「えんぴつ」~娘が書いたひらがなで思い出す、僕の心の懐かしきえんぴつ~
「なろうラジオ大賞4」参加作品
―キーワード「えんぴつ」―
「あの一作企画」参加作品
「お父さん、見て! ひらがなを全部書いたんだよお!」
仕事から帰宅すると、玄関に走って迎えに出た小学一年生の娘が、自慢気に学校の宿題を見せてくれた。
「すごいな、全部書けるようになったな」
誉めると娘は満面の笑顔を浮かべた。
柔らかい芯の鉛筆で書いたその文字は、時に曲がり、時に擦れ、所々が消しゴムの跡で真っ黒になっていて、娘の奮闘ぶりがうかがえた。
(懐かしいな)
その並んだ文字を見ていたら、ふとそう思った。
僕が初めて鉛筆を持ったのは、たぶん幼稚園の時だ。姉が学校で使っていたキャラクター鉛筆を削り込んだ、かなり短くなったやつだったと思う。電車が大好きだった僕は、毎日線路と電車を落書き帳の紙面いっぱいに書きなぐっていた。
次に思い出すのは、小学校一年生の時。真新しく長い鉛筆が、これまた新しい筆箱の中にきっちりと勢ぞろいしていた。小学生の時の思い出は、なんといっても漢字の練習だ。学習ノートいっぱいに繰り返し書いて書いて、また書いて。疲れた右手の小指側の掌が、真っ黒になっていたっけ。
……あんなにえんぴつに親しんでいたのに、いつからか僕はえんぴつと別れを告げた。
学生時代の僕は、鉛筆をシャーペンに持ち替えて、大学ノートに細かい文字をびっしりと書き連ねた。
大人になった僕は、キーボードで文字を打つ。パソコンの画面に読みやすい文字列が整然と、無機質に並ぶ。
「ねえ、お父さんもひらがなを書いてみてよ?」
娘が、僕にも宿題をやってほしがった。
「よーし、書いてみるか!」
僕は、Yシャツの袖をまくる。
「はい、お父さん。私のえんぴつ、貸してあげるね」
――――久しぶりに持つ、六角形。
あの頃よりずいぶん大きくなってしまった僕の手を、すっと紙の上に滑らせた。
鉛筆の芯が、紙を擦る。
黒い芯で引いた線が、掌で滲む。
崩れた芯先が、紙の上で粉となって飛び散った。
ああこの感覚、確かに覚えている。ずっと忘れていたな……。
僕の中に眠っていた、何かが動き出す。
「……楽しい、な」
思わず口に出た言葉を耳に留めて、娘はさらに笑顔になった。
「うん、楽しいよ!」
娘の瞳が、嬉しそうに輝いていた。
「そうだな、楽しいよな!」
いつのまにか、娘と同じく瞳を輝かせていた僕は、満面の笑顔を返した。
お読みいただきありがとうございました。
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挿絵は、コロン様が描いてくださいました。
コロン様、あたたかいイラストをどうもありがとうございました。