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三、深まる謎 被害者・吉倉和美を狙ったのは……?

【用語解説】

所轄警察署……その地域を受け持つ警察署のこと

 登和子のファインプレーが功を奏し、学校新聞における第一報は七女通信の一人勝ちとなった。

 涼と瞳がつかんだ、取り調べ帰りの第一発見者の談話。そして急な呼び出しに応じて現場に向かったアコこと、大倉敦子の詳細な現場のルポが載った号外は、現場にいた警察官による広報発表をなぞっただけの他紙と、えらく差がついていた。

「『御金神社、雨の中の悲劇 ――鹿鳴館高・新体操部次期主将候補襲わる?』――ちっと臭かないかのう、おリョウさん……」

 部屋のすぐ正面にある掲示板、クラブ内の掲示板に張り出される各校の紙面を前にして、美由紀は肩へブレザーをかけたまま、得意そうな顔の涼へ声をかける。

「こればっかりは、担当者たるうちのデスクの趣味だからねえ、あたしにはどうしようもないのだよ……」

 スタンドへかけてあったスポーツ紙を手にしてブースへ戻ると、一人残された美由紀は、

「しかし悔しいのう、まさかおハンら、第一発見者のほうへ取材に出るとは……」

 と、背後のソファでひとり、碁譜集を片手に石を打っている登和子へ移した。この前真澄に負けたのが悔しかったのか、石を走らす手つきにはひどく力がこもっている。

「――たまたまよ、たまたま。なに、あとの二報でおたくもとり返せばいいじゃないの。抜いて抜かれて……本物の新聞記者だってそうやってるんだからさあ」

 そういって黒の碁石を盤上へ置くと、登和子は一人、ここに置くと死んじゃうのか……とつぶやいた。すると、

「――よく言うよ。ボクがいなかったらその第一報だって抜けなかったくせにさあ」

 ふらりと現れたのは、ファインプレーの功労者、アコこと大倉敦子(おおくらあつこ)だった。湿気がまとわりつくのか、しきりにウルフカットの前髪をなでながら入ってくる敦子へ、美由紀はおや……と声をかける。

「久しぶりじゃのぅアコちゃん。元気やったけ?」

「田蔵の姐さん、どーもご無沙汰で……」

 にこやかな表情を一瞬だけ見せると、敦子は登和子の向かいへ腰を下ろし、鞄をわきへ放り投げた。

「――ご苦労さん。昨日はありがとね」

「――なにが『昨日はありがとね』ですか! おかげでセイロンのおいしいとこ、飲み損ねたんですから……埋め合わせはしてくれないと、コレですよ、コ・レ!」

 両手で鬼のツノのジェスチャーをする敦子に、登和子ははいはい、と軽いあしらいを見せる。

「まあでも、おかげでデスクはゴキゲンだし、しばらくはこのヤマをおっかけとけば、クラブ組も安泰なんじゃないですかね」

「それほど気楽なオンナに見えるか? デスクのやつ……」

「言われてみれば……前言撤回ですね」

 新聞部の部室で後輩や同級生を叱咤鞭撻しているであろうデスクの顔を脳裏に浮かべると、二人は微妙な顔になった。

 そのまましばらく、ソファを挟んで雑談をするかと思われた二人だったが、登和子は敦子にちょっと……と言いたげなアイコンタクトを送り、碁盤と一緒にその場を撤収した。

「――おリョウさん、アコが来ましたよ」

 さきにブースへ戻り、スポーツ新聞をぱらぱらめくっていた涼が、やあ、と声をかける。ちょうど由香と瞳は非番で、今日は登和子との二人きりだったのである。

「お茶でも淹れようか? お湯ならここにあるけれど……」

 涼が机の上に置かれた魔法瓶を指さす。すると敦子は、

「それならおリョウさん、これを……お土産です」

 そういって鞄から出てきたのは、真新しいリプトンのブリキ缶だった。

「相変わらず、アコは紅茶党だねえ。本式にはいかないが、まあ、どうにか淹れてみるとしようかな」

 人数分の紙コップをホルダーへはめ、小さな茶こしへ目分量で茶葉を撒くと、涼は器用に、三杯の赤黒い紅茶を支度してのけた。

「――あいにく、角砂糖は切らしていてね。ストレートでたのむよ」

「わかってますよぉ。だいたい、おリョウさんがコーヒーやお紅茶にお砂糖入れるの、見たことないですもん」

「ハハハ、わかってたか……」

 涼が額を指で打ちながら返すと、敦子はストレートの紅茶を軽くなめ、それで……と、記者クラブへ顔を出した用向きを話しだした。

「現場で箝口令(ダンマリ)出されて書けなかったんですがね。被害者(ガイシャ)の吉倉和美……ちょうどその日の午後から連絡がつかないっていうんで、所轄に捜索願が出てたっていうんですよ」

「鹿鳴館の所轄はたしか……下鴨署か」

 敦子の報告に、登和子は壁に貼った市域の地図へけだるい目線をくれる。

「――太田黒(おおたぐろ)のおっちゃんに聞けば、なんかわかるかなあ」

 馴染の刑事の名前を挙げると、敦子は得意げに鼻を鳴らし、

「――それならとうに、ボクのほうでリサーチ済みですよ。届け出を出したのは新体操部の外部コーチの瀬戸って若いお(あに)ィさんでしてね。なんでも、早退の届け出を出して帰った後、ちゃんと家に帰りついたか親へ電話をしたところで――」

