第7話 葵の追撃と逃げるダン
静かに体内に魔力を流す。
彼がどう動いても即座に対応できるように──私も刀をいつでも抜けるよう柄に手を掛けた。
「──やっぱり、あなたは何か隠してたのね」
こちらに背を向けていた星街ダンが振り返る。
きょとんとした顔をして。まるで普通の人のような顔をして。
「あ、葵ちゃん……?」
「そんな風に取り繕わなくていいから。このアリの死骸、ダンさんがやったのよね?」
困惑するように彼が周囲を見回している。
「……え?」
眉を顰め、腕組をして落ち込むように頭を下げる。
「ええ!? もしかして、これ僕がやったって思われてるっ!?」
まるでお笑い芸人のリアクションのような、なんだかふるくさい驚き方だ。
それが余計に嘘くさくて、胸の奥がざわついた。
「おい、会長。こいつ……本当にお前が言ってたほど強いのか」
「そうよ葵。どう見てもただの人にしかみえないけど……」
ただ、そのわざとらしさは効果があったらしい。
剛も可憐も彼をそこまで警戒していないみたい。
その時──背後から駆け寄る軽い足音が聞こえた。
「葵ーっ! あ、可憐と剛もいるのね! 無事でよかったあ!」
振り返れば、体育館側から息を切らした翼が手を振って走ってきた。
「あれ、葵。これってどういう状況なのだい? 一応、みんなは体育館に避難したけど……うわ、なにこのアリの数!! てか、あの人は!?」
校舎裏を埋め尽くすアリの残骸、そしてその中心に立つ“ただの喫茶店の店主”を見比べて、翼の目が丸くなった。
「翼、ちょうどいいところに来たわね。彼を探知して。人間じゃない可能性があるわ」
「あ、もしかして彼があの多摩川クジラの……?」
翼が大きく口を開いて「ほえ〜」とつぶやきながら星街ダンを観察していた。
「ま、いいや。いくよ葵! 探査魔法──エクステンデッド・サイト!」
翼の魔力で編まれた透明な本が宙に浮き、白光とともにページがめくられていく。
(これで、解る……っ!)
彼女の本から放たれた探査の波動が、静かに空気を震わせる。
(………っ!!)
知らず、柄を強く握りしめた。
腰を落とし、体内に魔力を循環させる──その正体を見せたら、一足飛びで斬り伏せる。
臨戦態勢をとった私に釣られるように、剛も拳を握り、チラチラと炎を滾らせている。可憐は冷静に見えながらも、しっかりと杖を取り出していた。
──そして翼の魔法が星街ダンを通過する。
(来るか……っ)
──しかし。
「あ、あの……今の、なに?」
翼の魔法を受けた星街ダンは、ひどく困惑した様子で私達に目を向けていた。
「そんな、うそっ!!?」
彼にはなんの変化も起きなかった。何かを感じ取ったのか、しきりに自分の身体を見回しているけど、それだけだ。
翼の魔法に反応しなかった敵はいない。
人に化けた怪獣も、さっきのアリのような化け物だって彼女から逃れることはできなかったのだ。
「あれ、別の反応……葵……上だよっ!」
「え?」
翼が指差す方向、校舎の窓から勢いよくナニカが飛び出してきた。
「ふははは! 校舎内に奴らの姿はなしッ! この覚醒した山田正宗の手にかかればって、会長!?」
ガラスを破って出てきたのは黒髪短髪の男子生徒だ。
この学校の制服を着ていることから、こいつも覚醒者なのだろう。
なんでか、私を見て驚いているけど……。
「あなたは?」
「こ、これは高坂会長! お、俺は一年の山田政宗といいます!」
「で、これは貴方がやったの?」
散らばったアリの群れを指差す。
(こんな人、Aランクにいたっけ?)
たしかに、彼は戦ったのだろう。アリの体液で全身が汚れている。
対象的に、星街ダンの白いシャツは一滴の汚れもない。
「は、はい! おそらくそうです!」
「おそらくそう……ってなんではっきりしないのよ!?」
「ま、まあ? 俺が実は……特別というか、その……」
理由を尋ねると、ふふんと山田なんとかは得意げに人差し指を立てる。
指先からビリっと電気が走った。どうやら雷属性の覚醒者のようだ。
「きっと俺は再覚醒したんでしょう……アリを一撃で爆発させるボルテージ・ボンバーは時間差でアリを殲滅……」
「あなた、ランクは?」
「え、Dですけど。でもきっと今の俺はAを通り越して、もはやSに……」
何やら自信満々だけど、口ほど強そうには見えない。
なら──
「剛、確かめて」
「あいよ」
剛が全身から魔力を放った。どうやら会話中でも、すぐに戦えるように臨戦態勢だったらしい。
「え、ってぐふはああ!!?」
剛が軽く殴り飛ばすと、ぐったりして動かなくなった。
本当にDランクだったようだ。
「可憐、翼。こいつをみんなのとこに避難させといて」
「本当……似た者同士ね」
「うわ、えぐ」
外野がうるさいが、今はそれどころじゃない。
これでこのアリを倒した誰かを追い詰められる。
「──で、星街ダンさん? やっぱり貴方が……」
「葵、彼はもういないわよ」
「え?」
見ると彼の姿はない。
「この……なんとかって男が飛び出してきた時点で逃げ出してたぞ」
「はああ!!?」
剛の指摘に、可憐も翼もうんうんと頷いている。
「じゃあ追いなさいよ!?」
「葵、いい加減にして。翼の探査魔法に引っかからなかったし、彼からは何も感じなかったわよ?」
