャさんにとっても良いことでしょう?」


 理知的かつ実践的な回答だった。カーシャは感動すら覚えた。


 昔から「頭のいい子」として近所では有名だった彼女。農家の娘だったが、兄が農家を継ぐにあたり、妹である彼女は早いうちに結婚という話が持ち上がった。


 ただ、彼女の優秀さを見抜いた親戚のすすめもあり、計算学校に入った。

 そこで必死に勉強した彼女は、10代にして内務局に採用される。皆が苦手にしていた会計を積極的に勉強し、仕事の幅を広げ、今に至るのだ。


 まだ若い彼女には雑用が回ってくることが多いが、その「雑用」によってこんな素敵な方のお付きになれたのだ。


 頭が古い両親は、仕事ばかりしていないで早く結婚しろとうるさいままだ。ただ、彼女は今が楽しいのだ。新しい世界を見せてくれるかもしれない人と、一緒に仕事ができているのだから。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 忙しい時期を終えた。


 収穫祭は盛況のうちに終わった。普段は真面目に働く住民たちだが、年に一度のお祭りにハメを外すものも多い。泥酔者や喧嘩、スリ等犯罪行為・・・


 警察業務も所管している内務局にとって、税関係の業務がひと段落した後にくる、性質の違う業務である。現場で逮捕や鎮圧を行うのは男たちであるが、その後の処理は内部事務の女たち(大半が直前まで税の調査業務を行っていた者たちである。)の業務である。


 皆が年に一度の非日常を楽しむ日に、働かされることはある意味慣れていた。ただ、この仕事につく前に、純粋な参加者として祭りを楽しんでいた記憶は間違いなく、彼女の中に残っていた。


 祭りから1か月以上たち、積み残しの仕事も終わった。窓の外を歩く人々は完全に日常に戻っている。その様子を横目に眺めつつ、アリッサは朝の支度を終えた。


 鏡を見る。内務局の高官である彼女の繁忙期は長い。この時期は例年同様の激務あけである。髪や肌が荒れ、目の下にクマができているのが通例であったが、今年は大分マシであった。


(彼には本当に助けられたわ。できれば、このまま・・・)


 まだ目覚めてから時間が浅く、おぼろげな思考で最近の出来事を思い出す。宇賀神は、内務局の業務に多大なる貢献をした。


 彼自身が多数の事務をこなしてくれることは言わずもがな、無理やり動員した素人に毛が生えた程度の者に知識を教授してくれたことが一番ありがたかった。

 会計制度を深く理解できている部下は少ない。そして、その部下のほとんどが軍務に引き抜かれたため、教育係を担う者がいない状態であり、必然、責任者であるアリッサの負担が大きくなっていた。


 そんな中、嫌な顔一つせず、惜しげもなく指導をしてくれたことで、結果として組織の力は上昇した。当然、事務の正確性や効率性は例年より大幅に上昇した。


 そして、先日のドーン商会の件である。かねてよりアリッサも怪しさを感じていたが、忙しさに追われる中、摘発まで持っていくには準備不足であり、毎年モヤモヤしたものを感じつつ書類にサインしていたのである。


 さらに、厳罰を考えていたアリッサに対し、彼はこう言って説得した。


「かの商会は我々と対立してきたと聞いています。そして、この国において非常に力を持っていることも知りました。ただ、このような相手に対し、機会を得たからといって一気に潰すのは得策ではありません。」


 彼は続ける。


「各産業に深く食い込むかの商会を仮に潰したとすると、商業は混乱し、結果として国力を落とします。

 むしろ、今回の決定的証拠により、彼らは我らに逆らえなくなりました。今回寛大な措置をすることにより、彼らをこちらに取り込み、ひいては今後の適切な内政をする上での手足としましょう。

 また、商いの能力はもちろんですが、私はむしろ、彼らの情報力を買っています。どうか今回は、私に任せてもらえないでしょうか?」


 アリッサは折れた。そもそも今回の調査方法・・・彼は『反面調査』と言っていたが、これを駆使しなければ証拠はつかめなかった。

 確かに言われてみればそのとおりという方法ではあるが、今まで視点として気づけていなかったし、加えて、従来の組織の処理能力的にも不可能であっただろう。


 そして何より、今後のことも考えた彼の広い視野に感心してしまったのもある。確かに正義の執行は大切であるが、全体を見渡して物事を判断する視点も内政には必要だと、自分を納得させた。


 現にあの事件以降、彼らのネットワークは間違いなく役に立っているのだ。

 

 功労者のケイトさんには休んでもらいたいところであったが、遊ばせておくのはもったいないし、本人も何かできればとのことだったので、貿易等を含めた商務をお願いしている。

 そこで、ドーン商会の国内外のネットワークを生かして、色々成果を上げてくれているようだ。


(後で商務部に顔を出さなきゃ。責任者だしね。)


