第20話 やり残した事
朝、起きたら一人でした。
朝食の準備も無く、コーヒーも沸いていませんでした。静かに庭に咲く綺麗なバラが揺れていました。
夜勤が無くなり、ご飯やコーヒーが毎朝ある風景になっていましたが、そういう風景すら今無くなっていました。
しかし元々夜勤や泊まり勤務をしていた時、一人で過ごすのが普通でした。ただその生活に戻っただけの話なのです。そう考えれば別に何も変わった事などありません。私は生活の変化に慣れるのが人一倍早いタイプです。あーそういうタイプの人間でよかった・・・。
ただそんな中、休日でも私の頭の中にしなければならないことが浮かんできています。
『妻が余命1年である事』
『退職したハーツ司令に後を頼まれた事』
『グラッドとの打ち合わせ時に改善が必要な箇所が出た事』
これらの話が私の頭の中を駆け巡っているのです。
これから自分の判断で、どの仕事を進めて行くのか選ばなくてはいけません。
妻にはまだ余命を伝える事が出来ずにいました。
そうなるとまずは・・・・・・
アル「グラッド」
グラッド「アル、状況は聞いたぞ。何も今日でなくてもよかったのに・・・・倒れたローズは大丈夫なのかよ」
アル「いや、行ける時にやるさ。現場に居る人間の為だ」
右手で拳を作り、自分の左胸を叩きました。
そう、先ずは仕事を選びました。一旦家族の件は後回しです。
この判断をした時、自分は本当に仕事人間なのだなと、実感しました。
安全でないと嫌なのです。長い勤務時間なのです。みんなが安全に1日を終えていないと、眠れなくなります。
なのでそんな自分の為にもまずはグラッドの案件から入ることにしました。
私は夜に、元々勤務していた大学でグラッドと待ち合わせていました。
副指令(管理職)になり、会社的に時間の縛りが一切無くなったので、大学側に入館申請さえすれば『OJT』ということで勤務しても良い事になっています。
先日グラッドと打ち合わせた時に問題点として挙がった巡回の件。私を杖無しではまともに歩けなくさせた巡回業務を改善する目的でした。
ハーツ指令は現場へ怪我した私を気遣いで行かせないように調整していましたが、私が志願しました。
私は誰よりもこの施設を知っているからです。
隊員「アル副指令に対し、敬礼!!」
真剣な表情で一列に並んだグラッドを含む隊員達が一斉に敬礼を行いました。
アル「・・・・はい、休んで下さい」
久しぶりの大きな現場で気合いが入ります。
しかし目の前で同期のグラッドが私に敬礼をしています。
確かに今は私の方が役職が上なのですが、この光景に未だに慣れずにいるんです。
この肩にある副指令の就任式に貰った勲章が夜勤だとやけに神々しく見えるのです。後輩や同期が見ています。緊張感を保った上で、全員が前向きになるような話をしなければなりません。
アル「お疲れ様です。今宵私はグラッド隊長と巡回ルートについて確認及び改善の目的で夜勤に就きます。ルートを見直す必要性が出てきました。再びこの慣れ親しんだ制服を着て身が引き締まる思いです、皆さん宜しくお願いします。私が居るのは今夜だけです。なので私の事は気にせず、私が居ないと思って構わない、いつも通り安全に業務を遂行して下さい。私からは以上!それではジュリ副隊長、全員が安全に業務を遂行する為の連絡事項をお願いします」
眼鏡がキラリと光り、髪を真ん中で分けている長身ジュリが一歩前に出ます。ちなみにここの女生徒や女性職員からの人気ナンバーワンです。
ジュリ「はい!先ず、本日日中に総務課より残業連絡がありました!植物研究棟及び第一化学棟について・・・・・・」
副隊長のジュリが各棟の残業連絡や設備故障について、夜間入館や工事の情報をここで全員に伝えます。
夜の点呼が終わった所で、グラッドとジュリと共にこの守衛室内にある指令室に入ります。
ジュリ「アル副指令、もうすぐ夕方の巡回が始まりますがどうされますか?」
グラッド「この夕方と、あと深夜と早朝の2回。夜勤は合計3回。だから・・・・まぁ真ん中の深夜だけ集中的に見るか?」
アル「いや全部だ。3回とも行く。全部いかないと駄目だわ、俺的に」
グラッド「やっぱそう言うと思った(笑)よし俺も全部同行するからな」
グラッドは少し笑っています。まぁこれは予想通りといった所でしょうか。
アル「ジュリ、緊張せずにいつも通り回ってくれて良いからな」
ジュリ「はい、マニュアル通り行います」
隊員「失礼します!入ります!」
若手の隊員が緊張しながら指令室に入ってきます。
ジュリ「どうした」
入口に近い席に座っているジュリが対応します。
隊員「先程聞いた入館予定には有りませんでしたが、今から国家シェルター事業連合会の方が入館されます」
アル「・・・・・」
グラッド「・・・・・」
グラッドと目が合いました。
ジュリ「一度総務部に問い合わせて、駐車場で待ってもらいなさい。まだ駐車許可証発行するなよ」
隊員「はい!」
隊員はそのまま机にある電話で連絡を取り始めました。
連絡漏れはよくある事ですが、今日私が来ているからでしょうか・・・なんだか私が居た時よりも全員キビキビ、ピリピリしています・・・・。
アル「ジュリ、入社して何年になった?」
ジュリ「15年目です」
アル「そうか、もう一本立ちだな。ティミーみたいに若いからって先輩方に気を遣うなよ」
ジュリ「はい。グラッド隊長に毎日言われています。承知しました」
アル「それを聞いて安心した」
グラッド「みんな少し堅いな今日は」
ここで勤務するのも今日で最後にしなければなりません。
私が居ることで現場が必要以上に緊張しているからです。仕事を一発で終わらせる為に巡回は全て行くこととします。
そういう緊張するような関係性になろうとしていませんでしたが、役職が上がればそんなものなのでしょうか。
副司令になってからの現場勤務と言えばティミーが派遣されていたワンポスト(一人勤務)の工場くらいしか応援勤務をしていなかったのでこれまで他現場の雰囲気はよく分かりませんでした。
今の現場は私の怪我以降、少し変わっている様子が見受けられました。
でもよく考えれば無理もありません、一度契約打ち切りまで話がいってますし、ティミーは左遷後に退職。そして私はまともに歩けなくなっています。
ジュリもグラッドも緊張感を保ったまま私と業務についての話をしていました。
私のこの十字架を共に背負ってくれているのかもしれません。
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