H 愛情パラドクス
しらせは家の隣をだらだら開墾していた。
重機を操るのも畑仕事も始めてのことだが、畑さえ出来ればなんとかなるだろうと楽観的だった。
土砂は丁寧に運んで崖から捨てる。
下には何もないので問題ないだろう。
縁側に腰掛けてアイスを食べながら魔法で動く油圧ショベルの働きを見守る。
しらせ「取り敢えず溝掘って、そこを畑用の土で埋めよ」
画用紙に計画を落書きする。
四歳児相当の高い画力で長いう◯こみたいな茶色線を二本描く。
その隣に見分けの付かないスイカとメロン、それをお花で四角く囲んだ。
しらせ「んしょ、んしょ」
溝を埋めた茶色い土を、さすまたの形によく似たマジカルステッキで掘り返して混ぜ返して、最後に手で畝ぽく整えた。
しらせ「ふう。土まみれになって汗をかくことも、たまには必要だよね」
そこへ買ってきた種をパラパラと蒔いた。
というか散らした。
その一週間後。
しらせ「ほら、何にもない」
朴「能無しですね」
しらせ「逆。脳ある鷹は爪を隠すのよ」
朴「屁理屈言って。なぜネットで調べてちゃんとやらないんですか」
しらせ「植物なんて適当にやっても生えるもんと思ってた」
朴「彼らはエリート。あなたみたいな雑草ではないのですよ」
しらせ「意地悪言わないで教えてよ」
朴「めんど。嫌です」
しらせ「スイカとメロン食べたくないの?」
朴「それはド素人が育てられるもんじゃない。諦めろ」
しらせ「うーん。やっぱ難易度高いか」
朴「もういっそのこと雑草でいいじゃないですか。その辺の草に水をやって満足してください」
スケキヨ「朴さんっ!!」
しらせ「スケキヨもスイカとメロン食べたいよね?」
スケキヨ「食べたいよ。でも朴さんを畑に埋めても何も生えねーぞ」
朴「人の上半身を畑に埋めるとはいい度胸してますね」
しらせ「あっかんべー」
スケキヨ「はは、ババアのぶりっ子キッツ」
朴「スケキヨッ!!」
しらせ「仕方ない。ちょっと調べるか」
朴「しかしどうして突然、このような暴挙を思い付いたのですか?」
しらせ「異世界転生。セカンドライフ。となれば目指せスローライフなわけよ」
朴「…………」
しらせ「実は、お前たちと組む前から計画してた。頑張って稼いで家を建てた。なのに燃えた」
朴「再建して良かったですね」
しらせ「それに、ずっと悪党と怪物と戦ってるし。そもそもスローライフって何するの!」
スケキヨ「ただのバカじゃん」
朴「しっ。またモグラになりますよ」
しらせ「ねえ。スローライフてなに?」
朴「さあ。それよりも気になるのは家が燃えた原因ですね。何か聞いていますか?」
しらせ「窓際に花瓶を置いたのがいけないって。お花が日光浴できるように置いてたの」
朴「硝子と水のダブルレンズによるツインソーラービームでキャンプファイヤーでしたか」
スケキヨ「かっけえ」
しらせ「集まった太陽光が、テーブルの上の花火に火をつけたみたい。それから他の花火にも、燃え移ってドカン」
朴「ははは!そこまでいくとコントですね!」
しらせ「笑い事じゃないよ!」
朴「さ、スケキヨくん。そろそろ帰りましょう」
スケキヨ「うい」
しらせ「お花の種を買いに行くよ。野菜とか果物は諦める」
スケキヨ「行ってらー」
しらせ「お前も行くのよ」
スケキヨ「なんでだよ」
しらせ「みんなで行くの」
朴「お断りします」
しらせ「お前がトラック運転しなきゃ、どうやって町まで下りるのよ」
朴「魔法でどうぞ」
しらせ「やだ。疲れる」
スケキヨ「俺も」
しらせ「行くの!」
スケキヨ「うっぜーだりいー」
軽トラックの荷台に乗って(みなさんは決して真似しないでください逮捕されます)