 朝から少し笑顔になった彼女であるが、自分の仕事の時間が迫っていた。足早に部屋を出ると、慣れた足取りで城内を進んだ。


 各所に配置された衛兵の敬礼に答礼しつつ、城内の最深部、城主の間の扉をくぐる。

 大きなテーブルを前に、ソファーに腰掛ける壮年の紳士が居た。ドニエル・ハインツ。この都市国家の領主であり、そして彼女の父でもある。ドニエルは笑顔で、口を開いた。


「おはようアリッサ。色々と苦労をかけてしまっているな。わしがもう少し色々考えてやらなければならないのだが・・・」

「いえいえ。日々充実した日々を送っています。そんなことより、お体の具合は変わりありませんか?」

「ああ。病の方はだいぶ良くなったよ。古傷の痛みも先日まで出ていたが、最近は気候も良く、収まっている。連邦会議までには体力も回復するだろう。城を留守にするが、そのときは頼むな。特に、ヘイルの補佐をよろしく頼むよ。」


 噂をすれば、そのヘイルがちょうど入ってきた。彼女の年の離れた弟、癖のある金髪、アリッサと同じ肌と目の色をしたその青年は、入ってくるなり若さを溢れる口調で話し始めた。


「父上、姉さん、おはようございます。父上、体調が良さそうで良かったです。」


 彼は先日17歳になった。この国では一般的に15歳で社会に出るものが多い。

 領主の正統後継者である彼だが、姉とは違ったキャリアを進んでいた。計算や学問にはあまり興味を示さなかった彼だが、運動神経が良く武芸の才があった。当然、剣術や馬術といったものが学びの中心であり、彼自身もそれを望んでいる様子であった。


 ただ、昔の彼は体が弱かった。彼らには年の離れた兄がいたが、ヘイルが物心つく前に戦死している。それを追うように母も他界し、そして父は領主業務に忙しかった。

 必然、8つ年の離れたアリッサは親代わりとして、十二分に可愛がったものである。そして彼も、最近は昔のようにべったりとはしないが、以前は随分姉に甘えたものであった。


 色々と世間話を終えると、父ドニエルが本題に入った。


「ヘイル、今年の秋に開催される連邦会議、わしが直々に出席することになった。留守の間は何人かに任せていくが、形式的な領主代行はお前となる。皆と力を合わせて、よろしく頼むぞ。」

「はい!お任せください!全力で努めます!」


 明らかに喜んでいるな・・・アリッサは少し苦笑した。ヘイルはいわゆる『仕事』をしたことがなく、早く自らの力を世で試したいという気持ちがあるのはわかる。

 ただ、いきなり領主代行とは・・・まあ実際の業務はほとんどそれぞれの代理がやるから問題ないであろうが、まずは経験をという考えなのかもしれない。


 いくつか話を重ねると、姉弟は一緒に退出した。歩きながらヘイルが話しかけてきた。


「姉さん、姉さんも連邦会議に行ってしまうんだろ?だけど安心してくれ。俺も姉さんみたいに早く働きたいからさ。何かやっておいた方がいいことあるかな?」

「大丈夫よヘイル。まずは色々な人の話を聞きながら、それを見ていけばいいわ。」

「それはわかっているんだけどさ・・・」


 他愛のない会話がしばらく続く。アリッサも久しぶりの家族との会話を楽しんでいたが、ヘイルは質問をぶつけてきた。


「姉さん、あの・・・数か月前に保護したあの変な男、どうなったの?」

「ああ、あの方ね。まだ記憶が戻らないらしいわ。ただ、とても優秀な方で、本人も希望したので色々仕事を手伝ってもらっているの。」

「大丈夫なの?怪しくない?スパイとかかもしれないし、姉さんも危ないかもしれないよ。」


 ああ、噂を聞いたのだなと思った。ケイトさんの噂が広がるのは止めようもなかった。それはそうだ。謎に満ちあふれた形でこの国に現れ、知識をまたたく間に吸収し、我々にない視点を提供してくれる・・・

 ドーン商会の件もあり、なるべく秘匿したいところであったが、特に城内の噂好きの者たちは、ただ者ではないのが居ると噂しているのだ。当然、領主の息子の耳にも入るわけだ。


「良く調べているから大丈夫。とても良い人よ。頭もいいし、温和な方よ。今度会ってみる?私も近々会いに行く予定なの。」

「ふーん・・・いや、俺はいい。色々準備しなきゃならないからちょっと忙しいし。」


 アリッサはしまったと思った。昔からこうだ。アリッサが別の、特に男性のことを褒めたり、興味を示すことをヘイルは極端に嫌がる。嫉妬ならそれはそれで良いが、特に最近は以前に輪をかけて嫌がることが増えた。


(気を付けていたのにな・・・)


 小走りで去るヘイルの後ろ姿を見送る。アリッサは多少後悔しつつ、自らの部屋に足を向けた。


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