I 決闘者ーデュエリストー
お昼時。
大都会クリスタルクイーン中心街。
スケキヨ「送ってくれてありがとう」
朴「本当に一人で大丈夫ですか?あなたに何かあったら、しらせさんにこっぴどく叱られるのは私なんですからね」
スケキヨ「だーじょぶ。ここ俺の庭みたいなもんだし」
朴「あまり遅くならないように。早めに連絡をください」
スケキヨ「うーい。じゃな」
スケキヨには目的があった。
細く入り組んだ路地の奥に小さな商店が並んでいた跡がある。
そこはコンクリートの建造物をくり抜いた通路なので天から見られる心配がない。
その中程に公衆便所がある。
スケキヨは慣れた足取りで男便所の中へ消えた。
スケキヨ「懐かしいな」
地下闘技場アナコンダ。
昔は貯蔵庫兼調理場。
現在は違法な賭博場の一つである。
血気盛んな臭え外道共が目と歯を剥き出しにして、そこかしこで決闘を行なっている。
奥の部屋の様子は見えないが、最低六十人は詰めかけているに違いない。
スケキヨ「箱でくれ。二つ」
相手の姿が見えない闇商店で大人買いして目的のブツを手に入れた。
未成年は給付金が大人よりも遥かに少ない為に本来はこのような買い物は出来ないが、彼はギルドに属してリクルートとして働いている。
つまり、安い買い物ってわけ。
スケキヨはブツを大事そうに胸に抱えてバーに移動すると、いつもの、をジョッキで頼む。
マスター「二年振りだな狼少年。もう来ないかと思っていたぜ」
スケキヨ「仕事が忙しくてな」
本当は三人で生活しているため、ここへ来る隙がなかった。
勇気を出して頼んでみると、意外にも朴さんは何の疑いもなく都会まで送ってくれた。
スケキヨ「でも、それも一段落したからまた遊べそうだ」
マスター「いま何の仕事をしているんだ?」
ギルドで働いていると言えば出禁になることは子供でも理解している。
ここは誤魔化すしかない。
スケキヨ「カレーパンを焼く仕事」
マスター「へ、へーそうか。それは忙しそうだな」
スケキヨ「まあな」
マスター「ピーターパンお待たせ」
スケキヨ「これこれ」
マスカット味のこどもビールをグイグイと半分まで飲んで、ドンとテーブルに叩きつけた。
スケキヨ「しみるぜ」
マスター「ところで兄弟はどうした?」
スケキヨ「あん?」
マスター「今は別行動みたいだが、二人の間になんかあったのか?」
スケキヨ「ねーよ。そもそもあいつは兄弟じゃねえ」
マスター「そうだったな。すまん」
スケキヨ「いいさ。それより今からブツを確認するから黙っててくれ」
マスター「ああ、分かった。ほらハサミ使え」
スケキヨ「さんきゅ」
マスター「それとツマミにこれをどうぞ」
スケキヨ「またサラミかよ。俺は犬じゃねーっての」
マスター「そう拗ねるな狼少年。これがうちのオススメなんだ。それにお前、何だかんだ言って好きだろう」
スケキヨ「へへ、まあな」
スケキヨは皿からサラミを取り上げると、葉巻のように口に咥えた。
指をおしぼりで拭い、サラ味を堪能しながらブツの中身を一つ一つあらためていく。
スケキヨ「ち、しけたな」
新しいブツは質が悪いように見えた。
マスターがテーブルを指で叩いて合図する。
スケキヨは耳を寄せた。
マスター「お前らがいない間にバブルが弾けてな」
スケキヨ「バブル?」
マスター「ああ。インフレが加速して、今までのが使い物にならなくなったんだ。それでちょっとした暴動が起きたりなんかして大変だったし、人の数も減っちまったよ」
スケキヨ「何か前より少ないなと思ったぜ。空気も悪いし」
マスター「ほとんど一からやり直しだからな。うんざりする奴もいるさ」
スケキヨ「ルールも変わったのか?」
マスター「安心してくれ。それは変わっちゃいない。一つを除いてな」
スケキヨは貴重な情報を教えてもらうと鼻で笑った。
スケキヨ「面白そうじゃねーか。この見覚えのないやつは、つまりそういうわけか」
マスター「今日は大人しく帰れ。慣れてからじゃないと火傷するぜ」
スケキヨ「逃げるかよ。男ってのは勝った時にしか背中を見せないもんだ。そうだろう」
マスター「ああ。そこまで言うならお前の大きくなった背中を見せてやれ」
スケキヨ「おう」