「俺もだ」
「んー、私の魔法に反応はなかったし……葵の気のせいじゃない?」
何を悠長に突っ立っているのかと思ったら、みんな彼を疑っていなかったらしい。
「気のせいって……じゃあ、このアリ達が死んでるのは誰がやったのよ!?」
「葵、このアリは属性に弱いの。そこの男の子も雷属性の覚醒者だったでしょう? 多分、相性良く倒せたんじゃない?」
「な、そんな訳……」
ある、かもしれない。
私の刀は阻んだくせに、剛の炎と可憐の氷で簡単にアリは倒せていた。
「まだ詳しくはわからないけど、この外骨格は物理ダメージにはとことん強い。でも何かしらの性質変化した力には途端に脆くなる。彼が雷の属性なら、弾けた頭部も、穴の空いた胴体も説明がつくわ」
「でも……」
「それにね、葵」
可憐が冷たく、私を見る。その顔にはどこか余裕がない。
「もし……本当にただの力でこのアリをあんな風に倒せるなら、それはもう私達だけじゃ手に負えない存在よ。それ、わかってる?」
まるでそうであってほしくないような口ぶりだ。
可憐にしては珍しく、感情的になっているように見えた。
「レイヤー3以上……下手したら、一年前にメキシコで確認されたような“アンノウン”の可能性だってある」
「……さすがにアンノウンはないでしょ」
「油断は禁物。すでに実例はいるのよ?」
真面目な彼女は大げさに言ってるんじゃなくて、本当にその可能性を考慮しているのだろう。
「メキシコに現れたレイヤー3の巨大怪獣『アイアン・ハンマー』を葬ったアンノウン──通称『黒き影』は、魔力を一切観測できなかったの」
それは一年前、都市を壊滅させ、メキシコ軍を沈黙させた怪獣と、それを一瞬で葬った“何か”。
脅威を倒したはずの存在が、誰にも識別されなかったという事実が、いまだに世界をざわつかせている。
「魔力を観測できるようになった人類は、ヤツラの脅威をしっかりと測る事ができる。だから“愛されし子供たち”にも、覚醒ランクがつけられたの」
「敵の脅威に応じて、適切な戦力による戦闘と、被害を最小限度に抑えるため……でしょ? それはわかってる、だけど」
私達はその分析がいかに大切か、痛みを持って知った。
もし、私達が最初からランクを大切に考えていたら……魔力という超常の力に万能感を抱いていなければ……多摩川クジラとの戦いでミツキ先生は死ななくて済んだかもしれないんだから。
「少なくとも、葵の言う通りなら応援を呼ばないといけないわね……自衛隊と協力して、軍事火力と魔力の合同で滅ぼさないといけない相手──葵、本当に彼がそうだと思っているの?」
あの人が、本当に私の予想通りだとして、だったらどうするのかと可憐は私を問い詰めているのだろう。
もしかしたら、安易に脅威を煽るような私に苛立っているのかもしれない。
──でも。
「わかったわ。可憐の言う通りね……」
「じゃあ、さっさと本部に報告に行くわよ。とりあえず、アリはもういないみたいだから……って、葵!?」
こうなったら、確かめる方法は一つしかない。
「……な、何してるの?」
刀を抜いた私は、体内に巡らせた魔力を刃に通し、星街ダンが逃げていった先を見た。
「斬ったらわかるでしょ?」
「はあ!? 私の話を聞いてたの!?」
可憐の理屈は理解できるけど、私だって自分の抱いた違和感をこのままにしておくことはできない。
レイヤー3以上の脅威が人間のふりをして町中に潜んでいたら、それこそ大災害に繋がりかねない。
神楽坂高校──国家覚醒者管理機構の日本支部にして、愛されし子供たちの養成機関。町中で戦闘になるよりも、今ここで正体を暴いて戦った方がよほど都合がいい。
「……葵ちゃんってほんっと、こういうとこあるよね」
「おいおい、マジか。俺のこと散々、バーサーカーだの暴君だの言ってくれたくせにっ」
外野がうるさいが、正体を確かめるまで彼を学校の外に出すわけにはいかない。
──もう、多摩川クジラの時のように周囲の被害を気にして戦うなんて御免だ。
配慮して、考慮して、力を抑えて──結果として仲間の誰かが死ぬ……あんなこと、私が二度と起きさせない。
「別にもうアリはいないんでしょ? じゃあ私は不審人物の捜索にあたるわ。報告は副会長に任せるから」
「ちょっと葵!?」
これ以上、可憐が何かを言う前に強化した足で地面を蹴る。
校舎の壁を蹴って空中に飛び上がれば、グラウンドの中央で校門に向かって走っている星街ダンの姿が見えた。
「見つけた!」
私は学校の屋上を飛び移りながら、ギリギリで彼より先回りする。
「逃さないわ!」
「……うわ!?」
眼前に飛び降りた私に驚いて、星街ダンがのけぞって倒れた。
尻もちをついて目を見開いている姿は、本当に平凡な人間にしか見えない。
それでも私の勘は彼が見た目通りであることを否定する。
「あ、葵ちゃんっ!?」
反応があまりに普通すぎて、万が一を考えて決心がぶれそうになる。
……でも、もう止まれない。
この一太刀で、すべてを見極める。
「覚悟ぉ!!」
勢いよく刀を振り上げる。
……もし違ったら、その時は謝ろう。
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