C 冷徹天使
オニユリ「こんにちわ。家、直ったのね」
しらせ「ま、良縁があってね」
オニユリ「また、くすねたりしてない?」
しらせ「やだ、ちょっと、そんなことする訳ないじゃーん。というか、誰から、くすねるってのよ」
オニユリ「これまでも悪党から金品財宝を奪っていたじゃない。それが悪の社会で回るからといって横取りしていい理由にはならないのよ」
しらせ「分かってますー」
オニユリ「強盗」じー
しらせ「どなた?記憶にございませんね」
オニユリ「そんな事してたら人間に生まれ変われないよ?」
しらせ「またまた大げさなんだからー」
オニユリ「それに私が見逃せない」にこ
しらせ「こわいこわい、落ち着いて。その羽はナイナイしましょ」
朴「あ、お久しぶりです。玄関前で井戸端会議とは今日もババ臭いですね」
しらせ「け、うるへえ」
オニユリ「こんにちわ。ドロボウ仲間」
朴「ははは、ご冗談を。私はリクルートですよ。悪事なんて働きません」
オニユリ「神は全てお見通し」
朴「またまたご冗談をー」
オニユリ「いま罰を与えようか?」
朴「遠慮しておきます」
しらせ「何しに来たのよ」
朴「醤油を返しに来ました」
しらせ「ちょ、何したら半分も使うのよ!」
朴「チャーシューを作りました」にこ
しらせ「醤油くらい買いに行きなさい!」
朴「ええ、近く」
オニユリ「ドロボウは許さないよ。見てるからね」
朴「ちゃんと買いますって。天使なのに恐いなあ。それでは失礼しまーす」
しらせ「ヘタレめ逃げたな」
オニユリ「今日は警告も含めて来たのよ」ぎろり
しらせ「はいはーい。それじゃ、さっそくお菓子作りを始めましょう」
オニユリ「ケーキ食べたい」
しらせ「じゃ、チーズケーキでも作りましょうか」
オニユリ「やった!」
彼女は二年前、三人でチームを組んでから間もない頃に出会った。
というより、ほぼ襲撃にあった。
その日は月のない夜だった。
違法カジノを襲い、支配人と幾らかの客を締め上げて、警察の到着を待つ間に慰謝料をちょっとだけ貰っていたところへ突然に現れたのだ。
ビルの天井を綺麗に貫いて舞い降りた三人の天使は、月のない夜でも月光を浴びて繊細に輝いている。
よく見ると、その光は頭の上に浮かぶ光輪が照らすもので、光を繊細に反射して散らしていたのは背中に生えた白い羽だった。
彼女達は紛れもない天使であった。
オニユリ「ひゃだ!やめて気持ち悪い!」
しらせ「もー気持ち悪いなんて傷付くなあ」
オニユリ「また、いやらしいことする気でしょう!嫌い嫌い大嫌い!!」
しらせ「しないって。ちょっと指が触れただけじゃん。大嫌いなんて言わないでよー悲しいよーえーん」
オニユリ「君……信用できない」じとー
しらせ「じゃ、ケーキ作りやめる?」
オニユリ「やめない」
彼女はオニユリ。
冷徹な天使。
そして、火と水の魔法を行使する魔法少女でもある。
三人の天使をまとめて相手にするのは目に見えて無理お断りだったので、しらせは一人ずつ勝負することを恐る恐る提案した。
そのお願いはすんなり通って、初めに相手になったのが彼女である。
天使の力で謎の異空間へと飛ばされ、二人きりになり、合図もなく殺し合いは始まった。
彼女は冷徹だった。
しらせ「オニユリってば容赦ないよね」
オニユリ「何のこと」
しらせ「命令を遵守するのは偉いけどさ。仕事するか待機してるか二択の人生なんてつまらないと思わない?」
オニユリ「私に人生はない。命じられるままに動くだけ。君たちをころす為に創造された」
しらせ「でも……」
オニユリ「そう、でも。君が私の心を破壊した」
しらせ「言い方……」
オニユリ「脳が粉々になったようだった」
しらせ「ちょっと!エロマンガみたいに言わないでよ!」
オニユリ「私は変わった。だから自律してここへ来た」
しらせ「と言うより、もっと単純な動機。甘いものが食べたかったからでしょ」
オニユリ「うん!スイーツだいすき!」
火と水の特性を活かした攻撃は小さな脳を酷使させられた。
しらせは賢くないので何百回と殺された。
出力も段違いで、しらせの魔法はオニユリの魔法を相殺しても上回ることは出来なかった。
神様からのレンタルと、神様からのギフトには決定的な差があったのだ。
やがて、しらせはピコンと閃いた。
パワーで勝てないのならインテリで勝てば良い。
賢くない頭に浮かんだのはメスガキという設定がくれた、分からせ、という変態嗜好だった。
それは短く説明すると、暴力で相手を懐柔するという外道の手段である。
主として、メスガキに罵られたおじさんが逆上した場合に言葉や腕力をもって行使される。
それが決して許されざる行為であることは言うまでもない。
ちゅ……ぺろ……んぱっ。
