F 事件だっ!
しらせは滝壺に沈めていた桃を引き上げると、魔法でふわっと、岸壁が剥き出しのベランダへ飛び移った。
しらせ「いいねえ。立派な滝が目の前にある物件」
スケキヨ「でもトンネルだぞ。中ちょっと改造してるけど」
しらせ「露天風呂も気持ちいいし、良かったら家交換しない?」
朴「帰れ」
スケキヨ「だめだ。まだ桃食べてない」
しらせ「そうよ。私のお母さんが送ってくれた、この美味しい桃を食べたくないの?」
朴「なんか苦手なんですよね」
しらせ「あら、もったいない」
スケキヨ「桃食べたらゲームしようぜ。ゴルフで勝負な」
しらせ「受けて立つ!」
朴「しらせさん。ちょっと、ちょっとちょっと」
しらせ「なにー」
朴「テレビみて」
リポーター「現在、犯人グループはメイソン家の御夫人、メイソン・キャンベルさんを人質に取り立て篭っております。なお、メイソン邸に仕えていた警備員や使用人は犯人グループの襲撃を受けて病院へ搬送されました」
しらせ「うそ……お母さん……」
リポーター「ご覧の通り。警察がメイソン邸を囲んでおり、さらにカーテンやブラインドが全て閉じられているために中の様子は確認できません。そしてまた、ギルドから派遣されるリクルートの姿もまだ見えません」
しらせ「ギルドはこの非常時に何やってんのよ」
リポーター「間もなく十三時よりノグソンホテルにてメイソン家当主、メイソン・フリーさんが会見を行う予定です。そちらは始まり次第、あらためて中継致します。現場からは以上です。続いてお昼の星占いをどうぞ」
しらせ「いったい誰の仕業よ!」
朴「犯人はスケキヨじゃないですか」
スケキヨ「なんっでだよ!俺ここにいんだろ!」
朴「昔から犯人はヤスかスケキヨと決まっているのです」
スケキヨ「勝手に決めんな」
しらせ「よかった、お母さん無事みたい。メッセージにスタンプ返ってきた」ほら
朴「ガバガバじゃないですか。犯人も分かるのでは?」
しらせ「知らない人だって」
朴「写真は?」
しらせ「それはバレるから無理って、怒りのスタンプが返ってきた」ほら
朴「呑気だなあ」
しらせ「お母さんは特別な境遇で育ったから。ちょっと変なところがあるのよ」
朴「ふーん」
しらせ「あ、ヤスから電話きた」
朴「きっと身代金の要求ですよ」
しらせ「ねーよ。はい、もしもし」
ヤス「しらせ。あんた今すぐ身代金、六兆円用意できるか?」
しらせ「ヤスが犯人だあー!!」
ヤス「え?あー誤解だよ」
しらせ「誤解?お前が黒幕だろう」
ヤス「そうだろう。払えるわけないよな」
しらせ「スルーされた」
朴「怪しいですね」
ヤス「なら手段は一つだ。あんたらが突入してくれ」
しらせ「それ本気で言ってる?いくらなんでも無茶よ」
ヤス「がんば」
しらせ「ふざけんなー!人の命を何だと思ってんだこのやろー!」
ヤス「僕だって人質に何かあってほしくはない。ただ無茶でも何でも、いま頼れるのは、あんたらなんだよ」
しらせ「そう。こっちは言われなくても行くつもりだったけどね」
ヤス「彼女はあんたの母親だもんな」
しらせ「トラックは走り出した。都会まで出て、とにかく夜を待つよ」
ヤス「なら、ギルドに寄ってくれ。あるだけの情報を全て渡す」
しらせ「了解」
夜。
ヤス「てなわけさ」
しらせ「目新しい情報なんにもないじゃん」
ヤス「お手上げだね」にこっ
しらせ「うっせえわ」
朴「さて、どうしましょうか」
しらせ「はあ……嫌だけど地下水道から攻めよう」
スケキヨ「楽しそう」
朴「それって、どこに出るんですか?」
しらせ「中庭の井戸に繋がってるの。私は昔、屋敷を破壊した後そこから逃亡したのよ」
ヤス「破壊少女。四年前に小説がドラマ化され、最近、映画化も決定した有名なノンフィクション大作。その裏話が聞けて嬉しいなあ」
しらせ「おい誰だよ!私そんなの許可してないよ!」
