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余計なお世話

作者: 在江

 僕のママはお節介焼きです。ママにとっては、僕の面倒を見るよりも、人の世話を焼く方が大事なんじゃないかと思います。

 あんまり人の世話ばかり焼いているので、パパは自分を構ってくれる女の人の元へスポーツカーでびゅうん、と行ってしまいました。僕もパパと一緒に構って欲しかったけど、その人はパパの面倒を見るので精一杯だ、とパパに言われて諦めました。


 この間も、僕がお腹を空かせて学校から帰ってきたのに、夕食も作らないで家の中をぶつぶつ言いながら歩き回っていました。


 「ママ、お腹空いた」

 「それどころじゃないのよ。今日中に、ボビーがカミラに愛の告白をしなくてはいけないのに、ボビーったら生真面目なんだか馬鹿なんだか、一向に告白しないんだから」

 「ボビーなんて、どうだっていいじゃない。夕食はどうするの」

 「今日中に告白してくれないと大変な事になるのよ。そうだ、こうしてはいられないわ。夕食は適当に取ってね」


 ママは早足で自分の部屋へ閉じこもってしまいました。僕は仕方なく、台所の棚を探してお菓子を見つけ、テレビを見ながら一人で食べました。

 テレビを見ていてもつまらないので、ママの部屋を覗くと、机に向かって必死になって手紙を書いていました。


 「ママ」


 ばっと振り向いたママは、とても怖い顔をしていました。


 「お風呂に入って早く寝なさい」


 そう言うと、ママは返事も待たずに机に向き直って夢中になって手紙を書いていました。僕は黙ってドアを閉めました。



 昨夜のママはとても変わった様子でした。僕がシャワーを浴びてお風呂から出てくると、しかめ面をして、ぶつぶつ言いながら家の中を歩き回っていました。


 「ジェイトンはどうしてあの二人を襲わないのかしら。おかしいわ。あの二人は死んでくれないと困るのよ」


 あの二人というのは、パパと女の人のことです。ママはパパが家出したので殺そうとしているのです。


 「ママ、あの人達を殺しちゃだめだよ」


 僕は怖くなって言いました。ママは僕がいるのを知らなかったみたいに、はっとして僕を見ました。それから急に上機嫌になりました。


 「ありがとう。おかげでいい考えが浮んだわ。これでジェイトンも満足よ」


 僕の頭をくしゃくしゃにして自分の部屋へ閉じこもってしまいました。ママはどうしてもパパ達を殺すつもりなんだ。僕は慌ててパパの所へ電話しました。何回電話してもつながりません。

 そのうちに、留守番電話から聞こえる声が、緊急の時にはこちらへおかけ下さい、と他の番号を言っているのに気付きました。僕は番号をメモして、その番号へ電話しました。今度はすぐにパパが出ました。


 「元気でやっているか」


 パパは酔っ払っているみたいでした。パパの声の後ろから賑やかな音楽と、女の人の笑い声が聞こえてきました。僕はママがパパ達を殺そうとしている、と言いました。ママに聞かれると困るので、小さい声でしか話すことができません。


 「え、何だって? よく聞こえないよ」


 僕はもう一度、少し大きな声で繰り返しました。音楽と女の人の笑い声が大きくなりました。

 パパには聞き取れなかったみたいです。あんまり信じられないので、聞きたくないのかもしれません。


 「もしもーし。切れちゃったのかな。あっ」


 電話は切れてしまいました。



 次の日、ママは警察に呼び出されて朝早くから出掛けました。寝不足で不機嫌そうな顔をしていました。

 僕は学校に行かなくてもいい、とママに言われました。することがないのでテレビを見ていました。いつもは見たことのない番組ばかりで、退屈しませんでした。


 そのうちにニュースで、パパとあの人の顔が映りました。昨夜、パパとあの人は自動車のスピードを出しすぎて事故に遭い、死んでしまったというのです。お酒とマリファナも飲んでいたらしい、とテレビの人は言っていました。


 パパがママと離婚したばかりだということも言っていました。

 事故ではありません。ママが何とかという殺し屋を雇って殺したのです。それでママは警察に呼ばれたのです。

 もう帰ってこないかもしれません。パパのことも好きだったけど、ママがいなくなるのはちょっと困ります。でもパパを殺したママと一緒に暮せるのか、心配です。



 ママは夕方帰ってきました。真面目な顔をして、僕にパパが死んだことを話しました。


 「うん、知っている」


 僕が言うと、ママは怪訝な顔をしました。


 「そう。知っているのね」


 僕はどきっとしました。ママの顔が怖く見えたからです。パパが死んだ事を知っていると言っただけなのに、ママはパパを殺したのがママだと僕が知っている、と答えたのだと思ったに違いありません。ママは殺す前に僕に話をしたことを忘れているのです。僕は慌てて付け加えました。


