G おかん
悪党共と遭遇することは何故か一度もなかった。
遠くから賑やかな声が聞こえてくるので、どこか一箇所に集まって悪巧みでもしているのかも知れない。
潜入して三十分が経った。
朴「迷子では?」
しらせ「仕方ないでしょう。新しい屋敷には入ったことないんだから」
朴「魔法でサーチは出来ないんですか?」
しらせ「できる!」
朴「最初からやれや」
しらせ「忘れてた!」
四十二秒後に母と再会した。
そこは大理石の広い浴場だった。
軽快にラップを刻む歌声が聞こえてきたのだ。
一声かけて、しらせもついでに入浴する。
三十分後。
しらせ「さっぱりしたー。広いお風呂さいこー」
朴「遅」
キャンベル「ぎゅらりゅるぅぅぅぅううあああッ!!!」
朴「ひ」
しらせ「びっくりしたよね。お母さん、興奮すると凶鬼の声が出ちゃうの」
キャンベル「ぱるぱるぅ!!!」
しらせ「私と会えて嬉しさ爆発って感じ?」
朴「クセが強い」
しらせ「長いこと魔界で生活してたから、そこはあまり突っ込まないであげて」
朴「過去エピソードヘビー級チャンピオンじゃないですか」
しらせ「でも乱暴はされなかったし、スパイ教育も受けなかったって。大切に育てられたの」
キャンベル「えらいお世話になったわ」
朴「はんなり」
キャンベル「でも、うちが十七ん時。名も知らぬあの方は突然うちを捨てはった。食事の後、急に眠うなって目が覚めたらこちらやったんよ」
朴「それは辛い思いをされましたね」
キャンベル「るなーん」しょぼん
しらせ「お母さんは魔界を現在でも故郷に思ってるし、凶鬼のことも怖がったりしないのよ」
朴「それは、きっと良いことでしょう」
しらせ「たまには気遣いできるじゃん。私も良いと思う」
キャンベル「ババリバリッシュ!!」
しらせ「は!?彼氏ちゃうわ!」
朴「私は」
しらせ「安月給の使用人よ」
朴「誰がだコラ。神が世界を創造して何年何月何日何曜日にそんな約束をした」
しらせ「いちいち覚えてない」
朴「お母様、改めて自己紹介させてください」
キャンベル「ギャーオ!」
しらせ「結婚の挨拶じゃないっての!ひとの話をちゃんと聞いて!」
朴「こほん、はじめまして。朴と申します。私はリクルートで彼女のビジネスパートナーです」
キャンベル「おもんな」
朴「お?」
キャンベル「二人とも未婚なんやね。結婚しろとまでは言いまへんけど、恋はしたらどない?」
しらせ「この状況で何言い出すの」
キャンベル「夜の八時、まあええ時間やね。ほな行こか」
あっという間にリムジンに乗り込み、正面玄関から外へ出ると警察や取材陣が、あっと息を呑んだ。
リムジンは数人を軽く跳ね飛ばして夜の都会へと羽ばたく。
しらせ「スケキヨ置いてきちゃった」
朴「事件は解決したから大丈夫でしょう」
しらせ「それもそっか。後のことは警察に任せよう」
朴「で、どこへ連れて行かれるのでしょう」
しらせ「知らない。お母さんは心のままに動く人だから。私にも止められない」
朴「バケモノ二匹が暴れたら周りが迷惑なので仕方なくついてきましたけど、嫌な予感しかしません」
しらせ「お母さんのことバケモノって言うな」
リムジンをガードパイプにしっかりめり込ませて駐車する。
それから、お洒落な若者の間を抜けて階段を下りる。
鋼鉄の扉を前にして、開ける前から骨まで痺れるような轟音が伝わってきた。
ここはディスコ、踊り場である。
キャンベル「ふぅ。やっぱし落ち着くなあ」
朴「どこがですか」
キャンベル「ここな。うちの初めてのデートスポットなんや」きゃるん
朴「へー」
キャンベル「なんや、しっかりせんかい。おまはん、こーゆーとこ来るん初めてか?」
朴「こういうの嫌いなんですよ」
三人はとりあえず一杯飲んで気を落ち着かせることにした。
流れてくるシティポップに耳を傾けても朴だけは落ち着かない様子。
朴「絡まれて乱暴されても私は助けられませんからね」
キャンベル「アホいいなさんな。そんなことありますかい」
しらせ「わらしもーえふふふ」
朴「カクテル一杯で潰れないでください。置いて帰りますからね」
キャンベル「この人、えらい意地悪やなあ。しらせ、あんたかあいそうやわ。こんな悪い人とは縁切ってまいなさい」
しらせ「おっけえー」
朴「やった。お母さん公認だ」
キャンベル「ほな二人とも、恋人探しに行っといで」
朴「は?」
キャンベル「恋せな人生なーんも楽しあらへんで」
朴「いまは娯楽が溢れているので十分、楽しいですよ」
キャンベル「おもんな。じぶん童貞やろ」
朴「こいつ……!童貞ではありませんよ」にこっ
