現実
「ど、どうして……?」
エヴァが全身をふるふると震わせながらこちらを向く。
こちらに縋ろうとするその腕を、俺はぱちりと弾いた。
へなへなと倒れ込む彼女を見ると罪悪感が湧いてくる。
けれどそれでも、彼女の下に駆けて行こうとは思わなかった。
なぜなら俺は、ここにいてはいけない人間だからだ。
「それはここが夢の世界だからだよ……エヴァ」
「夢の世界……だからなんだっていうの!? 私はここにいて、あなたはそこにいる。ウィリスだって! それの何がいけないのよ!?」
「いいや違うよ、エヴァ。人間は、現実を生きていかなくちゃいけない。たとえそれが辛いからといって、心地良い夢に溺れているだけじゃいけないんだ」
一度現実から逃げたからこそ、俺にはわかる。
夢に溺れ現実から逃げることは簡単で、楽だ。
時に逃げることが必要な時もある。
逃げた先こそが自分の居場所だったという話も、枚挙には暇がない。
けれどやはりほとんどの人間にとって一番大切なのは、現実と向き合うことに他ならない。
なるほど、命からがら逃げ出してきた冒険者の言葉も理解できる。
この夢の世界が自分が求めていたものだと感じる人は、きっと多いのだろう。
「それに現実も……案外悪くない。何せ今生きているのは、俺が愛したマジキンの世界なんだ……うっぷ」
吐き気から、思わず口を押さえる。
俺が夢の世界でも正気を保っていることができるのには、もちろんわけがある。
発動させた魔法が、ようやく効果を発揮してきたらしい。
自律魔法『内転』。
自分の体内の魔力をぐちゃぐちゃにかき混ぜることで、いくつものバッドステータスを併発させる魔法だ。
こいつはいわゆる欠陥魔法というやつだ。
自分以外の人間にかけることもできないため戦闘には使えないし、状態異常を治すのなら魔法か薬を使った方が速いし安全だ。
ただしこの魔法には、ある効果がある。
それは『内転』によって生じたもの以外の、あらゆるバッドステータスを打ち消してくれること。
体内の免疫にでも働きかけるのか、この魔法を使えば毒だろうが麻痺だろうが呪いだろうが打ち消すことができる。
ただ……こうして現実に使うとすると、あまり多用したい魔法じゃあないな。
少なくともしばらくは、ごめん被りたい。
「一つ、わかったことがある」
夢の世界が崩れていく。
空間自体にほころびが生じ、真っ黒な穴が家を壊していった。
足下すらおぼつかなくなり、家の底が抜ける。
そして俺の意識も、おぼつかなくなってきた。
エヴァの姿が消えていく。
こちらを悲しそうに見つめるその姿を見ると、それが幻であると知っていても思わず胸が張り裂けそうになる。
「――愛しているよ、エヴァ。俺は君を、愛しているんだ」
夢という形で自分の欲望を目の当たりにしたからこそ、自信を持って言える。
俺はエヴァを――今でも愛している。
だから俺は、もう迷わない。日和るのもやめにする。
だってさ、現実を生きるのなら……この好きって気持ちに、正直でいなくちゃいけないだろう?
俺は遠くなる意識の中で、ゆっくりと微笑む。
こちらを見たエヴァも、笑ってくれたような気がした。
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