第16話 私の師
それから間もなくでした。ティミーが本社へ辞表を提出しに行ったのは・・・・。
最後に顔を見る事が出来て良かった。お互いきっとそう思っています。本人の強い希望で送別会無しということで、近しい仲間にて調整されました。
ティミーが居なくなった後、私は穴が空いた勤務に応援につかざるおえなくなりました。現場勤務と自分の受け持ちエリアの契約先との調整、業務提案、問題点の抽出、なかなかハードな毎日でした。
それでも夜勤が無くなったのは非常に大きいです。妻の手料理を家で食べる事が出来ます。
ハードではありましたが、家での暮らしがこんなにも贅沢なのだと感じる事が出来ました。
それから間もなく、私の先輩であり上司のハーツ指令が退職されました。送別会には当然呼ばれていましたが、その日たまたま契約先でトラブルがあった為、その日指令と会ったのは遅れて駆けつけた送別会三次会のハーツ指令行きつけのバーでした。
ハーツ「おっアル副指令」
アル「すいません、こんな日に。少々遅くなってしまいました」
グラッド「おーいアル、スーツ似合ってるぞぉ」
少し酔っぱらってカウンターの一番奥に座っているグラッドはこちらに向かって手を振っています。
アル「馬鹿言えグラッド、こっちはまだ制服の方が慣れてんだよ」
ハーツ「アル」
アル「はい」
手招きするハーツ指令の隣の席が空いていた為、杖をカウンター下に置き、呼ばれるがまま横に座りました。白髪頭のオールバックが今日はなんだか一段とかっこよく見えます。
若い頃は一緒に制服を着て現場を歩いていました。今はお互いスーツを着て仕事をしています。年月が過ぎるのは早いものです。まさか自分がこのような立場になれると思っていませんでした。
ハーツ「ティミーのこと、聞いたぞ。あいつ俺に直接辞表を持ってきた」
アル「そ、そうでしたか・・・・。あの工場にはティミーの直属上司は居なくてですね・・・・」
ハーツ「てっきりアルに辞表を渡すものかと思っていたが、もう相談済みですと言っていた。きっと契約先で話したんだろう」
目の前に置かれているワインをグイっと飲み干しておかわりと私の分の酒も注文して貰いました。
ハーツ「あの人事をしたのは私だ」
アル「そ・・・・そうでしたか・・・・・」
先程から何か言いたそうな雰囲気でしたが、そのことだったか・・・・。
ハーツ「俺を恨んでいるか?」
アル「・・・・・いえ、それはないです。・・・ティミーは事件当時主任でした。役職者であれば当然責任は取らされますから、仕方がない事です。上司も配属先も自分では選ぶことは出来ません」
本当は恨んでいます。もしも、もう少し待遇が変わっていたらティミーはあのような状態にならなかったかもしれません。
ハーツ「工場に居るティミーを久しぶりに見て、もう限界だと、お前はそう思ったんだろ」
アル「・・・・・・はい・・・」
ハーツ「俺なりの親心だったんだよ。ティミーの具合が悪くてドクターストップがかかったから、精神的に負担が無い場所に異動させたつもりだったんだが、それがむしろ逆効果だったみたいだな・・・・・」
アル「そう・・・だったんですか・・・・」
一口お酒を飲み冷静に考えると、あれはただの左遷人事では無い事が分かりました。
ハーツ「申し訳ないなアル・・・・・申し訳ない・・・・・俺はなんてことをしてしまったんだろう・・・・・最後に謝らせてくれ・・・・・」
アル「・・・・・・ハーツ指令・・・・・」
その言葉を発した後、ハーツ指令は額を手で覆い、目に涙を浮かべていました。
アル「・・・・・・・」
ティミーは自分が教えた人間です。もしこれが芸事であれば、師匠と弟子の関係です。
私も若い頃はハーツ指令に教えを乞いていました。私が師と呼ぶことができるのはハーツ指令だけです。
教えた人間を守る事は出来ても、その先の人間まではどうしても守る事が出来なかったと、最後に言っておられました。
出会いと別れなんです、俺達は。
長い勤務や拘束時間を共に過ごします。
仕方が無いんです。いつか終わりが来るのですから。
人間と出会った後の大きな思い出は別れの時なんです。
これはあとで聞きましたが、ハーツ指令は辞表を持ってきたティミーに対しても謝罪していたそうでした。何十年勤めても、本心が分からない上司で申し訳ないと言っていたそうでした。
私の師匠は確かに誰よりも仕事が出来る立派な人でした。
しかし、管轄外の若者と人間関係を構築することについては不器用な人間だったのかもしれません。
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