A クズキャン
山間の村を見下ろす崖に小屋敷が建っている。
そこから林道に入った突き当たりにトンネルがあって、現在はリノベーションされて家になっている。
その入り口はコンクリで塞がれているが、鉄製のドアを備えている。
インターホンは押さず、楪しらせはドアに一発蹴りをかましてやった。
しらせ「開けなさい!時間よ!」
楪しらせ、設定上は十四才の魔法少女。
ちんまい女の子だけど実年齢は。
朴「うるさいですねえ。メスガキは一般常識も知らないのですか」
朴さん、年齢不詳。
羊の半獣人(ケモ)のスラっとした眼鏡男。
ふわっとしたパンチパーマがチャームポイント。
しらせ「スケキヨは?」
朴「うんこ。それより約束の時間までまだ五分ありますけど?」
しらせ「いいでしょそれくらい」
朴「わがままなんだから」
しらせ「なにー!?」
朴「うるさい」
しらせ「うるさくない!」
朴「はあ……崖から落としたい」
しらせ「どうせ口だけでしょ?ざーこ♡」
スケキヨ「あれ?あいつの声がしたけど」
スケキヨ、十才
狼の半獣人、成長が早く見た目は青年のイケメン少年。
流したマッシュヘアに生えた狼の耳
そして、ふわっとした尾がチャームポイント。
朴「あいつなら崖から投げ捨てました」
スケキヨ「は?またケンカ?なにやってんの」
しらせ「スケキヨ!お前、うんこ長い!」
スケキヨ「仕方ねーだろ」
朴「お早いお帰りでしたね」
しらせ「うるさい、この人ごろし」
朴「魔法少女だから空飛べますでしょう」
しらせ「飛べるけど……そういう問題じゃない!」
朴「忘れ物は?」
しらせ「取ってきた。ほら」
朴「タオルあるのにハンカチ一つで……」やれやれ
しらせ「女の子には必須なの。あ、童貞くんには分かんないかー」くすくす
朴「スケキヨくん。二人で行きましょう」
しらせ「逃がさないから」
スケキヨ「こわ」
森奥の川沿い。
音楽をかけて解放感たっぷりバーベキュー。
しらせ「はあーあ。まさかアンチ二人とキャンプすることになるとは、何の因果かねえ」やれやれ
スケキヨ「誘ったのお前じゃん。バカなの」
しらせ「バカって言う方がバカなのよ」
スケキヨ「しらね」
しらせ「このガキんちょはー」
朴「悪口はネットだけにしてください。雰囲気ぶち壊しですよ。せっかく嫌々参加したのに」
しらせ「嫌なら帰れ」
朴「あ、お肉取ってくれなくて結構です。汚いし」
しらせ「汚くありません。取り分けるのは癖。文句言わず食べなさい」
朴「これ羊の肉ですよね。嫌がらせがサイコパス過ぎませんか」
しらせ「安かったの」
スケキヨ「あれ焼けてる?」
しらせ「どれ?」
スケキヨ「あれだよ。あれ、煙上がってる」
しらせ「んー?」
朴「あの方角は……」
スケキヨ「しらせさんの家じゃね?」
しらせ「ゔえあー!!」ガタッ
数十分後。
しらせ「うぅ……ひぐ……」
朴「どうでした?」
スケキヨ「すっげえ!!ドカーン!!て、めっちゃ派手に爆発した!!」きらきら
しらせ「喜ぶんじゃないよ……私の屋敷が燃えてたのよ……」
朴「あなたもう大人、いえおばさんでしょう。どうして火の消し忘れとか確認しなかったんですか間抜けなんですか危うく山火事ですよ」
しらせ「おばさんじゃねーし……」
朴「ま、ギャグ小説だし明日には戻るでしょう」
しらせ「意味分かんないこと言わないで……現実は厳しいのよ……」
スケキヨ「でも魔法少女じゃん。魔法で何とかなんだろ」
しらせ「万能じゃないから……私テントで休むね……」とぼとぼ
スケキヨ「あーあ。つまんねーの」
朴「元気がないと張り合いがありませんからね。最近、とあるSNSアカウントが炎上して潰れましてね。楽しみが無くなってほんと残念でした。今その気持ちを思い出しましたよ」