キャンベル「ガタガタぬかしてんといっぺん踊ってこい。おら」
朴「蹴るなババア。血が繋がってなくても親子だな」
キャンベル「次ババアぬかしたら娑婆の空気吸えへんようしたるさかいな。ええな?」
朴「胸ぐらを掴んでの脅し文句。涙が出るほど完璧だ」
キャンベル「どないすんのや。行くんか?行かへんのか?」
朴「行かせてください」
キャンベル「よろしい。ほな二人とも、信じられる愛を探すんやで」
しらせ「ふぁーい」ふらふら
その折。
混乱した警察が屋敷に突入して、その後を追ってマスコミが雪崩込み、ダイニングはてんやわんやの大騒ぎになっていた。
料理長「よーし!なくなるまで料理と酒をどんどん運べ!」
こっくいち「盛り上がってるなあ」
こっくに「ひっひっひっ。こりゃ今晩は眠れそうにないねえ」
こっくさん「祭だな」
ダイニングから廊下まで人でいっぱいだ。
彼らをもてなすための山盛りの料理と溢れるほどの酒がテーブルだけでなく、ワゴンや窓際、乗せられるところならどこにでもある。
食べても飲んでも次から次へと運ばれてきて尽きそうにない。
スケキヨ「はい。俺はリクルートのスケキヨっす。しらせさんに調査を任せられました」
刹那、フラッシュがバチバチ瞬く。
スケキヨは思わず目を細めた。
記者「その、しらせさんという方は現在どちらに?」
スケキヨ「さあ?それが電話に出ないんすよ。ウンコでもしてんじゃないっすか?」
記者達が一斉にペンを走らせる。
そのうちの一人が、金のラメペンでキラキラデカデカとウンコの三文字を書き殴った。
記者「ウンコの頻度は?週に何度ほどでしょう」
一つ一つが重要なキーワードに繋がることをベテラン達は知っている。
一見して関係なさそうなことが意外と重要だったりするものだ。
スケキヨ「知るか。お前バカなん?」
記者「便秘気味というわけではないですよね」
スケキヨ「あいつのウンコのことは知らねーての!」
これ以上踏み込めば、生放送を観ている視聴者よりコンプライアンス違反だと抗議が殺到するだろう。
ネットではセクハラに該当すると叩かれてしまうに違いない。
そこで質問を変えることにした。
記者「ところで、しらせさんとスケキヨさんの関係について伺いますが、彼女はリクルートのチームメイトですか?」
スケキヨ「そう」
記者「歳は、上ですか?」
スケキヨ「上。二十なんぼ」
フラッシュが瞬き、ペンの蓋が一つ落ちて転がった。
それは誰かに踏まれて砕けた。
記者「あなたから見て、ズバリ、しらせさんの印象は?どういう人でしょうか?」
スケキヨ「すぐ子供扱いするし、過保護だし、口悪いしすぐ殴るし、埋めようとしたりするしで最悪だけど、一緒に朝までゲームするし、料理のメニューが朴さんより多いし、お菓子とか果物くれるし、優しいところもあるよ。でも特別な日だから、とか言って酒飲んですぐ酔っ払ってダルい絡みしてくるし、調子乗っていっぱい飲んで滝に向かって滝みたいなゲロ吐くから、やっぱちょっとかなり嫌いかな」
誰かが書き間違えたメモを怒りに任せてジョッキの中のビールに押し込んだ。
記者「その朴さん、という方もリクルートのチームメイトですか?」
スケキヨ「うん。歳上で、多分しらせさんよりも上」
記者「その方はどういうお人でしょうか?」
スケキヨ「ビビリのヘタレ。おばさんが好き。オタク。つかザコ」
スケキヨの笑顔はフラッシュに負けないほど眩しい。
誰かが書き間違えたらしく、怒りに任せてメモ帳を噛みちぎって隣の記者に投げたことで喧嘩が始まった。
お茶の間の注目はスケキヨからそちらへ移る。
そこへ。
フリー「何事だ」
老いを感じさせないメイソン家当主が帰宅した。
顔はシワが薄く、髪はしっかり生え、姿勢に曲がったところはない。
スケキヨはすぐに圧倒されてテーブルの陰に逃げ隠れた。
身近にボデーガードを置かないところから過剰なほどの自信を感じる。
フリー「人様の屋敷で何をしている。まさか、それを私に言わせる者はここにおるまい」
スケキヨ「パーティーしてた」
フリー「野良犬が吠えるな」
スケキヨ「犬じゃ……ねっす」
当主に一喝されたスケキヨは涙をたたえる。
と、厨房から料理長が出てきて当主に声を掛けた。
料理長「絶好の機会だ。計画は変更しよう。貴様には懐ではなく、直接、体を痛めてもらう」
フリー「料理長。私はおまえの主だ。目が曇ったか」
料理長「歳だからな。貴様もそうだろう。人を見下してばかりで本質をまるで見ようとしない。いつまでも俺の名前を覚えるどころか知ろうとすらしないのが、その証の一つだ。貴様にとっては、俺はただの使用人に過ぎない。長く近く仕えてもだ」
