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七、犯人はラジオ局にいる!

 録音の証拠採用が不意になり、キャップたちは重い足で記者クラブへ戻った。

「どうだったねキャップ……」

 鹿鳴館から戻った瞳と番茶を飲んでいた涼が、おもむろに登和子へ尋ねる。

「あのアマ、三枚は上手だなぁ。盗み録りじゃいかんとハネられて、おまけに報道協定結ばされちまった。おっつけ、デスクんとこに書状が届くでしょ」

「――よりによって、シースケも悪運の強いやつですね。結局こっちは空振りで、アコもびっくりのお高い学割紅茶をなめて帰って来たわけでして……」

 お手上げ、と言いたげなジェスチャーで肩をすぼめる瞳に、登和子は鹿鳴館の学食の噂を思い出した。

「鹿鳴館高の学食、午後になるとダージリンの上物が出るっての……ほんとだったのかぁ」

「ついでに聞いたら、どうも食堂担当の女教師と輸入商社の四代目がデキてるらしいってもっぱらのウワサですよ。こいつはそのうち、ネタ切れの時にでもデスクにしゃぶらせときましょ。三日くらいは嫌味言われないで済むだろうし……」

「間違いないねぇ。ま、それはそれとして、だ――」

 事務椅子にまたがり、背もたれへ抱き着くような恰好になって、登和子は話を切り替えた。

「おリョウさん、さっきの録音は一緒に聞いてたからわかると思いますが、女の方が妙なこと言ってましたね」

「ああ、そういえば……。『ええ、あたし。だって、そうでもしなきゃ、キーくんがつらいじゃない。見てらんなかったもん、うなだれてたのなんか……』ってところかな?」

「さすがおリョウさん。そこですよ、そこ。ヒトミン、このやりとりからどういう関係が見えてくるね?」

 いきなり話を振られ、満身創痍の瞳は苦い顔をしてみせた。だが、二、三度やりとりを反芻するうちに、瞳も奇妙な点に気が付いたようだった。

「あれ、『キーくんがつらい』っての、もしかして吉倉和美に振られたことと関係あったりしません? その様子を見てた女が、キーくんの意趣返しに吉倉和美を手にかけたって考えると……」

「――つまり、その女子生徒には吉倉和美を恨むだけの理由があった。さぁて、はたしてそれはなんなのか。おリョウさんはどうお考えです」

 興奮で頬を赤く染めている登和子に、涼はレンズの奥で両の目を光らせ、退いた恋路の逆恨みかねぇ、と呟く。

「私も覚えがあるよ。気になる男子には別の気になる相手がいた。相手の幸せを願えば自分が身を引くのが一番だと退く……。だがもし、その気になる存在が、かつて自分の好いた男子を袖にしたとしたら――」

「いったい自分の譲歩はなんの意味があったのかと逆恨み。まさか、そういう具合の話ってわけですか、これ」

 驚く瞳に、からくりは案外こんなもんかもしれんねぇ、と、涼は外した眼鏡を拭きながら答える。

「ま、とうの吉倉和美がほぼほぼシロみたいなもんだと、こういう推理が案外アタリかもしれませんからね。――どうだろヒトミン、今日聞き込んでた子たちに……」

「あらためて該当する生徒がいないか聞いてくれ、っていうんでしょ? 連絡先はもらってありますけどねキャップ、鹿鳴館高の生徒数……」

「――うちの三倍、だったっけ」

 黙って頷く瞳に、登和子は自分の浅知恵を嘆いた。どのみちまず、キーくん、というあだ名の男子生徒を絞り込まないことには犯人らしい女生徒も追えないのだ。

「やれやれ、降って湧いた録音テープにウカレすぎたらしいや」

「……あ!」

 しょげかけていた登和子は、瞳がポンと手を打ったのに思わず椅子から落ちそうになった。

「どったのヒトミン――」

「バッカだなぁ、どうしてこれに気づかなかったんだろ。……現場(ゲンジョウ)のドトール、監視カメラの一台二台はあるでしょ。いまならまだテープは上書いてないはずですよ」

「それだぁ。――おリョウさん、これからデスクに掛け合って応援呼んでもらいます。悪いけどその子と一緒に現地に飛んじゃくれませんか」

 ほかのクラブ員に聞かれないよう、ひそひそ声で打ち合わせがまとまると、おリョウは車両伝票を手に、

「じゃ、お先に」

 と、悠々たる調子でクラブを抜け出たのだった。そして、その後ろ姿を見送ると、登和子はガリ電のハンドルを勢いよく回し、編集部を呼び出した。

「もしもし……よォデスク、いいハナシなんだけど……。例の鹿鳴館高事件、容疑者っぽいやつが出てきたよ……まあまあ、そう早まりなさんな。ホリコウのセーカイ、奴さんお得意の盗み録りしたのが偶然それでさ。ま、やり口がやり口なんでさっそく片倉のアネさんにNG食ってんのよ……。で、こっちは今しがた、おリョウさんに伝票預けて、目撃現場のほうに行かせてるんだけど、そっちに誰か手の空いてるのいない? ……あ、なるほど。そんじゃアコに任せよっか。うん、あとの連絡は個々人で……そいじゃよろしく」