スケキヨ「何言ってんのか分かんねーけど、お前がクズなんは分かる」
朴「クズじゃないです。ただのアンチですよ」にこっ
一時間後。
スケキヨ「飯持ってきたぞ。焼き肉丼だぜ」
しらせ「いらない」
スケキヨ「食えよ。ウジウジされっとイライラすんだよ」
しらせ「人の気持ちも知らないで!」
スケキヨ「前世でブイチューバーやってた時もそうだよな。みんなに叩かれてすぐ泣いてた」
しらせ「お前もその犯人の一人でしょーが」
スケキヨ「まあ、そうだけど。そんなん今は別にどーでもいいじゃんか」
しらせ「よくないよ!」
スケキヨ「もういい帰る」
しらせ「待ちなさい!」
スケキヨ「んだよ」
しらせ「荷物忘れたかも」
スケキヨ「は?今気付いたん?」
しらせ「おまえは気付かなかった?」
スケキヨ「うん」
しらせ「しらせさん、クーラーボックスしか持ってないなーて」
スケキヨ「うん。そこまで、お前のこと見てねーし」
しらせ「お前ほんと、バカ素直ね」
スケキヨ「あ!バカって言う方がバカなんだぜ!自分で言ったくせに!バーカ!」
しらせ「こいつー!」
スケキヨ「しし、やっべ!しらせさんキレた!」
朴「落ち着きないですねえ。情緒不安定なんですか?」
しらせ「当たり前でしょ!ぜんぶ燃えたのよ!」
朴「走り回らないでください。砂が付きますから」
しらせ「私の荷物知らない?」
朴「クーラーボックスならそこにあるじゃないですか」
しらせ「リュックサックのこと」
朴「あなたの荷物は初めからクーラーボックスだけでしたよ」
しらせ「教えてよ!」
朴「いや、家近いし必要ないのかなって」
しらせ「ある!キャンプなのよ!テントにお泊まりするのに!」
朴「うん、そうですね」
しらせ「ううにゃあああああ!!!!!」
朴「泣き崩れるとは」
スケキヨ「うわ、キッツ」
朴「キツくても見なさい。忘れないでおきなさい。これが全てを失った人の姿です」
スケキヨ「おもしれえ」
朴「同感です!ふふっ」
スケキヨ「はっはっはっはっ!!」
朴「スケキヨッ!」
しらせ「次、お前の番ね」にこ
朴「何も魔法を行使してまで、スケキヨを逆さにして上半身を川に沈めなくても」
しらせ「ちゃんと呼吸できるようにしてあるから大丈夫。専門家の指導のもと特別な訓練を行った者が安全に十分配慮して魔法を行使しております」
朴「適当なこと言って」
スケキヨ「何すんだよてめー!マジでころすぞ!」ぶるる
しらせ「ざーこ♡口だけのくせに♡」
スケキヨ「うるせえ!クソババア!」
しらせ「クソババアはやめてー!」泣
朴「こだまが響くからあんまり大声出さないでください」
しらせ「さっきから何やってんの」
朴「え?ゴミ埋めるための穴掘ってます」
しらせ「ちゃんと持って帰りなさい!」
すっかり日も暮れてきた夕方。
しらせ「そろそろ夜ごはんの準備しようね」
スケキヨ「夜ごはん何?」
しらせ「スケキヨの好きなカレーよ」
スケキヨ「やった!早く作ろうぜ!」
朴「家燃えたのによく川遊びできますね」
しらせ「思い出させないでよ!」泣
朴「下準備はしておきましたよ」
しらせ「あんがと。クズもやる時はやるのね」くすん
朴「私は元々マジメでマトモです。それと、あなたみたいな底辺にはなりたくないので」
しらせ「こっちの台詞よ。ばーか」
朴「やれやれ。スケキヨくん、後は任せて大丈夫ですね」
スケキヨ「おう。任せとけ」
しらせ「あら。料理覚えたの?」
スケキヨ「カレーなら作れる」
しらせ「あとは野菜を煮込んでルー入れるだけだもんね」
スケキヨ「いいや。玉ねぎの微塵切りにニンニクと生姜を加えてフライパンで炒めて、それからスパイスを加えてルーを作る。クミンどこ?」