ヤス「作者はあんたの母親だろう。まさか何も聞いていないのか」
しらせ「聞いてないよ!何やってんの!?」
朴「娘に怒られるのが分かっていて、黙っていたのでは?」
しらせ「印税分けろ!」
ヤス「怒るとこそこかよ。はは、あんたはいつも僕を楽しませてくれるね」
しらせ「お前もう黙ってろ」
スケキヨ「喋ってないで早く行こうぜ」
朴「スケキヨの言う通りです」
しらせ「よし。二人とも行くよ」
人間を含めてゴミだらけの荒んだ公園を貫く川に、地下水道への入口がある。
当然、そこには分厚い鉄格子が備えられていた。
しらせ「ここは任せて」
朴「壊すの得意ですもんね」
しらせ「なんか言った?」
朴「いいえ」
しらせは、さすまたによく似たマジカルステッキを召喚すると、その先に光の刃を作り出した。
スケキヨ「かっけー!ビームジャベリンじゃん!」
しらせ「かっこいいでしょう!さ、突入するよ!」
中は暗い。
明かりなどない。
でも心配ない。
懐中電灯あるじゃない。
スケキヨ「何か変な音聞こえなかった?」
しらせ「え?」
朴「確かに。誰かが何かに川へと引きずり込まれたような音がしました」
スケキヨ「しらせさんが凶鬼にやられたぞ」
朴「地下水道や下水道にワニがいるのは定番ですから。仕方ないですね」
スケキヨ「逃げんな」がしっ
川の幅は三メートル。
その深さは八百メートルくらいあるのだろうか。
魔法少女と巨大なスクリューが特徴的なボートの凶鬼が水中戦を繰り広げる。
その激しさは立っていられないほどの振動から伝わる。
それは程近いメイソン邸の屋敷にも……。
戦闘員上「何だこの揺れは」
戦闘員下「さて何でしょう」
戦闘員上「こちらリビング。ベッドルーム応答せよ」
戦闘員中「こちらベッドルーム。どうぞ」
戦闘員上「メイソン夫人はエクササイズを行なっていないか?」
戦闘員中「いや。入浴前のヨガをされている」
戦闘員上「了解」
戦闘員下「異常なしですね」
戦闘員上「そのようだ」
一方で地下水道。
スケキヨ「大丈夫か?」
しらせ「無駄に疲れたしビチョ濡れよ。あいつ、ずっとここに潜んでたのかな」
朴「妙なことがあるものですね。とにかく、ご苦労様でした」
しらせ「スケキヨ。こいつ逃げようとした?」
スケキヨ「した」
しらせ「だっさーい♡ビビリのよわむし♡」
朴「ふん、臆病者こそが最後まで生き残るんですよ」
しらせ「言い訳かっこわるいですよ?」くすくす
スケキヨ「イチャイチャしてる場合か」
朴「してねえよ。ぶっ飛ばすぞガキ」
しらせ「照れてるーかーわいー♡」
中庭は屋敷に囲まれているものの、かなりの広さがあった。
あれくらい広い。
悪党は何故か一人もいない。
それが逆に不気味で、より一層、警戒して屋敷へ潜入する。
スケキヨ「わくわくするな」
しらせ「呆れた。ゲームじゃないのよ」
スケキヨ「分かってる。それよりカレーの匂いしない?」
朴「人数が多いので、夕食がまだの方がいらっしゃるのでしょう」
しらせ「よし。スケキヨ行って確認しておいで」
スケキヨ「マジで言ってる?」
しらせ「調査任務よ。スパイウルフくん、君に任せた」
スケキヨ「しゃ!行ってくるぜ!」たたっ
朴「無敵とは言え、十才の子供を囮にしましたね」
しらせ「おほほ、何のことかしら」
スケキヨと別れ、本腰を入れて捜索を開始する。
f
スケキヨは巧みに身を隠しながら匂いを辿り、たったの一度も見つかることなく高級レストランに劣らない調理場へ迷いなく到着した。
料理長「坊主。どこから入ってきた」
身長ニメートルを超える最年長料理長が背後からスケキヨの顔を覗き込む。
逃げようとしたが、いつの間にかガッシリと肩を掴まれ逃げられない。
老体からは想像できない驚異的なパワーだ。
そこへ他のコック達がゾロゾロと集まってくる。
コックいち「これはこれはネズミが紛れ込むとは」
コックに「いんや、こいつぁ犬さ」
スケキヨ「ちげーよバーカ」
