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第8話 キングス・ワン

「覚悟ぉ!」


 追いついた葵が刀を振りかざす。

 容赦なく私を斬り伏せる軌道だ。追いつかれたのが不味かった。人間らしく速度を落として走っていたのが裏目にでたようだ。


(怪しいというだけでここまでするのかっ!)


 でもまあ、彼女の疑念は正しい。

 私は正体を隠しているし、人類が手にした力ではこの擬態を解くことは出来ない。


(仕方ない……!)

 

 ──ここは斬られるとしよう。


 一応、葵にも躊躇はあるのか刀に妙な力を纏わせているがどこか弱く頼りない。


(甘いな。もし私が敵だったらその躊躇は命取りになるぞ)


 刃の軌道は致命傷を避けるように振られている。

 だから私は腕をあげ、軽く切られる程度で済むように位置を調整した。 


(さあ、来い!)


 狙いは完璧。刃が私の腕に届く──瞬間、ピタッと絶妙な位置加減で刀が止まった。前髪がハラハラと落ちる……少し切られてしまった。


「あ、葵ちゃん……?」


 葵の視線が、私の背後に張りついたまま動かない。

 その理由を悟った瞬間、地面が悲鳴をあげた。


(この気配……)

 

 ──何かが地中よりこの場所をめがけて迫ってくる。


「おお」


 振り向いた瞬間、大きく地面が揺れてグラウンドの土が空高く噴出した。

 テレビで見た原油が吹き出る光景によく似ている。


「な、なによあれっ!?」


 葵が動揺するのも無理はない。

 地中から突き出た黒い鉤爪は、爪の部分だけで校舎の2階まで届く大きさだ。


「まだ出てくるな……」


 あれは身体の一部でしか無い。


 ──おそらく、王侯個体(キングス・ワン)


 さっきのムシの親玉が現れたようだ。

 巨大な頭部が、土を押しのけて姿を現した。その大きさは三階建ての校舎に並ぶ。


 足元のフェンスが、つま先一つでぐしゃりと潰れた。

 複眼がいくつも輝き、まばらに並ぶアギトがかちりと動くたび、空気が軋むような音が鳴る。


 「なに、あれ……でかすぎる……!」


 葵の刀を持つ手が震えている。


(ふむ、彼女の力でアレを単独討伐は難しいのか……)


 怯えているようだ、まあ無理もない。

 その存在感は、この星ではまさに「災厄」そのものであろう。

 二足歩行の兵卒と違い、この王侯個体キングス・ワンは四足歩行のようだ。


 女王アリのように膨れ上がった腹部の下半身には6本の節足が生えている。

 上半身は人形に進化しており、左右の肩から手の代わりに2本の鈎爪が伸のびている。


 足の一本一本が街路樹ほどの太さだ。

 地面を踏むだけで、校舎の窓ガラスが振動している。


「あなたが、呼んだの……?」

「呼んだ? 僕を呼んだのは葵ちゃんだろ? ちょっと早めに着いたら、変なムシに襲われるし……しかも君にも。ちょっとひどいんじゃないかい?」


 抗議するようにじっと見ると、葵は気まずそうに口元を引きつらせながら目をそらす。


「えっ、それは……そう、ね」


 どうやら私はアレの同類だと彼女に認識されているらしい。


(まったく。渡辺といい、葵といい、私はなぜこう不当な扱いを受けなければならないんだ? 今この地球で流行りの差別問題として提起してみようか)


「ま、まずい……ダンさん、逃げて!!」

「あ」


 大きく持ち上げられた鉤爪が振り下ろされる一瞬、空気が悲鳴をあげるように振動し、校舎の窓ガラスが爆ぜる。

 地面に激しく風が叩きつけられ、グラウンドの砂塵が水平に吹き飛んだ。

 まるで、一棟のビルをそのまま振り回してくるような質量だ。


「……ちぃ!!」


 葵が刀を構える。だが――あまりにも、あまりにも遅い。

 刃に宿る桜色の光は心許なく、まるで風の中の蝋燭のようだった。


(無理だな)