朴「そこ、下」
しらせ「すんごく本格的!」びっくり
朴「私、前世でインド人とバングラデシュ人に挟まれて働いてた記憶が薄らあるんですよね」
しらせ「その何とか人がもう分かんない」
朴「神様も勝手ですよね。ひとの記憶を都合よく消すなんて」
しらせ「でも言葉とか常識は残ってるし不思議なもんね」
朴「え?うそ、知らないんですか?」
しらせ「その顔と言い方っ!」
朴「記憶する場所は複数あるんですよ」
しらせ「へえーそうなの」
朴「だから、正しくは思い出をぜんぶ消されたことになりますね」
しらせ「私の前世の家族はどんな人達だったのかなあ」
朴「ここでは酷かったようですね」
しらせ「話してなかったっけ?」
朴「あなたに興味も関心もないので」
しらせ「聞きなさい!」
朴「えー」
しらせ「私は建築界を牛耳る貴族、あのメイソン家の夫人に拾われたの。前世のこと、神様とのやりとりを思い出したのは十才の時だったかな」
彼女は、幼くして親族間貴族間の権力闘争に巻き込まれ兄姉に虐められ義父から冷たく扱われ、とうとう十六になる前に家出したのだと語った。
しらせ「聞いてる?」
朴「あとあと面倒なので頑張って起きてます」
しらせ「あっそ」ぷい
朴「家出してからどうしたんですか?」
しらせ「追われる身になったよ」
朴「おもしろい」
しらせ「んー?」ほっぺつねー
朴「なぜ追われる身に?」
しらせ「家出する前にお母さんの部屋を残して、屋敷をほぼ破壊してやったから!」
朴「それ胸張ってドヤ顔で言うことじゃないですよ」
しらせ「そんでね。持ち出した宝石や貴金属をごっそり売って、今の家を建てて生活してたの」
朴「ひどい娘だ」
しらせ「そんなある日のこと。私は魔法少女だし、良いことしようと思い立って、ギルドでリクルート登録して、あるパーティーに参加したの」
しかしそれは、シジミエキスみたいに女の悪いところを煮詰めた最悪のギスギスパーティーだったと言う。
しらせ「で、その後お前らに見つかって今に至るわけよ」
朴「いやあ、まるで口裂け女に出会ったようなショックでしたね。まさか死ぬほど嫌いなブイチューバーが目の前に、しかも現実に現れるとは身の毛がよだつ恐怖体験です」
しらせ「そこまで言うならパーティーに誘わないでよ!まさか二人揃って私のこと大嫌いなアンチとは思わなかったわ!私ただのバカじゃない!」
朴「そうでしょう」
しらせ「ちがわいっ!」
朴「誘ったのは仕方なく。いわゆる利害の一致ですね。じゃなきゃ大嫌いな動画配信者なんかとは組みません」
しらせ「あっそ。その動画配信者、ブイチューバーのこともふわっとしか思い出せないや。でも、確か動画配信中に私は死んじゃったのよねー」
朴「クソがっ!死ぬと分かっていればマンションから飛び降りずに済んだのに!」
しらせ「は?どゆこと?」
朴「それこそ消してほしい記憶です。他人に語るほどの事ではありません。胸に秘めておく恥です」
しらせ「生まれつきの恥晒しなんだから語りなさい」
朴「お断りします」にこっ
しらせ「スケキヨみたいに沈みたいの?」
朴「ああ……ほんとズルい人だ。また崖から落としたい……」
しらせ「わざわざ私を抱いて十数分もかけて運んで崖から平気で投げ捨てるのは冷静になるほど凄まじい恐怖だったよ。あ、人間てこんなに残酷になれるんだって」
朴「ははは、それで抵抗もなく大人しかったんですね」
しらせ「ふふ……て笑いごとじゃないよ!めっちゃ血の気が引いたから!」
朴「あなたも一度、本当に人を殺めてみれば慣れますよ」
しらせ「慣れたかないわ。て、それどう言う意味?」
朴「おっと、これまた秘めておくべき恥を」