フリー「金で雇っているだけで家族ではない。覚える必要はあるかね」
料理長「貴様はあまりに人を軽んじている。無償の奉仕などこの世に絶対ありはしないんだ」
記者「それが今回の犯行に至った動機ですか?」
料理長「いいや。これは恨みの一つに過ぎない。いわば前菜だ」
記者「と言いますと?」
料理長「遅くはなったが、今こそキャンベルさんを渡せ。貴様には惜しい人だ。不憫にさえ思う」
フリー「私の家族は誰にも渡さん!!」
記者団のカメラのレンズが次々と弾けて砕けた。
これでは生放送も出来ない。
しかもたった一度、吼えた、それだけでダイニングからほとんどの人が一瞬で消えた。
何人かのしわしわ悪党は昇天した。
スケキヨは御小水を漏らした。
記者「今から話すことはオフレコにします。かつて家出をされた、楪しらせさんも家族に含まれているのでしょうか」
フリー「おまえいい根性しているな」
記者「今し方Yという情報提供者から、彼女があなたの娘さんだというタレコミがありました。答えてください」
フリー「家族だ。その他に答えることはない」
記者「では、続いて料理長さんにお聴きします」
料理長「はい。どうぞ」
記者「いつ頃からキャンベルさんに恋愛感情を抱いていたのでしょう」
料理長「彼女が、あいつに連れられて来たあの日からだ」
主人と料理長は歳が二つしか変わらない。
そして、幼少からの長い付き合いだ。
若い頃の主人は一匹狼のリクルートとして活躍し、料理長はそのマネージャーとして、陰で彼を支えていた。
身の回りの世話をなんでも進んで行っていたという。
そのある日、主人が麗しい少女をどこからか連れ帰ってきた。
主人と彼女は運命の出逢いを果たしように惹かれ合い……。
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朴「ひい……ひい……」
キャンベル「情けないなあ。ひいひい言うて。根性足りてへんのちゃう。アルコール入れて、しゃきっとしなはれ」
朴「余計にダメになるでしょう」
キャンベル「へいバーテンダー。この人にノンアルコール赤マムシ緑スッポン青スピルリナドリンクやって」
朴「なに飲ます気ですか。いよいよ殺すつもりですか」
キャンベル「しらせとの仲は、どこまで進展しとんの?ちゅーした?」
朴「してたまるか」
キャンベル「くふふ。いややわあ、そないムキになって。冗談やないのもー」
朴「バシバシ叩くな。さっきから鬱陶しいんだよ」
キャンベル「あんた誰に向かってそんな口の利き方しよんや?ん?冥土の土産選ばしたるで?やるときはやんで?」
朴「すみませんでした。この得体の知れない濁り水、いただきます」
キャンベル「グイッと一気に飲みんしゃい」
朴「ゔおえっ!!」
キャンベル「くふふ。美味しないやろ。けど元気は出るよ」
朴「ちくしょう……」
キャンベル「しらせーおかえり」
しらせ「ひん……ひん……」
キャンベル「どないした!誰に泣かされたんや!」
しらせ「誰も相手にしてくれない……」
朴「はっはっはっ!いいツマミになります!乾杯!」
しらせ「おら、おら、おら」
朴「乳首ドリルすな」いら
しらせ「どうして……」しょぼん
朴「魔法少女だからでしょう。コスプレした子供なんかロリコン以外相手にしませんよ。あなたが望んで、それ以上は成長しないんですからね。自業自得。おめでとう、ずっと独り身です」
しらせ「うっせー!」
朴「離せ、揺らすな」
しらせ「ガキはお前だろう。口悪いのカッコいいとかいつまでも勘違いしてんなよ時代遅れの陰キャ。マジでキモいんだよ。マジでしね」
朴「一回マジで死にました。あなたのせいで」
しらせ「もう一回、訴える。悪口は、たくさん録音して残してあるから」
朴「それだけは勘弁してください」
キャンベル「やっと楽しなってきたねえ」
朴「楽しないわ」
キャンベル「いっぺん踊って、すっかり仲直りしたらどない?」
しらせ「えー」
朴「やだー」
キャンベル「あの子、スケキヨくんやっけ。あんたら仲悪いまんまやと彼が可哀想やないの。まだ子供なんやろ。あんたらがしっかりせんでどないしますの。引き取って共同生活するんやったら最後までしっかり面倒みなさい」
しらせ「はあい……」
朴「ママにごめんなさいは?」
しらせ「調子乗んな」裸締
朴「ギブギブ」ぱしぱし
しらせ「さ、おいで」
朴「命乞いの一回限りですからね」
甘い髪の香りに誘われて迷い込む。
シティポップは夢幻劇。
思い寄せてフリルを揺らす。
ひび割れた笑顔のマスカレイド。
それでも鼓動は軽快にリズムを刻む。
ステップ、ダンス、ノンストップ。