第19話 過去とこれから
医者「単刀直入に言います。余命1年です」
アル「え?・・・・・・」
分厚いレンズの眼鏡をかけた医者と目が合ったまま、開いた口を戻せなくなってしまいました。
アル「あ・・・・あ・・・・・」
看護師に呼ばれて、行った先の部屋で医者からそのように言われました。私はその言葉を聞いた時、初めて『死』というものに直面したような気がしました。自分が車に轢かれた時や、仕事で危険にさらされた時、両親の死も過去にありましたが、そのような場面でも決してマイナスに捉えなかったのに、この『妻の死が迫っていること』だけは私の頭の中で悪い方向へ一直線に走り出しました。
医者「暫くの間入院して頂きまして、他の箇所についても調べるような流れになりますが、今の状態で分かっている事はそれだけです。先にご主人にお伝えした方がいいだろうという判断に至りましたのでお話させていただきました。奥様に病状のことをお伝えするかどうかは、ご主人にお任せします」
ローズが眩暈がすると言い始めてから半年に一度、近くの病院で必ず健診には行っていたんです。
医者の話では、この半年の間に急激に体が悪くなっていたとのことでした。
私は杖を取り、いや・・・これを歩くために前に進むために取ったものの、何もこの先の出来事を考える事が出来なくなりました。
そんな精神状態のまま、その部屋を後にしました。
もう少し一緒に居てやればよかった。
定年後、2人きりで過ごす日が近づいていたのに。
過ぎ去った自分の人生を悔やんでいたわけではありませんが、ここに来て、これまで妻と共に過ごした時間が異様に少なかったように感じてしまいました。
ティミー「隊長・・・・・」
後ろを振り向くと顔面蒼白のティミーが立っていました。スーツの上着こそ着ていましたが、つけていた細いネクタイがほどけかかっていて、少しだけ顔とシャツが濡れていました。きっと先程の医者の話を聞いてしまい、耐えられずにえづいてしまったのでしょう。
アル「おっ、ティミー・・・・・」
ティミー「あっ、あんまりだよ・・・あんまりですよ。ローズさん何も悪い事してないじゃないですか・・・仕事頑張って家事も頑張って、隊長や俺の事も支えてくれて・・・・・」
アル「同じように仕事や家事を兼務でやっている方はたくさん居られる。きっと体が弱かったんだ、ローズは、きっと」
ティミー「酷すぎる、こんなタイミングで。この前お家に行った時、もうあと一年くらいで隊長が定年だから、旅行でも行こうかってローズさん嬉しそうに言ってたんですよ。こんなことって無いですって!」
そのままティミーは私の胸の中で号泣しました。
ティミー「もう少し・・・もう少しだったのに・・・・畜生っ!!!」
アル「良いんだ!良いんだ、仕方ないんだ、泣くなティミー!」
先程の病室での和やかな団欒ムードが嘘だったかのように、ティミーのむせび泣く声が誰も居ない廊下をコダマします。
ひとしきり泣いた所で、顔をあげるティミー。上司の妻のことでこんなに泣く男をこの人生で見た事があったでしょうか。
アル「きっとな、そういう運命だったんだよ」
ティミー「俺が・・・俺がローズさんを救います!!」
アル「???、お前は医者じゃないだろ」
ティミー「絶対に助けますから!!隊長!見ていて下さい!」
アル「そういう風に思ってくれている人が居るだけでローズは嬉しいはずだから。もう何も考えなくていい、次の職場でも頑張れよ。成功を祈っている」
ティミー「隊長・・・」
私は後輩の肩に手を置き、少し強く掴みました。
アル「お前は今俺の手から離れようとしている、次の職場の良き先輩に教えを乞いなさい。これから行くシェルター事業は昔と違い、今や国が関わっている大きな事業だ。今までの拠点規模の考え方をしていては、務まるわけがない。この先他のことを考える余裕など無い筈だぞ」
私は杖をつき、元居た病室の方に向かいました。妻に余命のことを言おうか、どうしようか考えていました。
ティミー「た、隊長!絶対俺のこと忘れないで下さいね!必ずローズさんを助けますから!!」
アル「あぁ、忘れられるわけがないだろ」
名残惜しくなるので、後ろ向きでティミーに手を振りました。
ドカッ!
ティミーは廊下にあった背の低いベンチに座りました。
壁に背を預け、男の涙でぼやける何も無い天井をいつまでも、いつまでも見上げていました。
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