六、取材協定決定す テープと協定、姐御とソバ
『……じゃあ、吉倉さんを呼び出してあんな風にしたのは』
『ええ、あたし。だって、そうでもしなきゃ、キーくんがつらいじゃない。見てらんなかったもん、うなだれてたのなんか……』
『正気じゃないよ、そのせいで吉倉さんはずっと目が覚めないんだ。――頼む、いまからすぐに自首してほしい。まだ罪は軽く済むはずだし……』
『なによ……なんであの女をかばうわけ? 知らないっ、そうやってずっとウジウジしてればっ!』
「す、ストップ! もうこれ以上聞いてられんわいっ」
美由紀が手を振りながら制すると、堀川高校新聞のキャップ・武部昌史は慌てて停止ボタンを押した。最前まで、梅雨の湿気にあてられていた記者クラブの部屋の中は、まるで真夏の墓場のように冷え切っている。数分前にのどかが持ち込んだテープの音声に、聞き入っていたクラブ員たちはすっかり打ちのめされていた。
「――偶然とはいえ、とんでもないもんを拾ったのう、シーさん」
ずれた上着をかけなおしながら、美由紀はのどかへ驚愕の視線を光らせる。
「開けてビックリ玉手箱、とはこのことであるよ。それより諸君、この件はどうしたらいいもんであるかなぁ」
のどかが話を振ってみたものの、事態のあまりの大きさに、他の面々はどうしてよいか処置に困り果てている。
「堀高キャップのオレとしては、セーカイの持ち込んだこのネタは中京記者クラブの面々で共有しようと思うんだ。久方ぶりに舞い込んだヤマなんだ、うまいモンはみんなで分かち合わなきゃぁ、なぁ?」
見かねて話のかじを切った昌史に、それもそうだ、と何人かが首を縦に振った。
「堀高さんのおっしゃる通りですわ。同じ高校生どうしでこんなことがあった、というわけなのですもの。せめて我々学生が、ちゃんと更生の道へ歩ませないと……」
「――今度はこの優男がクビを閉められかねないって、そういうわけかいお嬢」
口を挟んだ登和子に、益美はそのとおりですわ、と頷いてみせる。
「――ひとまずこいつは、我々と警察を結ぶ片倉のアネさんに上申してみようじゃないか。この前の写真の件で、ずいぶんあたしらのことを買ってくれてるようだからねえ」
登和子の提案に、そいつはいいや、という声がさかんにあがる。片倉のアネさんこと、府警本部少年課・副課長の片倉美苗警視は、中京記者クラブにとってみれば顧問のような存在の人物である。
「でもよ松っつあん、片倉のアネさんって少年課の担当じゃないかよ。今度のは犯人不明の殺人未遂ってことで、刑事課が動いてるんだろ」
苦い顔の定一に、登和子もいくらか渋い目をのぞかせたが、
「いちかばちか、アネさん経由でねじ込ませてみようじゃないか。名士につつかれて困ってる下鴨署にも恩が売れるだろうって言えば、嫌でも喰いつくさ」
登和子の押しが効いたのか、不承不承という感じであったほかの面々も納得し、キャップたちはさっそく、建物の三階にある片倉の部屋を訪ねることとなった。
「――失礼します」
「おっ、どったのブン屋くん?」
ノックののちに勢いよくドアを開けると、片倉はざるそばを箸でつまみ、蕎麦猪口を握ったままこちらへ目をくれている。
「すいません、夕飯の最中でしたか。松っつあん、出直そうや」
踵を返す定一だったが、片倉警視はそばを飲み込み、制服の胸元を叩いて咳き込んでから、
「いいのいいの。昼食食べ損ねた分の、軽いおやつみたいなもんだし……それよりどしたの。キャップ連直々のご登場だなんて」
と、センター内の食堂から取ったらしい出前のざるそばをひっこめ、打って変わって真面目な顔をしてみせる。
「実は、例の鹿鳴館高校事件で、思いがけない情報を掴んだんです。これ、うちの青海が偶然捕らえた録音なんですがね……」
カウンターの数字を頼りにテープを戻すと、昌史は片倉の前で問題の音声を流した。その間、片倉はまじろぎ一つせず、食い入るようにスピーカーをにらんでいた。
録音がすべて流れ切ると、昌史はテープを止めて、以上です、と結んだ。
「なるほど、こいつを証拠として京都府警、そして下鴨署へ献上しようと、こういうわけか。この前の七通の写真といい絵馬といい、どうも学生ブン屋のみんなには頭が上がらないよ」
「へへへ、お世辞はそこまで。褒めそやしてタダでこっちに協力するほど、アネさん優しくないだろ」
「そのことそのこと。よくわかってるね七通さん……」
したたかな笑みを浮かべる片倉に、登和子はやっぱり、と言いたげな表情を返す。
小柄に童顔、制帽からはみ出るような大きなシニヨンのせいで制服を着てもただのコスプレにしか見えないが、片倉警視はれっきとした成人女性。しかも京大法学部卒のキャリア組――。それでいながら、普段は飄々としたような印象が強く出る彼女は、時にクラブの面々にとっては強力な味方、そして時には邪魔っけなエンマ大王のように立ちはだかっているのだ。
「まあ、この辺は上にも通してみなきゃわかんないけどね。あたしとしてはこいつをそのまま証拠にするのは難しいと思う。――セーカイちゃんお得意の盗み録りで得たやつだろう、これ」
「ハハ、ばれてましたか」
愛想笑いを返す昌史に、片倉はしようのないやつめ、と言いながら、両の人差し指でバツを作ってみせる。イリーガルな方法で得た物証は、刑事事件には用いられないのであるから当たり前の話ではあったのだが――。
「ただまあ、あたしの一存で声紋鑑定くらいはやってもいいわよ。声の特徴、ほかになんかしらの身体的特徴が見つかれば、あなたたちだって追っかけるのに都合いいでしょう?」
「――あらあら、二勝一敗、次で引き分けですわね」
肩を落とす真澄に、警察もそうそう負けてはいられないんだなぁ、と片倉は悪戯っ子のような屈託のない笑みを返す。
「あと、もののついでにもう一個。ウッカリ警戒されちゃ困るから、今度の件はにおわせでもなんでも、記事にするのはご法度ってことで……」
すかさず報道協定を申し出ると、それまで活気に湧いていたキャップ連は水を差されたように黙ってしまった。
「声紋鑑定と来て、お次は報道協定ときおったか。どうやら二勝二敗でトントン、らしいの。誰かさんの五目並べとおんなじやのぅ」
「田蔵の、そいつは聞き捨てならないなっ」
美由紀の茶化しに、登和子は冗談半分で腕をまくる。勝負が決まったとばかりにそばを手繰る片倉に、キャップたちはすっかり手玉に取られてしまったのだった。