「そんなのは初耳だ、娘はどこにいると……こういう具合かね?」

 紅茶をふきさましながら涼がつぶやくと、敦子はあったりぃ、と満面の笑みで返す。

「あの辺で吉倉って言ったらちょっとした名士。外聞を気にする鹿鳴館からすれば、そこの娘が行方知れずというのは天変地異も同然の騒ぎ。で、雨降る中をどこだどこだと探していたら……」

「――神社の境内で、首を絞められて死にかかっているのが見つかった、というわけか」

「――なんとも、猟奇的な香りがするのぅ」

 それっきり、ブースの中は沈黙にくるまれてしまった。代わりに、紅茶の入ったカップから、勢いよく湯気が天井へあがっているきりである。

「――どうでしょうおリョウさん、ひとつ明日あたり、ホムを連れて現場までいってみてくれませんか」

 沈黙を破った登和子の一言に、涼はおやおや、と驚いてみせる。

「もっぱら私は留守番役と思っていたけれど……違うのかな?」

「なに、体に障るような冒険まではしなくっていいんです。ホムのやつ、ここんとこ出番がない、出番がないって愚痴ってたから、ちょっとばかりウサばらしをさせてやろうと思いましてね……ベテランの出番ですよ、おリョウさん……」

「まったく、人を年寄りみたいに言ってからに……わかったよ、さっそく明日、行って来よう」

 そこまで決まればあとは早かった。ガリ電と別に据え付けてある外線から由香へ連絡が行くと、明日午後四時、西洞院で現場検証という具合に、予定はとんとんとまとまった。

「それじゃあ、ボクはもう出番がないようですから、これにて失敬しますよ。じゃあおリョウさん、お先に……」

 それだけ言うと、敦子はリプトンの缶を置いて、そのまま部屋を出ていった。あとに残った登和子は、涼に電話番を頼み、ふたたび碁盤へ向かい出した。

 といって、登和子が今度の事件のことをまるきり気にしていないかといえば、そんなことはない。ぱちり、ぱちりと走らせる碁石の列と一緒に、登和子の頭で一本ずつ、意識の線が結ばれていく。

 ――いったい、誰が今度のヤマで得をするんだろうねぇ。

 片手で器用にページをすべらせながら、登和子は眉をひくつかせる。

 ――次期主将の座を狙う同級生? それとも、何か気に食わないことがある同級生か、後輩……。まあ、先輩がいないとは限らないけれど……。

「――それとも、男でも出来てたのかな?」

「――おやおや、独り言とは欲求不満の現れでアルかな?」

 人を食ったような言葉に登和子が目線をやると、ちょうど近場のスタンドの前で、刷りたての夕刊紙を読んでいた少女が、紙面を下げて愉快そうな両目を向けているところだった。

「なんだぁセーカイ、いつの間に来てたの」

「歯医者に出かけたキャップと入れ替わり……甘いものの食べ過ぎであるなァ、うちのキャップは」

 セーカイこと、堀川高校新聞の記者・青海(あおみ)のどかは、読みさしを戻してそっと登和子の向かいへ腰を下ろした。ポニーに結った後ろ髪が、一挙一投足につれてヒョイヒョイと軽快に動く。

「いーのかー、こんなとこで油売ってて。おたくのデスク、結構やっかましいじゃないの」

 本を開いたままソファの上に置くと、登和子はのどかに、学校の方にいるやかまし屋のデスクのことを聞いた。しかし、とうののどかはひょうひょうと、

「いーのいーの、ちょうど二日前から風邪こじらせて寝っこんでるから……あんまりよかないけど、うるさいのがいないので天国であるなぁ……」

「よせやい、大ごとじゃないか。うっかりすると肺やるんだぞ、肺を」

 のどかをたしなめると、登和子はもてあそんでいた碁石を器の中へ放り込んだ。セーカイことのどかは、とてもではないが、碁など打ちながら話の出来る相手ではない。

 うっかりするとこちらのペースをすべて奪われてしまいかねない、厄介な相手なのだ……。

「そんなことは百も承知であるよ。――ときにどうしたね、うら若き乙女が碁石を前に独り言とは……男でも出来たのであるかな?」

「そんなガラに見えるかい。ウチはあいにく、おたくと違ってメスばっかなの……」

「ハハ、愚問であったなァ。そうか、ワコは後輩の可愛い女子を手籠めにしておったか……」

「よしてくれよ馬鹿馬鹿しい。なまじあたしは背があるもんで、そういう変な噂が立ちやすいんだ」

「ま、ほんとかどうかはいずれに明らかになるであろうよ……。うちは裏取りのキチンとしたゴシップ紙なんであるからな……ではでは」

 それだけ言い残すと、のどかはふたたびブースへ戻り、あとには登和子だけが残された。

 ――なーにが、裏取りのキチンとしたゴシップ紙だい。ま、あの連中の取材力には、舌巻くけれどねぇ。

 いらだちまぎれに石を叩きつけながら、登和子は堀川高校新聞の日頃の記事の具合を思い起こす。見出しに「!」やら「?」のつかない日がない、新聞スタンドの夕刊紙とさほど変わらないテイストの編集方針でよくお叱りがないものだと、登和子は常々考えていた。

 ――しかし、今度ばかしはなんとなく、そういう手合いの話になりそうな気もするんだな……人のことは言えねえや。

 片手に持った碁譜集を閉じると、登和子は盤を片付けて部屋を出た。そして、ストレス解消にはこれが一番だと感じている、瓶入りコーラを山と抱えて戻って来たのであった――。



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