オニユリは全身から力が抜けたようで、柔らかい動作で徐に尻をついた。
焦点は定まらず、口は半開きで蜜を垂らし、頬は紅潮している。
全身に電流が迸って終ぞなかった快感を覚えた。
それはキスという行為を理解していた過ちになろうか。
オニユリ「ひどい……汚された……天使なのに……」
彼女は涙をポロポロとこぼして幼女のように、しおらしくなってしまった。
これは神すらも予測できなかった奇跡。
オニユリ「ひどい……ひどいよう……」
二人が元の場所へ転移すると、後片付けにきていた警察が物音に気付いてこちらを振り返った。
が、直ちに黙々と作業を再開した。
オニユリの啜り泣く声が気まずい空気を作る。
これは居た堪れない。
しらせは肩を組んで彼女を立ち上がらせるとビルを後にした。
不安定に空を飛んで大都会を離れ、極楽町のスイーツ食べ放題店へと場所を移す。
しらせ「ごめんね。強引だったよね。それにやり過ぎちゃった」
オニユリ「私は純潔でいなきゃいけないのに。どうしよう」
しらせ「それは大げさよ。汚されてない……て説得力ないか」
オニユリ「このままじゃ赤ちゃん産まれちゃうっ!!」
店内に響き渡る彼女の悲痛な叫び。
女性客が多いことが不幸中の幸いか。
それでも一瞬の沈黙のあと、ヒソヒソクスクス聞こえる声に耳が痛い。
しらせは彼女を落ち着かせようと優しく宥める。
しらせ「大丈夫。赤ちゃんはできないから。キスなんかじゃありえないって」
オニユリ「くすん……しくしく……」
しらせ「ほら。ケーキ食べて落ち着いて。お詫びにご馳走するよ」
オニユリ「ケーキ?」
しらせ「知らないの!?」
オニユリ「天使は食事を必要としない」
しらせ「どういう設定よそれ。お前も中々の変わり者ね」
オニユリ「あむ」
しらせ「食べるんかーい」
オニユリ「ん……んく」
しらせ「食べ方えっろ」
オニユリ「おいしい」
しらせ「笑えるじゃん。美味しいね。よかったね。いっぱい食べようね」
オニユリ「うん」
こうして。
しらせは豊富なスイーツで天使を分からせてやったのだった。
それは今日も。
しらせ「ふふふ、チーズケーキは美味しいですか?」
オニユリ「ふふ、おいしいです」
しらせ「自分で作ったのは、また格別でしょ」
オニユリ「それはよく分からない」
しらせ「ああ、そう」
スケキヨ「これマジうまい。朴さんのチャーシューの百倍うまい」
朴「チャーシューとケーキを比べないでください」
しらせ「いや、おまえらアリか。ケーキ食べに集ってくるんじゃないよ」
朴「ケチくさいこと言わないでください。私達ドロボウ仲間じゃないですか」
オニユリ「罰を与える」ガタッ
朴「おっとこれじゃ物足りないなあ。よし、スケキヨくん。一緒にお菓子を買いに行こうじゃないか」
スケキヨ「え?え何で?俺まだ食ってるけど」
朴「それではオニユリさん。また後で」
オニユリ「うん」
スケキヨ「俺のラップして置いとけよ」
しらせ「うん」
オニユリ「おかし買ってくるって!」
しらせ「わー楽しみー」
c
オニユリは充実していた。
スイーツ食べ放題店から天界へ。
天使の待機する離宮へふわふわと舞い戻った。
豪華ではあるが落ち着いた内装に、一通りの家具が揃ってはいるが、ソファを除いてそれらは一度も使用されず飾り同然になっている。
二人の天使はいつもと変わらず、ソファに腰掛け、ただジッと待機していた。
ホオズキ「任務は?」
唯一、唇だけを動かして機械的に問う。
オニユリは初めて、吸い込まれるようにベッドに身を投げた。
解放感に浮かれてまだ体がふわふわして落ち着かない。
この感覚はどうしたら収まるのだろう。
と、ぼんやり考えているところへ、ホオズキからもう一度同じ問いが飛んできた。
オニユリ「失敗した」
ホオズキ「失敗?」
ホオズキが立ち上がる。
怒りは見えない。
圧も受けない。
まるで空気のようで存在すら危うく感じる。
オニユリは身に受けた新鮮な感覚に少し驚く。
今日は立て続けに様々な感情が押し寄せてくる。
これも初めて、睡魔を抱いた。
ベッドが柔らかくて気持ちいいなあ。
こんなに凄いものがあったんだあ。
わあ。
ホオズキ「なぜ失敗したの?」
オニユリ「言いたくない」
ホオズキ「神に何と弁解する」
まぶたが重い。
思考が鈍る。
体は溶けそう。
呼吸が遅い。
スイーツの山が見える。
チョコレートファウンテンもある。
意識が飛んだ?
つい返事が遅れる。
オニユリ「神にも言えないことはあるの」
ホオズキ「天使の務めを忘れたの」
オニユリ「忘れてはいない。でも……」
ホオズキ「でも?」
オニユリ「すや……」
ホオズキ「すや?」
オニユリ「すぅ……すぅ……」
ホオズキ「え?寝た?」
ホオズキはこの時に初めて驚きを覚えたという。