春と夏の間のような陽気の下、カラッと乾いた風を浴びる(この世界には優しい四季があるよ)
やがて村と極楽町の間にあるホームセンターに到着(読みづらいね)
しらせ「田舎のホームセンターはおっきいなあ」
朴「ちゃっと済ませてください」
スケキヨ「せっかくだから材料買って何か作ろうぜ」
朴「は?」
スケキヨ「なんか作ろう」
朴「これ以上、面倒を増やさないでください」
しらせ「じゃあさ。物置作ってよ。スケキヨの秘密基地も兼ねたやつ」
スケキヨ「秘密基地!?」
朴「言葉巧みに誘導したつもりですか?」
しらせ「てへぺろ♡」
朴「うわあイラつくなあ。バルス」
しらせ「うわー目がー」
スケキヨ「なあなあ秘密基地作ろうぜ」
朴「話に乗らないでください。小屋一つでも素人には作れませんよ」
スケキヨ「やってみなきゃ分かんねえだろ」
朴「走らないで離れないで……ったく。焚きつけてくれましたね」
しらせ「いいじゃん。思い出作りよ」
朴「心底うんざりです」
しらせ「どのお花がいいと思う?」
朴「種ではなく花を植えましょう」
しらせ「一からしなきゃ意味ないないつまんなーい」
朴「ち、適当にブラブラしてきます」
しらせ「ええー」
朴は、しらせから離れてホームセンター入り口に設置されていたベンチに座る。
ソーシャルゲームのログインボーナスを受け取ってデイリーミッションを消化する。
朴「まったく。気持ちの悪い馴れ合いは勘弁してくれ。そもそも、ああいう自分勝手で強引なところが嫌いなんだよ」
さだ子「パグ!」
朴「え?」
さだ子「やっぱり。ひさしぶりだねー」
朴「…………」
さだ子「元気してた?」
朴「どうし、て、あなた、が、ここ、に?」
さだ子「息子の秘密基地を兼ねた物置を、旦那が作るって意気込んじゃってね」
文部「初めまして。わたし東大寺文部です」
朴の脳は粉々になった。
知ってるよ。その名前忘れるもんか。
このミニブタ脂汗薄毛親父モブに想いを寄せていた女性を寝取られたあの日から何度も何度も何度も何度も脳を粉々に……。
さだ子「パグ?どうしたの?」
朴「パグじゃない。パクだ」
さだ子「ふふ、今さら気にしないの。ほら、学たん。パグおじさんにご挨拶して」
学「や」ぷい
さだ子「もー学ったら。ごめんね」
朴「平気。大丈夫」
破壊された脳は平気ではない。
さだ子「パグもお買い物?」
朴「ああ。ちょっと悩んで休憩してた」
さだ子「そっか……あのさ」
朴「なに?」
さだ子「ごめん、文部。学と先に行ってもらえる?」
文部「分かった。じゃ、朴さんまたいつか」
朴「ええ。また」
さだ子が朴の隣へ腰掛ける。
朴は、そっと、少しだけ離れた。
さだ子「パグ。私達ずっと心配してたのよ」
朴「そんな大げさな」
さだ子「茶化さないで。本気なんだから。もし、あなたが思い詰めたらって考えて……私も、かや子も心配だったのよ」
朴「それはご心配おかけしました」
さだ子「どうして。何も言わずにいなくなったの?」
朴「大人が独立するのは当たり前のことだ」
さだ子「何か理由があるんでしょう」
朴「本当にそれだけだよ。それに二人も知っているだろう。俺はずっと……」
さだ子「そうだよね。辛いよね。だからこそ側に……そっか」
朴「まあ、そういうことだから。とにかく元気にしてるから心配しないでくれ」
さだ子「うん。パグがギルドに在籍してて安心した。そのおかげで安否が分かったから」
朴「二人もギルドの仕事を続けているのか?」
さだ子「ううん。かや子も結婚して辞めた。結婚したんだよ。あなたを招待しようか最後まで悩んでたんだから、いつかちゃんと、謝ってあげてね」
朴「ああ、いつか」
