二、特ダネ舞い込む! 御金神社の殺人未遂
【用語解説】
警察署回り……警察署や交番などを回って事件の情報を集める記者のこと
「えっ、ちょ、ちょっと、本当ですか? で、場所は……ハイ、ハイ、ハイ……わかりました、ありがとうございます」
急いでメモを取ると、由香は予てから教えられていた通りに、他のブースの面々にも聞こえるような声を上げた。
「大変ですッ。高校生が絞殺未遂で、意識不明の重体だそうです!」
張り上げるような由香の声に、他のブースからドヤドヤと太公望が押し寄せる。
「ナナツウの、いったいどっからの情報だい」
猥談に花を咲かせていた千本高校の記者連が由香に出どころを尋ねる。
「さ、警察署回りの先輩からの情報ですッ。下京署へ入電があったのをすぐ知らせてくれたんです」
「それよりおはん、半殺しというたな――相手は? オス? メス?」
美由紀がブレザーへ袖を通しながら尋ねると、由香はつまりながら、め、メス……と返す。
「帆村さん、それでゲンジョウはどちらですの?」
ゆらりと紅茶を飲んでいたらしく、ティーカップを持ったままの真澄が普段の調子で、それでいながら記者の符丁を使いながらさらに問う。
「西洞院の御金神社の境内だそうです――」
「ナナツウの、それでホシは……?」
ハムこと定一が、カメラの支度をしながら息せき切って由香へ迫る。
「そ、そこまではなにも……」
「よォし、そいじゃあまだその辺にいるかもしれねえな。デン、頼んだぞっ」
支度の済んだカメラを同級生の記者・デンこと石田勝へ渡すと、定一はブースへ戻って学校のデスクへ電話を、勝はそのまま往来へと駆け出していくのだった。あとの面々も同じように、司令官たるキャップを残してほかの記者たちが出てゆき、部屋はあっという間にがらんどうになってしまった。その一方、七女通信のブースはまだ誰も現場へ出ず、キャップである登和子を中心に作戦会議が行われていた。
「――おいでなすったねぇ、ワコちゃん」
腕を組んだまま、ソファへ収まる涼に、登和子はええ……と力なくつぶやく。
「どうするんですか、キャップ。みんな出てっちゃいましたよ。おっかけないと……」
一向に動こうとしない登和子と涼を前に、由香と瞳はカメラを支度し、いつでも出られるようにしている。しかし、ベテランの二人はいつまでも指令を出さず、ただぼんやりと直通のガリ電を見ているきりだった。
「キャップ、腹が決まっておるなら、とっとと呼んだらいいんじゃないかね。善は急げというじゃない……」
「なあに、言われなくてもわかってます、よ!」
ガリ電の受話器を押さえ、勢いよく呼び出しのハンドルを回すと、登和子は間髪入れずに声を上げた。
「もしもし……ああ、なんだコマちゃん……どしたの、機嫌いいじゃん……? ハハハ、またカワイコちゃんから艶っぽいのもらったの……隅に置けないね、このォ」
直通をとったらしい同期の生徒と他愛もない会話を交わすと、登和子はちょっとね、と話を区切る。
「急な頼みがあるんだけどさ……ほら、アコのやつ部活は休むって言ってたじゃん。あのティージャンキー、西洞院あたりでセイロンティーの熱いとこを飲んでると思うんだけど、呼び出してこう言ってほしいんだよ。『御金神社で女子高生が殺害未遂。写真はいいから現場の様子を押さえて、中京へ送ってくれ』ってさ……。エ? こっちは何もしないって? んなわけないでしょ、行くとこあんのよ、行くとこ……じゃ、よろしくぅ」
一気呵成に電話を済ませ、受話器を乱暴に置くと、登和子は座っていた事務椅子ごと、くるりと翻る。
「――おリョウさん、ヒトミンつれていったん下京署まで頼みます。西洞院の所轄警察はあそこだから、あの辺の……たぶん松原あたりの交番のお巡りさんが現場に行ってるクチだと思うんです」
「なあるほど、発見者がまだそっちで事情聴取をしているかもしれないと、こう踏んだわけだね? よしよし、行って聞いてみよう。車は使って構わんかね?」
出かける支度を始めた涼が、右の人差し指をクイクイと動かす。すると、登和子は引き出しから、ちょっと長いレシートくらいの用紙を引っ張り、
「ほーら、天下御免の車両伝票! いってきなはれ……」
と、市が経費を持ってくれる、取材用のタクシー券を涼へ手渡した。
「御の字御の字、じゃあトウちゃん、行こうかね……」
決済用のハンコが押された車両伝票を片手に、涼と瞳が悠々たる調子で記者クラブを出ると、あとには登和子と由香だけが残された。
「さあてホム、あとの仕事だがね。まず、アコのやつから連絡が入ると思う。で、お次はおそらくおリョウさんたちだ。入ってくる要点をまとめたら、そいつを簡単な記事にして、デスクへ送ってほしいんだ」
「わ、わかりました! がんばります!」
張り切る由香に、あまり気張らないでよ、と登和子は肩を叩く。
「なに、あとはうまいこと、うちのデスクが情感たっぷりな原稿にして、明日の朝の号外にしてくれるさ……。号外入稿の〆切、まだあるからねえ」
机の上の置時計が、ゆっくりと五時半を指す、そんな頃合いだった。