奇遇
スカイはとにかく肉が好きだ。
肉であれば味がついていようがついてなかろうが美味しく食べる。
骨付きであれば骨ごといって髄液まで味わう健啖っぷりだ。
「ワイバーンの栄養バランスってどうなってるんだろうな……?」
リーゼロッテにせがまれたり、宿の中で俺が検証のために魔力を使わせたりしているのでここ最近のスカイの空腹具合が限界突破している。
とりあえず安くて腹が溜まりそうなクズ肉の炒め物なんかをごっそりと買い込んで背嚢に入れていく。
ただ最近スカイも舌が肥えてきているので、クズ肉ばかりだと文句をつけられるだろう。
別に懐が寂しいわけでもないので、少し上等な店で高めの肉を買ってやることにした。
料理となると更に高くなるだろうから、とりあえず精肉店でいいだろう。
この世界の肉屋は、わりときっちりとした専門職だ。
営業をするにも認可がいるため、下町の食肉店のおっちゃんもしっかりと食肉に関する免許を持っている。
なんせ牛、豚、鳥、羊以外にも魔物の肉なんかもあって、取り扱う種類がべらぼうに多いからな。それに魔物の肉の中には微弱ながらも毒性のある部位なんかも多かったりするし。
王都にもいくつもあるわけだが、中でも一等高級な『ロカビリー』に向かうことにした。
以前王都に住んでいた頃は、大きく儲けが出た時にはこの店で奮発してサシの入った高級なミノタウロスの肉を買ったものだ。
今ではそれをぽんっと買えるようになったことに、俺も大きくなったんだなぁとどこかしみじみしてしまう。
高級住宅街に面している店へとやってくると……既に先客がいた。
のれんの先に下半身だけ見えている姿は、女性冒険者のものだ。
どうやら買い物が終わり出てくるところらしく、四人の足がくるりとこちらを向く。
「あら、ごめんなさい、お待たせしたわね」
「ああ、いや問題な……」
瞬間、空気が固まった。
この世界が一面氷の世界に包まれたかのように、動きを止めて硬直してしまう。
そこにいるのは間違いなく、彼女だった。
誰にも負けたくないと嘯いていた頃と何も変わらない、燃えさかる炎のような存在感。
それは神聖な炎のようで、触れれば火傷するとわかっているにもかかわらず、思わず手をかざしたくなるほどの聖性に満ち満ちていた。
本人が悩んでいた少しキツめの眼光はその鋭さを増しており、気を抜けば喉の奥が鳴ってしまいそうなほど。
腰まで伸ばした黒髪を一つに括っており、左側から前に垂らしている。
傍から見るとどこまでも美しく、気高く、そして冒しがたい存在で。
けれどその心根は至って普通の女性のそれであることを知っている人間は、俺を含めて果たして何人居るのだろうか。
「――アルド」
「――エヴァ」
彼女の名前はエヴァ――本名はエヴァンジェリン・フォン・ライゼニッツ。
『迅雷』のライゼニッツ卿の孫娘であり、英雄の血をその精霊の寵愛と共に受け継いだ時代の寵児。
妾の子であり出奔した身分でありながら家名を名乗ることを許された今をときめくAランク冒険者であり……そして俺の、かつてのパーティーメンバーでもあった女性だ。
「あんたは……」
「エヴァの知り合い?」
「しっ、邪魔しちゃダメだってば! どうみても訳ありじゃん!」
その後ろにいるのは、恐らく今のエヴァのパーティー『紫電一閃』のメンバーだろう。
精霊魔導師が二人と、前衛が一人。
見知らぬ顔だが、俺と分かれてから新たに組んだパーティーなのだから、それも当然の話だ。
「久しぶりね……元気にしてた?」
「ああ、幸い無病息災で過ごせてるよ。そっちは?」
「私は……まぁまぁかしらね」
「……」
「……」
話すの自体三年……いや、四年ぶりくらいか?
話したいことなんかいくらでもあるはずだった。
話題なんて唸るほどあるのに、不思議と言葉は喉の奥にたまるばかりで口を通って出てはこなかった。
向こうも似たような感覚なのか口を開いては閉じたり、もごもごしながら何を話したものかと迷っている様子だ。
後ろにいるパーティーメンバー達や、店の人に迷惑をかけるわけにもいかない。
俺は彼女の横を歩き、のれんをくぐりながら気安く告げた。
「頑張ろうな、お互いに」
「……ええ、それじゃあ、また」
「ああ、またな」
次に会う約束を交わすでもなく、その場で別れる。
同じ王都で過ごしているのなら、またどこかで会う機会もあるだろう。
そうなればその時には、かつての思い出を茶飲み話の一つにできるかもしれない。
冒険者は一期一会。
そう思ってその日を終えた俺だったが……事件はその次の日に起きた。
護衛を終え、『止まり木亭』へ帰ってきた俺が見たのは、馬車からものすごい勢いで運び込まれる家具の数々。
中に入ってみるとそこには見慣れていて、けれどここ数年でその面影も薄れてきたはずの彼女の姿があった。
「あら奇遇ね。私も今日からここに泊まることにしたから」
そう言ってエヴァはその冷たい声音に見合わぬ微笑を浮かべる。
彼女の笑みは、相変わらず魅力的で。
憎たらしくなるほどに以前と変わっていなかった――。
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