 ろくろく息継ぎもなしに電話を終えると、それを見ていた瞳がよくやりますねぇ、と疲れ切った両の目で登和子を見やった。

「ハタから見てたら話芸ですよ、キャップの電話」

「そりゃどうも。ひとまずおリョウさんにはアコをくっつけといたよ」

 話の最中、ずっと肩で受話器を挟んでいた登和子は首を回し、軽い伸びをしてみせた。日増しに長くなる、しぶとい茜色の夕空がもうすぐそこまで迫っていた。


 記者クラブの入っている建物・中京文化センターの中には、それぞれの課や部屋に出前が取れる公設の大食堂とは別に、「アマリリス」という建物の内外からそれぞれ入れる喫茶室がある。

 その「アマリリス」の戸を、浮かれ調子の登和子と瞳がくぐったのは、号外の締め切り時刻も済み、そろそろ六時になろうという頃合いだった。

「あれ、今日はもうおしまい?」

 糊の効いたワイシャツにリボンタイ、紺のチョッキに赤いカフェエプロンといういでたちのマスター、ロールこと田村巻生(たむらまきお)は二人の登場を少し不思議そうに見つめている。二十代そこそこ、メンズボブに小さな三つ編みを結った巻生は、中性的な面立ちと物腰が評判のいわば名物店長であった。

「特ダネの実をおリョウさんが摘みに行きましてね。こっちはもう店じまいってわけです。――ロールさん、ハイブレンド二つお願いします」

「はいはい、了解……」

 定位置と化している、店の一番右翼にある四人掛けの席へおさまると、登和子と瞳は肩の力を緩め、カウンターから漂ってくる薫り高いコーヒー豆に鼻をくすぐらせた。

 ふと、登和子は遅まきながら、店の様子が普段と違うことに気づいた。いつものクラシック専門の有線放送ではなく、今日に限って普通のラジオ――市の中心部をカバーするミニFM局の番組がスピーカーから流れているのだ。

「有線、辞めちゃったんですか?」

「あ、これはね――」

 登和子の指摘に、巻生は事情を話した。よく店に来る新人の劇作家が、ミニFM局で放送するドラマの脚本を書いたので、それを聞こうとラジオへ切り替えてあったのだという。しかもそれが生放送ともあれば、巻生がリアルタイムで聞こうとするのは無理もない話である。

「ごめんね、もう誰も来なさそうだからって付けてたんだ。録音の支度してあるし、切り替えようか?」

 話すかたわらで、ドリッパーの中の粉へお湯をかけ回す巻生へ、登和子はそのままでかまわない、と返した。

「そんな面白い話、逃しちゃ損じゃないですか。現在進行形が一番楽しいのは、事件も放送も同じわけだし……」

「はは、それもそうだね。――あ、始まる!」

 店内いっぱいにこだました時報に、巻生はそっとボリュームを上げた。

『――近江製薬提供、「ラジオ空中劇場」』

 無機質なアナウンスに続き、ホルストの「木星」をバックに題名、出演者の紹介がつらつらと流れる。「愛憎の四角形」というサスペンス調の作品だという巻生からの前情報に、登和子と瞳は身を乗り出して放送に耳をそばだてた。

『今にして思えば、その二人が私の前に現れたのが、すべての間違いだったのです――』

「……ン?」

 開口一番のセリフ、真に迫った調子の女の声に、登和子は首をひねった。最近どこかで、こんな調子の声を聞いたような気がするのである。

 ――誰だったかなぁ。テレビじゃないのは確かだよな……。

 覚えはあるのにすぐに出てこない。そんな歯痒さに登和子がかかりきりでいるうちに、ドラマは問題の声の主、ある富豪のお側メイドにせまる気障な青年実業家とのやりとりへ移っていた。

『どうしてわかってくれないんだ、僕がこんなに苦しい思いをしているというのに――』

『――なによ! どうせあなた、そうやって飽きたら私を捨てるつもりなんでしょう!』

 べたなセリフにはもったいないくらいの、熱気の入ったメイドの激昂が「アマリリス」の中いっぱいに響き渡る。その時だった。

「あーっ!」

 声の主の正体に気が付いた登和子は、驚いてその場から立ち上がった。瞳と巻生の意識が、ラジオから登和子の方へ移る。

「ヒトミンっ、この声、セーカイの録って来たテープの声とおんなじだ!」

「え、ええっ」

 登和子の言葉に瞳が叫ぶと、あとには事態の飲み込めない巻生だけが残された。もうラジオドラマを楽しむどころではない――。

「どうしたの、追いかけてる事件と何か関係あるの?」

 おそるおそる尋ねる巻生に、登和子は事情を打ち明ける。

「――今しゃべってるの、クラブ総出で追ってる事件の容疑者の声そっくりなんです。ほら、鹿鳴館高校の絞殺未遂事件……」

 それを聞くと、巻生は顔を青くして、二人へこんなことを告げた。

「あり得るかもしれない。この番組、端役や準主役の俳優は市内の高校の演劇部から来てるんだよ。鹿鳴館のほうからも、何人か出てるだろうから……」

「キャップ、どうします」

 瞳の問いかけに、登和子はカップの飲みさしをクイと流し込んで、伝票片手にブレザーのポケットからがま口を取り出した。

「行くに決まってるでしょ。ロールさん、放送局って……」

「三条寺町のエフエム新京極! 七時までの生放送だから、今から行けば間に合うんじゃないかな。あ、それと……」

 受け取りかけた千円札をそっと返すと、巻生は伝票へそっと「七女通信様 保留分」と赤鉛筆を走らせた。

「お題は今度でいいから、いっといで。何があるかわからないし、とっといておいたほうがいいよ」

「――恩に着ます、ロールさん!」

 巻生に礼を伝えると、登和子と瞳は大急ぎで記者クラブへ戻った。夕闇が京都の空を覆う、物憂げな宵のことだった――。


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