 あれに触れれば、葵の体は“押し潰される”どころではない。

 小気味のよい音とともに弾けて、赤い霧を作り肉体を失うだろう。


「だめだ、葵ちゃんっ!!」

「はい? って、ちょっ、きゃああ!?」


 構えた葵をかばうように飛び込んで鉤爪を避ける。

 さすがに目の前で知人が消し飛ぶのは見過ごせない。


「まったく、無茶をする……っ」

「ダンさん……背中がっ!!」

「……ぐぅっ」


 背中のシャツが肩から腰まで大きく裂け、じんわりと背中全体に血を滲ませていた。

 鉤爪が少しかすったようだ。あの大きさでは、ほんのちょっとの接触でも重症になるだろう。


「そ、そんな……だったら私……なんてことっ」


 葵が悔いいるように眉尻を下げる。

 だから私も、なんとか彼女の不安を拭うように笑って見せた。


「だ、大丈夫かい葵ちゃん? 君こそ、はやく逃げ……ぐっ」

「ダンさん!!? 待ってて、すぐに救援を……っ!」


 背中が真っ赤に染まった私を見て、葵の顔が青ざめている。

 心なしか唇も振るえているようだ。


「くそ! そこをどきなさいよっ! 私は、また先生みたいに……死なせるわけにはいかないのよっ!!」


 決死の表情でムシに刀を向ける葵に、冷静を装って声を掛ける。


「葵ちゃん、僕は大丈夫だから……」

「黙ってて! 私がなんとか隙を作るから、あなたは逃げなさいっ……大丈夫、絶対に死なせないなから」


 そんなに切羽詰まらなくていいと、一応大丈夫と声を掛けたのだが葵はもうこちらを見ていない。本当に申し訳なくなる。


 ……だってこの傷、擬態だから。



          ◇



 巨大な怪獣の足がグラウンドを叩くたび、地面が波打ち、校舎の壁にヒビが入る。

 このままでは、ここにいる誰も生きては帰れない──脳裏に“死”という文字が走った。

 体が勝手に逃げようとする。膝が震え、呼吸が浅くなる。

 

 ──それでも、私は踏みとどまった。


 また誰かが死ぬ光景だけは、もう、絶対に見たくない。


 ──なのに。


「ぐ、ぅ……っ」


 私をかばったせいで、ダンさんが死にかけている。

 ざっくりと開いた背中の傷と、染み渡る大量の血……このままでは彼は死ぬ。


「……私のせいね」


 彼をあのまま逃がしていれば、こうして死にかけることはなかった。

 だけど私が自分の直感のまま疑って、彼を引き止めてしまった。


(…………)


 少しだけ心にしこりがあるけど、彼は間違いなく一般人だろう。

 絶対に、こんなことに巻き込んではいけない対象だった。



(最悪ね、ここに来てレイヤ−3以上の怪獣が出るなんて)

 

 ドン、とアリの節足が地面を叩いた。

 それだけで爆風のような風が襲いかかり、地面に大きなクレーターを作っている。

 体を芯から震わす振動、多分こいつは多摩川クジラより強い。


(しかも、増援まで)


 こいつが開けた穴から、さきほど一掃した二足歩行のアリが無数に湧き出て来る。

 女王を守る軍隊のように、その数はどんどん増えていく。


 「剛たちは……っ!?」


 私だけでは到底手に負えない。でも、この怪獣の出現に他のみんなも気づいているはずだ。

 せめてダンさんが逃げる時間だけでも稼ごうと、応援の姿を探す。


 ふと、奇妙な視線を感じた。


 見回すと、校舎の屋上から私を見下ろしている人物がいる。


(誰……?)


 それは白い長髪を靡かせた、女性のようだった。

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