マスターは一枚のカードをスケキヨに手渡した。
それも誰にも見られないように、大きな手で包み隠して。
スケキヨ「これは?」
マスター「選別だ。受け取れ」
スケキヨ「おいおい、これ。すげーレアもんじゃね?」
マスター「しっ。何も言うな」
スケキヨ「本当にいいのか?」
マスター「ああ。その代わり儲けさせてくれよ」
スケキヨ「へへ、任せとけ」
装備を整えたスケキヨは堂々と一つの台に歩み寄った。
その向こうには待ち疲れて伸びているオークみたいな腹の出た巨大男が座っている。
汚い身なりで口からは涎が垂れている。
ブツにハマってアホになってしまったのは見るに明らかだ。
こいつは初心者からよくカモに間違われて挑まれるが、実際に戦うと手強いことをスケキヨはちゃんと知っている。
今日は、みんな避けるようで向かいの席は空いていた。
そこへあえて腰を落とす。
深く腰掛けた。
スケキヨ「よ、久しぶりだな。ネギのおっさん」
カモに喧嘩を売るとネギで返り討ちにあう。
という噂から付いた異名である。
この闘技場で上位の実力を持つ一人だ。
スケキヨは昔から強者に喧嘩を売るのが好きだった。
狼にとって肉に骨は噛み応えがある方がうまい。
スケキヨ「て、起きろネギのおっさん!」
ネギ「あえ!?なに!?」
ネギは驚いた拍子に椅子から落ちてしまった。
スケキヨ「大丈夫かよ」
ネギ「スケキヨー!おめえ久しぶりだな!元気してたか!」
スケキヨ「元気だよ。それより、さっさと勝負しようぜ」
ネギ「でゅふふ。また泣かされたいのか」
スケキヨ「泣いたことは一度もねーよ」
ネギ「嬉しいなあ。またおめえと勝負できんのかあ」
スケキヨ「ああ、楽しくやろうぜ」
ドラッグ&ドロップ。
正体不明の何者かが夜中に思いついたカードゲームで、それが裏世界の極一部で大流行した。
プレイヤーをブローカーと呼ぶ。
デッキはモンスターが三十枚、ライフが七枚と二つで構成される。
ルールは難しくない。
ブローカーは交互に、デッキから手札が四枚になるようカードを引く。
そして、場にカードを裏向きで二枚揃えて、ドラッグかドロップを宣言してベットする。
ドラッグは左右どちらかを選んでベットする。
ドロップは場にある自分のカードを一枚選んで指定の場所へジャンクして、空いたところへ新しいカードを伏せる。
この場合はベット出来ない。
ベット。
それを宣言した際に、そのカードが裏なら表向きにする。
向かい合うカード同士でしかベットは出来ない。
勝利した場合にカードは表向きのまま場に残る。
敗北した場合は、そのカードをジャンクする。
勝敗はカードに描かれたモンスターのパワーに左右される。
そして新要素に三段階のグレードが用意された。
00<01<10とカードに書かれた条件に合うものに重ねて進化させる。
その時にカードは表向きでなければならない。
裏の場合は表向きにして重ねる。
ベットに敗北した場合は重ねたカード全てをジャンクする。
モンスターは、それぞれに効果を持つものがいる。
基本的に効果のないものがパワーが高い。
最後にライフについて説明する。
ラッキーセブンとも呼ばれ、一から七まで数字があって、それぞれ一枚ずつしかサブデッキに入れられない。
相手のターンに、自分のモンスターがベットに負けてジャンクした時に限り一枚ドローする。
これがゼロになった時、敗北となる。
つまり六枚までしか効果を発揮出来ない。
ネギ「ニチャア。ラッキーセブンだ。相手のモンスターを全てジャンクする」
スケキヨ「そのパワーデッキ変わんねえな。これは痛い反撃だ」
ネギ「ほれ、手札から新しいモンスターを伏せな」
スケキヨ「はいよ」
ネギ「でゅふ、ターンエンド」
スケキヨ「今のはこっちにとってもラッキーだったぜ」
ネギ「あえ?」
スケキヨ「進化だ」
ネギ「ほおー」
スケキヨ「さらに進化」
ネギ「でゅふ。でもこっちにはランク10が左右揃ってるもんね」
スケキヨ「ちっちっちっ」
ネギ「何だその禍々しいカードは!」
スケキヨ「新種族、ジョーカーだよ。ランク10のモンスターをジャンクして場に召喚する特殊モンスター」
ネギ「いやあ!イカサマだ!そんなカード見たことねえ!」
スケキヨ「え!うそマジ!?マスターがくれたんだぞ!」