さだ子「まさか縁を切るなんて。そんなの、あんまりにも寂しいからさ」
朴「さだ子……!俺は!」
さだ子「行くね。今度は、三人でゆっくりお茶しよう」
朴「……ああ」
去りゆく、さだ子の背中が棚の向こうに消えるまで、朴はギンギンに血走った目で追い続けた。
手元にある液晶画面にはゲームオーバーの文字が点滅している。
しらせ「元カノ?」
朴「盗み聞きなんて趣味も性格も悪いですねえ」
しらせ「話は聞いてないよ。棚の陰に隠れてドキドキしてた」
朴「別に特別な関係ではありません。ただの昔の知り合いです」
しらせ「ふーん」にやにや
それからそれから三日後。
しらせ「これが物置、兼、秘密基地?」
スケキヨ「犬小屋じゃねーか!俺の名前書くんじゃねえ!」
朴「素人にはこれが限界なんです。文句を言わず入ってごらん」
スケキヨ「入るかバーカ。このへたれオタク」
朴「せっかく作ったんだ。オラ入れ」ぐいぐい
スケキヨ「やめろ!離せ!」
しらせ「一回だけ。お願い」
スケキヨ「やだって」
しらせ「一回だけだからー今度お寿司おごるよー」
スケキヨ「ったく、わかったよ。仕方ねーなあ」
朴「うん。ピッタリですね。サイズがあって良かったです」
スケキヨ「良くねーよ。服みたいに言うな」
しらせ「きゃは♡かわいー♡」
スケキヨ「写真撮るな!俺は犬じゃねー!」
朴「しらせさんも、また家が燃えた際はこちらを使ってください」
しらせ「燃やしてたまるか」
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しらせ「開けなさい!」ガンッ
朴「クソが。ドアを蹴るなって何度も繰り返し言いましたよね」
しらせ「鍵あけときなさいよ」
朴「鍵はかけるためにあるんです。で、何?」
しらせ「お花の芽が出たの」うきうき
朴「小学生か。何の報告やねん。帰れウジムシ」
しらせ「ウジムシは酷いでしょ。とにかく見に来てよ」
朴「遠慮しておきます。こほこほ、いま犬アレルギーが酷くてね」
しらせ「スケキヨは?」
朴「天使とオンラインでゲームしてます。最近ほぼ毎日昼夜問わず。あれはもう立派なひきこもりですよ」
しらせ「よし。なおさら外に連れ出すよ」
朴「スケキヨー。お友達が来たわよー」
しらせ「お母さんか」
スケキヨ「いま無理ー」
朴「ですって。それではまた後日」
しらせ「待て待て待て」ガシッ
朴「ドアに指を挟みますよ」
しらせ「その前にドアが取れるよ」
朴「また脅しですか」
しらせ「私のお花の芽を見てもらうまで引かないからね」
朴「花が咲いて呼びに来い」
しらせ「うるせー。まずはスケキヨを引きずり出す」
朴「ちゃんとスリッパはいてください」
しらせ「おーいスケキヨくん」
スケキヨ「なんだ、しらせさんか」
しらせ「何だとは何よ」
スケキヨ「昨日泊まって、さっき家に帰って十分も経ってないぞ。片道五分だろ。家に帰ってないの?」
しらせ「帰ったよ。そしたら花壇でいい事あって魔法使って飛んで帰ってきたの。だから来て」
スケキヨ「無理。今ゲームしてるから」
しらせ「ひきこもりになりたいの?」
スケキヨ「んだよそれ」
しらせ「一日中家でダラダラしたりゲームしてるダメ人間のこと。ぱっくんみたいな」
朴「前世で三年だけです。今は違います」
スケキヨ「うーん。ひきこもりはダサいから嫌だな」
しらせ「でしょ、外出よ。お昼にカレー食べに行こう。ね」
スケキヨ「行く!」
しらせ「よし、いい子」
スケキヨ「ホオズキさん、ちょっと出掛けるからまた後でな」
しらせ「オニバスじゃないの!?」
スケキヨ「え、うん」
朴「先日、天使に悪影響を及ぼしているとギルド経由で苦情の手紙が届きましたよ」
