空
「……」
ジッと、黙して語らず、空を見ている女性の姿があった。
長い黒の髪を何故になびかせている彼女は、髪に手を当てて野放図に散るのを拒みながら、ジッと空の戦闘の様子を眺め続けている。
「アルド……」
彼女――エヴァの顔に浮かぶのは、その複雑な内心であった。
引き結ばれた薄い唇は何かを悔いているようで。
わずかに潤む瞳は何かに耐えているかのようで。
紅潮している頬は、興奮している幼子のようにも見える。
エヴァはジッと、何も言わず、ただ空を見上げている。
その様子を『紫電一閃』のメンバーであるミラ・フラウ・アンジェリカの三人はジッと見つめていた。
三人の出番が来るのはもう少し後、今はまだこうして空を見つめているだけの余裕があった。
今回彼女とそのパーティーである『紫電一閃』に与えられた役目は、遊撃である。
当初は冒険者をとりまとめるリーダーとしての役目を求められたのだが、それを彼女が固辞したのである。
なぜなら――後ろから指示を出しているよりも、彼女が前線に出た方が、被害を軽減することができるからだ。
更に言えばいざ統率個体と戦うとなった際、エヴァは間違いなく最前線に向かうことになる。
その際に指揮系統が麻痺しないよう、指揮系統は騎士団に事前に任せる形を取っていた。
「アルド……思ってたより、ずっとやるわね」
「そうね……」
「エヴァは……知ってたの?」
「そうね……」
これは駄目ね……と呟くミラだったが、その声すら宙を凝視しているエヴァには届いていない。
彼女の視線は、空で縦横無尽に戦っているアルドとスカイに釘付けになっていた。
エヴァは彼と再会してから、互いの実力についてはまったく話をしてこなかった。
男というのはプライドを大切にする生き物だ。
エヴァはへそを曲げられて今度こそ二度と口を利かなくなってしまうのが怖くて、話せなかったのだ。
だがそんな細かいことを、わざわざ気にしなくても良かったのかもしれない。
そう思ってしまうほど……空を翔るアルドは、輝いていた。
アルドの活躍は、正しく獅子奮迅であった。
まるで後ろに目がついているかのごとく、不意打ちをしてくる魔物を返り討ちにし、打ち漏らすこともなくほぼ全ての魔物を空中で打ち落としている。
その力の根源となっているのはやはり、彼が使っている自律魔法だ。
アルドが自律魔法を使うらしい、という話はエヴァも知っていた。
けれど……事実は想像の斜め上を行っていた。
「四つ……いや五つ? あれ、何個自律魔法使ってるのよ……もしかして最近世間を賑わわせてる大怪盗って、アルドのことだったりしないわよね?」
「完全に全方位の敵を知覚できてるのも多分自律魔法だと思うので、六個だと思います」
ミラとアンジェリカも少し呆けたような顔でスカイに乗るアルドのことを見つめている。
この世界での自律魔法の使い手は、いかに多くとも三個前後の魔法を使って戦うことが多い。
しかもそもそも自律魔法というのは、あんな風にバカスカ打つものではない。
確実に攻撃を決めて相手にトドメをさす時に使う、ある種のハメ技のようなものなのだから。
「あれのどこがうだつの上がらない冒険者なの……?」
「……ふふっ」
自分のパーティーメンバーのアルド評に、思わず笑みをこぼすエヴァ。
基本的に表情筋が仕事をしていないことが多い彼女が笑うことはあまりないため、遠目に見ていた冒険者達の方からどよめきが聞こえてくる。
空の戦いを見ているのは、エヴァ達だけではない。
この戦場に居る者達は皆間違いなく、アルドの奮戦を目の当たりにしていた。
王都でアレクセイを倒したことは、ルテキの街にまでは聞こえていない。
けれどこれで、アルドを見る目は間違いなく変わるだろう。
少なくとも彼のことをバカにしていた連中は、今頃顔を青くしているに違いない。
(アルド……ようやく、世界があなたに気付いたわ)
アルドを取り巻く環境は変わるだろう。
できれば激変した周囲の中に自分がいることができれば……そう願いながら、エヴァは視線を下ろす。
見ればそろそろ第二壁が突破される頃合いだった。
第三壁の間に広がっている空間は、冒険者達が戦闘を行うためにあつらえられているものだ。
つまりここからが……エヴァ達の時間である。
「行くわよ、皆」
「「「はいっ!」」」
エヴァがリーダー役を務めなかった理由は、もう一つある。
彼女の戦闘についてくることができるのは――その動きに慣れている『紫電一閃』のメンバーを除けば、ごく一部の人間だけだからだ。
彼女の身体が輝き出し……一瞬のうちに消える。
戦場を、一筋の光が通り抜けていく。
正しく疾風迅雷の勢いで突き進むその光は――周囲に死を振り撒いてみせた。
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