しらせ「殺人まで経験済みだったのか……」ぷるぷる
朴「までとは?」
しらせ「ひい……」ぷるぷる
月が昇り夜がきた。
スケキヨ「へへん。できたぜ」
朴「おお、上出来です。頑張りましたねスケキヨくん」
スケキヨ「朴さん味見してくれよ」
朴「では、さっそく一口いただきます」
スケキヨ「どう?」
朴「うん!よくできました」
スケキヨ「へへっ」
しらせ「お前、スケキヨには優しいのね」
朴「従順な飼い犬にするには躾は大事です」
しらせ「うわ、とんでもないナチュラルクズ」
スケキヨ「犬じゃねーよ。オオカミだ」
しらせ「飼い犬って言われてるよ」
スケキヨ「死ぬほどムカつくけど、色々教えてくれっから逆らえねえ」
しらせ「ガキ大将の舎弟じゃない」
朴「仲の良い兄弟ですよ」
スケキヨ「ふざけんな。大人になったらぜってー噛みころしてやるからな」
朴「仲の良い兄弟ですよね」
しらせ「しらない。せいぜい飼い犬に噛まれないようにね」
スケキヨ「朴さんはロケランが最強だけど、力は俺より弱いからいつでもころせるぜ」
しらせ「そういう乱暴な言葉遣いはやめなさい」
スケキヨ「はいはい」
しらせ「はいは一回。お前ちゃんと教育しなよ」
朴「はいはい」
しらせ「もういい。スケキヨ、カレーおいしいよ。鶏肉もやあらかい」
スケキヨ「当たり前だろ。俺が作ったからな」
しらせ「こいつ調子乗りやがってー」
スケキヨ「飯食ったら花火しようぜ」
しらせ「あ、それ屋敷と一緒に燃えた」
スケキヨ「だから綺麗だったのかー」
しらせ「うう……ひぐ……」
朴「見て。泣きながらカレー食べてますよ」
スケキヨ「え?そんな辛かった?」
朴「うーん。まだまだ純粋だなあ」
a
ソロキャン。
それは一人でキャンプすること。
スケキヨ「意地張ってないでうち泊まれよ」
しらせ「いいの」
スケキヨ「毎日ここでキャンプするつもりなん?」
しらせ「燃えてなくなったけど、ここが私の家だから」
スケキヨ「風呂とトイレとキッチン借りるなら泊まれよ」
しらせ「絶対に嫌。もしそんなことしたら、あいつに……」
スケキヨ「朴さんが何?」
しらせ「あいつに貸しを作ることになる!アンチならどんな酷い恩返しを期待されるか分かったもんじゃない!」
スケキヨ「だからもうトイレとか借りてるだろ。だからいいじゃん」
しらせ「それは貸しじゃない。デパートのトイレと同じよ」
スケキヨ「分かんね。つか、恩を仇で返すって言葉があんじゃん」
しらせ「あら、よく知ってるね」
スケキヨ「朴さんがよく言うから覚えた。恩は仇で返すものですよ、て何回も言われた」
しらせ「あんにゃろうめ。英才クズ教育しやがって」
スケキヨ「俺はクズじゃねーよ!せっかく様子見に来たのに、んだよ、もう知らねーからな!」
しらせ「おーおー帰んなさい。私は大人だから平気ですー」
二十六分後。
しらせ「えう……うぐ……どうしてこんな目に合わなきゃいけないの……辛いよう……」
スケキヨ「泣いてんじゃん」
しらせ「泣いてない。レディの部屋を勝手に開けちゃダメでしょ」
スケキヨ「震えすぎて、テントがババババってなってたぞ」
しらせ「泣いてないって」
スケキヨ「目が」
しらせ「泣いてない!何しにきたの!」
スケキヨ「ゲームしよう」
しらせ「こんなメンタルで無理」
スケキヨ「やっぱ泣いてたじゃん」
しらせ「こいつ……!」
スケキヨ「ゲームして嫌なこと忘れようぜ」
しらせ「えー。ぱっくんに頼みなさい」
スケキヨ「あいつザコ過ぎてつまんない」
しらせ「それなら仕方ないね。分かりましたツヨツヨしらせさんが相手してあげましょう」
スケキヨ「いえーい」
しらせ「もっと喜びなさいよ!」