第3話 白銀の女性
一歩、彼女が足を踏み入れた瞬間。空気が変わった。
金色の瞳が、建物越しに視線を合わせた瞬間とまったく同じ“熱”で私を見つめていた。
その姿は私が見たどの地球人よりも美しい。だが、異質でもある。
整いすぎた顔立ち、ぶれない視線、軋まない足取り。
「貴様、いったい何者だ?」
──空気が変わる。
(遠い銀河から来ました……とでも言えば即座に私に襲いかかってきそうだな)
ただ立っているだけに見えるが、彼女は重心を落とし、いつでも踏み込めるようにしている。
一応、入口に立つ彼女との間にはまだ距離がある。
だがおそらく、彼女にとってこの程度の距離は何の障害にもならないのだろう。
(まあ、さっきのムシもそうだったからな。ただ──)
彼女はアレとは比べ物にならないほど強い。それは気配で十分に伝わってくる。
もし私と彼女が戦えば、力加減はできなさそうだ。
そうなれば神楽坂という街が吹き飛ぶ大惨事になるだろう。
(それだけはなんとしても避けなければ……っ)
組んでいる両腕はすぐに解けるよう、弛緩していた。
数々の戦いの経験が、彼女の僅かな気配を察知する。
(私がただの人間かもしれないから、まだ襲わない……無差別に襲う種族ではないということか)
理性と知性はある。だが、自分にとって不都合になる存在を生かしておく甘さは彼女に感じない。
(どんな目的でこの星に来たかは知らないが……)
だからこそ、私はあくまで──喫茶店の店主として彼女を迎える。
「……いらっしゃいませ。失礼、あまりにあなたが美しいかったので、つい見惚れてしまいました」
敵意でも警戒でもない。
ただの“人間の反応”を返すことで、彼女の疑念がわずかに揺らぐのを感じた。
「ふむ……?」
入店した彼女を無言で見たのは事実だ。
いつものように微笑みかけ、喫茶店のマスターとして彼女を迎える。
「ちょっと散らかっていてすみません。まだ開店したばかりで……お好きな席へどうぞ。今日のおすすめは深煎りの星街ブレンドです」
木片を片付け終え、ゴミを回収しながらカウンターに入る。
(あのムシを消失させておいてよかった……)
パッと確認したが、床がえぐれていること以外はいつもの店内だ。
あのムシの身体も血も消失させたので、匂いもないはずだ。
「くくく、あれだけ膨大なエネルギーを感じせてそれは無理があるだろう?」
アストリウム光線のことだろうか?
しかしあれはかなり出力を下げて放ったのだ。探知されるのまだしも、彼女が警戒するほどではないはず。
「あ、すみません。ちょっと虫が出て格闘していたので……殺虫剤臭かったですか?」
「虫? おい、貴様。そんな言葉でこの私を誤魔化そうなど」
向けられる金色の瞳に、わざとらしく首をかしげておく。
──じっと見つめる彼女の瞳が、淡く輝きはじめた。
(わずかな放射能が漏れている……X線で私を見ているのか)
だが、甘い。これでも私の変身技術は宇宙一を自称している。
生体反応はもちろん、呼気、体温に至るまですべて元となった生物に合わせることが出来るのだ。
「……バカな、ただの人間だと?」
どうやら彼女の分析結果、私は人間と判断されたようだ。
うつむき、何やら思考にふける彼女だが、これはチャンスだ。
「すみません、外国の方とはあまり接したことが無いので、失礼なことでもしてしまいましたか?」
「…………」
あくまで、喫茶店の店主として振る舞う。
何かを言いたげにじっと私を見てくるが、こちらも負けじと営業スマイルで迎えうつ。
「……気のせい、か」
──勝った。
見たか、譲二。私はもう完璧に人間の振りが出来るのだ。
この店に来た当初、さんざん私を罵倒してくれた亡き先代店主へ得意げに心のなかで語りかける。
きっと彼もあの世で私を認めることだろう。あの世というのがどこにあるのかは知らないが。
「なんでもない。騒がせたな」
「いえいえ、お客様をお迎えするのが私の仕事ですから」
次第に彼女の警戒心が下がっていくのが感じ取れる。
(もう大丈夫……かな)
一応、人間に擬態してるらしいこの女性だが、私と同じ異星人であればこんな小さな喫茶店に用はないだろう。
私は星街ダンに擬態しているから、人間の食べ物や嗜好品を好む舌を持ち合わせている。
だが、彼女もそうだとは限らない。
そもそもエネルギー補給の方法が地球生物と外星生物では全く違うのだ。
つまり、彼女がここに居座る理由は私が怪しいという以外、何一つないということだ。
(ああ、どうかこのまま何事もなく出ていって……)
「ふむ。では、その星街ブレンドとやらをもらおうか」
……飲むのか。
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