コックに「そうだ。料理して食っちまおう」
スケキヨ「な?!」
コックさん「まさか生きて帰れると思ったのかい」
スケキヨ「言っておくが俺は無敵だぜ」
コックいち「ははは。どれ試してみるか」
コックがアイスピックを持ってスケキヨに迫る。
無敵と分かっていても殺意を感じるのは恐怖でしかない。
スケキヨが悲鳴を上げそうになったその時。
コックさん「なーんてな」
スケキヨ「は?」
コックいち「サプラーイズ」
コックに「ひひ、俺たちゃ雇われの料理人さ」
コックさん「悪党の飯作りの為に監禁されているんだよ」
スケキヨ「ビビらせんじゃねえよ!ビビってないけどな!」
料理長「飯は食ったのか?」
スケキヨ「まだ。カレー残ってる?」
料理長「よし来い」
と言いながら料理長はスケキヨを肩に担いでダイニングルームへと運ぶ。
筋力がヤバすぎて、さすがのスケキヨも抵抗できない。
豪奢な扉が開かれると、テレビでしか見たことのない大理石の超長机が目に飛び込んできた。
そこにはカレーとナンが溢れんばかりに置かれていて、身なりも食べ方も汚いヨボヨボの悪党達が多勢、並んで食事していた。
ナンでドロドロのカレーを包んで素手で貪っている様は、さながら野獣のよう。
ゴロツキ「あんだ、そのガキ。つまみ出せ」
料理長「おい」
コックに「あいよ。アチアチタンドリーチキンね」
ゴロツキ「やればできるじゃねえか」
チンピラ「坊主こっち来いよ。げへへ、おじさん達がもてなしてやるぜ」
ドッと馬鹿にするような笑いが一斉に上がる。
スケキヨは我慢の限界だった。
ヒョロガリチンピラはフラフラとスケキヨに寄ってきてガンを飛ばす。
肩に担がれたままのスケキヨは、ただ睨み返した。
チンピラ「サプラーイズ」
スケキヨ「は?」
ゴロツキ「ご飯はみんなで食べた方が美味しいもんね」
ドッと賛同するように笑いが起こった。
手を叩き腹を叩く者までいる。
料理長はコックさんが運んできた純銀の椅子にスケキヨをちょこんと座らせると、その前にコックいちがカレーとナンを用意した。
チンピラ「おいおいおい待てや。まさかタダで飯が食えるとは思っちゃいねえよなあ」
スケキヨ「んだよ。カツアゲするつもりか」
警戒するスケキヨの前へ、揚げたてほかほか巨大メンチカツがワゴンに乗せて運ばれてきた。
ゴロツキ「ぐへへ、コックさん楽しそうだな。なあ俺にも一発やらせてくれよ」
ゴロツキはいやらしい笑みを浮かべてコックさんと肩を組むとヘラヘラ笑いながら包丁を奪い取った。
そしてスケキヨに向かってメンチを切る。
ゴロツキ「どうした食いなよ。俺が切ったメンチカツはまさか食えないってのか」
スケキヨ「いただきます」
ゴロツキ「待ちな」
スケキヨ「うざっ。次は何?」
ゴロツキ「これじゃあ、みんなも物足りねーよなあ?」
ブーイングが沸く。
それはコック達に向けられたものだった。
料理長「仕方ない。出してやれ」
コックいち「分かりました」
間もなく、スケキヨの前にあるものが運ばれてきた。
それはドス黒く粘性をもった香りの強い液体だった。
ゴロツキ「男ならソースかけなきゃ」
スケキヨ「ありがとう」
さあ、楽しいディナータイムが始まる。
スケキヨの胸は期待に膨らみ腹は空いた。
純金の匙でナンの上にカレーを乗せ、そこへソースカツを重ねる。
あむ、包んで一口。
瞬間、ピリッとした刺激が弾けて思わず顔をしかめた。
すると、スケキヨを孫のように可愛く思ったシワシワの悪党の一人がからかうように口笛を吹いて、それから優しい笑いが続いた。
無理して食べなくて良いぞ、という優しい言葉といっしょに入れ歯も投げかけられた。
スケキヨは恥ずかしくなって俯く。
そこへ誰かがミルクを運んできてくれた。
小さな樽に入った常温のミルクを両手で持って、グイグイと一気飲みする。
すると大盛り上がり。
ダイニングは歓喜の声で満たされた。