ネギ「なら……間違いはねえか」
スケキヨ「効果発動。相手の全てのモンスターのランクを最低まで下げて、上に重ねていたカードはジャンク。そんで、ジャンクしたカード一枚につきパワーを千引く。つまり、それぞれ四千だ」
ネギ「ニ千だ。それにしてもやりすぎだ。あんまりだ。またインフレかよ」
スケキヨ「いくぜ、ウルフドラゴンでベットだ!ハウリングワンコール!」
ネギ「その恥ずかしい必殺技もマスターに教わったんか」
スケキヨ「は?恥ずかしくねーし」
ネギ「でゅふふ!恥ずかしそうだお」
スケキヨ「うっせ。とにかく、これで俺の勝ちだ」
ネギ「わっだ。負けを認めるよ。いい勝負だった」
スケキヨ「しゃ!ポテトの無料券ゲット!」
おおーやるな。
俺と勝負しないか。
次は私ね。
俺も予約するわ。
わいわいがやがや。
スケキヨ「へへん。いいぜ、みんなかかってきな!」
夜八時。
スケキヨ「やべえ……しらせさんマジギレだ……また埋められる……」
マスター「どうした?やんちゃ坊主でもさすがに疲れたか。また泊まってくといいぞ、空き部屋はある」
スケキヨ「帰るところあるから。帰りたくないけど」
マスター「いいことだ」
スケキヨ「ああーメッセージが止まんねえよ。音がうるせえ。スタンプだらけじゃん。メンヘラってやつだぜこれ」
マスター「ほら、このメロンを持っていけ」
スケキヨ「でかっ!くれんの!」きらきら
マスター「お詫びだ。ただ、この場所のことは内緒だぞ」
スケキヨ「言わねーよ。昔の恩人に貰ったって言う。じゃあな!」
マスター「……恩人か。光栄だな。クソヒゲバカオヤジからずいぶん偉くなったもんだぜ」
i
こちらへ向かっていたようで、朴さんはすぐに迎えに来てくれた。
そのまま家に帰るのかな、と思いきやトラックは停車。
焼き肉喫茶ヘルシーに立ち寄る。
スケキヨ「しらせさんキレてた?」
朴「ええ」
スケキヨ「マジかー」
朴「あいつは我々のことを仲間だと勘違いしています。あなたのことは特に気に掛けています。アンチでも、体は立派でも、まだ十才の子供ですからね」
スケキヨ「子供扱いすんじゃねーよ」
朴「それは直接、あいつに文句言ってください」
スケキヨ「放っておけよな」
朴「それも直接。しかし、こんな遅くまでどこで遊んでたんですか?」
スケキヨ「え、それは……」
朴「まさか。この前、私が連れて行ったキャバクラに一人で行ったんじゃないでしょうね」
スケキヨ「バカか!ねーよ!そこ、ぼったくられて文句言った朴さんがボコボコにされた所だろう。香水臭いし酒臭いしオバサンばっかだしつまんないし最悪だったぜ」
朴「オバサンとは失礼な。若くて綺麗なお姉ちゃんがたくさんいたのに、ああ瑞々しい若さゆえの無知が惜しい」
スケキヨ「興味ない」
朴「健全だこと。まあよろしい」
スケキヨ「二度と変なところ連れて行くなよ」
朴「いいところなのになあ。それでどこで何を?」
スケキヨ「ま、朴さんならいいか。地下闘技場で遊んでた」
朴「ぶふっ」
スケキヨ「うわ汚ねえ!肉にかかるだろ!」
朴「はあ!?地下闘技場!?」
スケキヨ「しっ。警察にチクられたらマズイ」
朴「そこで喧嘩してたんですか?」
スケキヨ「するか。決闘だよ。これを使ってな」
朴「なにそれ。カードゲーム?」
スケキヨ「そう。勝負に買ったら無料券もらえるんだぜ。昔はこいつで飯食ってた」
朴「違法賭博の匂いがする」
スケキヨ「大人は金を賭けてるからな。よく分かったな。いほーたばこって」
朴「違法賭博ね。スケキヨくんは想像以上の不良で、正直驚いています」
スケキヨ「そうしなきゃ生きていけなかったからな」
朴「あなたの過去に俄然、興味がわいてきました」
スケキヨ「うーん。ま、今度な。気が向いたら話してやるよ」
朴「ありがとうございます」
スケキヨ「カレーも頼んでいい?」
朴「あいつのライフカードをパクってきたんで何でも食べ放題ですよ」
スケキヨ「へへへ、わっる。ドロボウじゃん」
朴「冗談ですよ。飯でも食って帰って来いと渡されたので、こうして贅沢しているわけです」
スケキヨ「よっしゃ。食べまくろうぜ!」
朴「どうぞどうぞ。あいつの貯金がゼロになるまで」