 「黙っているよ」

 「そうね。お葬式に行ったら、口を利いてはだめよ」

 ママは上の空で、僕の顔も見ずに答えました。



 パパのお葬式には、ママと二人で行きました。パパの家族と、一緒に死んだ女の人の家族と、それに何故か警察の人達もきていました。他の人達は、ママと僕を見て何かこそこそと話をしていました。ママが殺したことを皆知っているのかもしれません。でも僕は約束を守って、話しかけられても口を利きませんでした。


 「可哀想に。お父様に死なれてショックを受けているのね」


 年をとった人がママに言いました。ママはそうなんです、と答えて、その人と話し始めました。話しているうちに、ママの目に涙が溢れてきて、ママはハンカチで拭いていました。

 死んだ人は戻りません。パパを殺したことを後悔しているのかもしれません。


 僕はママを見ているのが辛くなったので、辺りを見回すと、離れた所にいた警察の人と目が合いました。

 警察の人が手招きしたので、ママの様子を窺って僕を見ていないことを確かめてから、偶然のように歩き方を工夫しながら近付きました。警察の人達は、ママとパパが離婚したばかりで、僕がパパの子だということを知っていました。


 ママが殺したことも知っているかもしれません。そう思っていたせいか、色々聞かれているうちに、僕はうっかり喋ってしまいました。警察の人達の目が光りました。それで、僕はどうしてママがパパを殺したことを知っているのか、説明するはめになりました。


 「ジェイトン、ね」


 殺し屋の名前を言った時、警察の人達は互いに顔を見合わせました。それからはちっとも熱心ではなくなり、僕は説明しているのが何故か恥ずかしくなりました。

 それでも最後まで僕の話を聞いてくれた警察の人達は、優しく僕の肩を叩きました。


 「いいかい、君のママは絶対にパパを殺してはいないよ。ジェイトンなんていう殺し屋は実在しないんだ。皆、ママの作り話なんだよ」


 その時、ママが僕に気付いたようなので、僕は挨拶もそこそこに、警察の人達から離れました。


 「ちょっと想像力が強すぎるみたいだ。これも親の血かねえ」


 ママはもう泣いていませんでした。

 僕は、警察の人達にママがパパを殺したことを喋ってしまったことを正直に話すべきか、迷いました。約束を破ったのがわかったら、ママは決して僕を許さないでしょう。それに、警察の人達は僕の話を信じてくれなかったようでした。だから、僕は何も話さなかったのと同じです。

 僕はママに何も言いませんでした。ママも、僕に何も聞きませんでした。



 パパが死んで何ヶ月も経っていないのに、ママには恋人ができました。ママよりも若くて、恰好のいい男の人です。僕にもいつもチョコレートやキャンデーを持ってきてくれます。いつも、家に来ると二人で朝までママの部屋に篭っています。一度ドアを開けたら、ちょうど目の前に男の人がいて、びっくりしました。


 ママは机に向かって頭をかきむしっているところで、僕が入って来たのに気付くと猛烈に怒りました。それ以来、僕は男の人がいる時には、ドアを開けないことにしました。

 学校から戻ると、ママが家の中をうつろな目で歩き回っていました。僕はお腹が空いていました。


 「ママ、お腹空いた」

 「本当にお前はいつもお腹空いたしかいわないのね。こっちはそれどころじゃないのよ。グレディが目撃者を片付けないと、話が進まないのよ。台所にアップルパイがあるから、全部食べていいわ。邪魔しないで」


 ママは僕を睨んで、大股に自分の部屋へ戻って行きました。僕は、大好物のアップルパイを食べる気がなくなるぐらい、恐ろしくなりました。

 今度は僕が殺される番です。僕がママの殺人の目撃者だから。それに、最近ママには若い恋人ができました。

 僕が邪魔になったに違いありません。確かに邪魔しないで、といっていました。


 どうしたらよいのでしょうか。パパが死んで、僕にはもう逃げる場所もありません。警察の人達も、僕の話を信じてくれませんでした。


 こうなったら、僕がママを殺すしかないのかもしれません。やられる前にやっつけろ、とは、パパがよく僕に言い聞かせた言葉です。殺される前に殺せ。パパは、この時のために僕にあの言葉を教えてくれたのです。


 パパ。天国で見守っていてね。

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