しらせ「四回聞いた。今ので五回目。決して私のせいではない」
朴「やれやれ」
スケキヨ「はやく行こうぜ」
朴「行ってらっしゃい」にこ
スケキヨ「トラックの運転手が来なくてどうすんだよ」
朴「あーそういう。しらせさん、よくもハメてくれましたね」
しらせ「さーて何のことかねー」
五分後。
しらせ「ほら、芽が生え、あ、花が咲いた」
スケキヨ「すっげえ!!」きらきら
しらせ「でしょー」えへん
朴「いや異常でしょう」
しらせ「どこが!」
朴「だってこれ人面花じゃないですか。きも」
しらせ「童顔の親父みたいで可愛い顔してるじゃん」
スケキヨ「喋ったら面白いのに」
しらせ「ははは、それはないない」
中年親父草「こんにちわ」
しらせ「ぎいやあ喋ったあ!!」
スケキヨ「はっはっはっ!すっげ!マジすっげ!おもろ!」
朴「枯れ果てろ」
しらせ「私のおっちゃんに何て酷いこと言うのよ!」
朴「もしかして、この変態親父を育てるつもりですか?」
しらせ「そりゃあ、私の子供みたいなもんだし」
中年親父草「お母さん」
しらせ「お前は喋んな」
朴「しらせさん。あなたは魔界の種でも植えたんですか?」
しらせ「そんなもん植えるか。パンジーを植えたの」
朴「不良品では?」
しらせ「それよりも、魔法を使ったのが原因じゃないかな」
朴「アホか。魔改造しないでください。違法ですよ」
しらせ「そんな決まりねーよバーカ」
朴「とにかく意志を持って人に危害をくわえる前に」
中年親父草「よっこいしょういちくん」ヌポッ
スケキヨ「うわあ!でかっきもっ!体あるじゃん!出てくんな!」
中年親父草「いた、やめて、蹴らないで」
しらせ「こらスケキヨ!親父狩りはやめなさい!」
朴「しかし悪い芽は早く摘むに限ります」
中年親父草「あの。私は生きてはいけないのでしょうか」
朴「はい」
しらせ「まず服を着よう。赤ちゃんゾウさん見たくないし」
朴「でも乳首は成人している」
しらせ「へっへっへっ」
中年親父草「あの。どうすればよいでしょうか」
スケキヨ「服持ってきてやろうか?朴さんの」
朴「ふざけんなガキ」
しらせ「おら脱げ!」
朴「やめてください!子供の前で脱がさないで!」
しらせ「これ着ろ」
中年親父草「ありがとうございます」
しらせ「じゃ、元気でね」にこ
朴「育児放棄するな」
しらせ「うるせーパンツマン」
朴「おら脱げ」
しらせ「いやーえっち!このセクハラ大臣!」
朴「こっちを着ろ。俺の服は……焼却処分する」
しらせ「お前、可愛い美少女をブラキャミとドロワーズのセクシースタイルにして言うことないの?なんとも思わないの?クズなの?」
朴「魔法ですぐ新しい衣装に変身できるでしょう」
しらせ「うん。でもそういう問題じゃないから」
朴「ち、ババアが恥じらうな」
しらせ「んだとコラァ!ババアだっていつまでも綺麗でいたいし乙女の恥じらいもあんだよ!」
朴「パンツは脱がそうとしないで!これ最後の砦だから!」
スケキヨ「みろよ!しらせさんの服、バンって弾けそう」けらけら
しらせ「ああ……さよなら私の衣装……」
魔法中年親父草「お母さん。私を産んでくれてありがとう」
しらせ「え、急に何?」
魔法中年親父草「私はなぜ生まれたのか。生きるとは何なのか。これから人生の答えを探しに旅に出ます」
しらせ「立派になって……」くすん
朴「二度と帰ってくるんじゃないぞ」
スケキヨ「行っちゃった」
しらせ「その先は崖よ!」
すんっ。
スケキヨ「落ちた」
しらせ「お花のおっちゃあーん!!」
朴「産まれたばかりだから危険だと分からなかったんでしょうね。育児は神経質なくらい気を付けなくては」
スケキヨ「帰ってゲームしよ」