戦国大名のホームレス生活
少し長めのお話です。
ハルちゃんパパは一切登場しないくせに存在感だけはあると言うお話。
吾輩は鯖井晴、とんでもガールである。
猫は相棒のミケだ。
嫌なことやどうでも良いことは割とすぐに忘れます。密かな夢は子供の頃に憧れたマンガ肉と巨大魚の焼き魚を食べること。
好きな魚はサバ。
先日、ご先祖様にあたるミソニちゃんの屋敷が崩落してそこでお世話になっていた私たちは屋敷跡に急遽テントを張ってサバイバル生活をしています。最近はミソニちゃんのとても大名とは思えない寝相とイビキで目が覚める。
私のご先祖様はイビキと歯軋りが凄いのだ。
テントを張る敷地はミソニちゃんのものだけどテントは私の私物。いざという時のために私がカバンに突っ込んでおいたものだ。
厨房もトイレも、なんだったら布団も崩壊した屋敷の瓦礫に埋もれちゃって。
その全てを私がミソニちゃんに提供しています。
戦国時代にタイムトラベルを果たしてミソニちゃんのお世話になっていたはずが、気が付けば私が彼女のお世話をしちゃってるのだ。お願いだからミソニちゃんも少しはご先祖様っぽくしてくれないかな?
因みに女の子のはずのミソニちゃんが家督を継いでどうして大名なんてやってるのかは、家臣と宇宙国の領民たちの総意だそうだ。
井戸の中のサバは彼女が領主でないとやって来ないとか。サバはミソニちゃんを中心に生きている。
彼女はサバを惹きつける何かがあって、そのサバのおかげで彼女の領民は年貢が免除されているのだそうだ。つまりこの国の人間は全員がサバで養われている。
サバは人間をニートに変えるのだ。
そう言えば私ってサバで嫌な目にあった気がするするんだけど、なんだったかな? 一晩寝たら忘れちゃったのよねー。詳細を確認したくてつぐみちゃんに聞いたけど教えてくれなかった。
つぐみちゃんは『わ、忘れた方が良いと思うなあ』と言っていた。
因みにミソニちゃんも一切覚えていないらしい。
まあ、嫌なことは忘れて今は朝食に集中しよう。テントの外に出ると朝の日差しと共に朝食の準備を終えて「にゃー」と額の汗を拭うミケの姿が目に入った。
ミケは渾身の出来と言わんばかりに眩しい笑顔で親指を立てていた。
「にゃー」
ミケは「今日の朝食はサバカレーだにゃ」と言ってます。朝からカレーなのは良いけれど、ミソニちゃんが領民から年貢を免除した上に宇宙国は農作物が育たない土地だからコメが枯渇しているのだ。
内陸のくせに農民がいなくて代わりに漁師が存在する。
それもサバ専門の漁師ばかり、実際は井戸からサバを引き上げるだけだから漁師を名乗るのはどうなんだろう?
理由は土地に張り巡らされた井戸にサバが回遊してるから。井戸に回遊するサバなんて初めて聞いたんだけど。
まあそんな訳で宇宙国の領民は故郷で働かず鯖井の里に出稼ぎに来る。
だから土地の人間は茶碗にほぐした焼サバを盛るのだ。それって最早茶碗じゃなくてサバ碗じゃん。私たちはその作法に乗っ取ってほぐした焼きサバの上にカレールーをかける。カレーうどんを食べたい時は糸コンを代用すれば完璧ね。
「オニギリまでお米の代わりにサバのほぐした身なんて徹底っぷりが凄いわね」
「にゃにゃ」
ミケが「サバ寿司のシャリもサバで代用だにゃ」と言ってます。
もうサバしか食べてないじゃん。
私の口の中はサバに水分を奪われてパ・サ・パ・サ。
ミソニちゃんの性格はサ・バ・サ・バ。
「オハヨー……」
カレーの匂いに誘われてミソニちゃんが目を覚ましたみたいね。眠たそうなに目を擦ってミソニちゃんがテントから姿を現した。
サバ柄の寝巻き姿でサバの枕に抱きついた極めて危険なスタイルでミソニちゃんは姿を現した。因みにサバの枕とはサバの頭を干しただけのもの。
すんごい生臭いの。
この領地の人間はどんだけサバに毒されとるんじゃい。
「……今日の朝食はカレー?」
「そだよー」
「ハルちゃん、今日は何して遊ぼっか? サバ・イバルゲームはもう飽きちゃった」
戦国時代を生き抜く時点でサバイバルだから。
ミソニちゃんが領主の仕事をしてるところを見た事ないのよね。パパから聞いた話だけどミソニちゃんが教科書に載らないのは、存在そのものを抹消されたかららしい。戦国時代の人から見ても彼女はぶっ飛んだ存在だそうだ。
つまりこの時代の人すらも歴史書にミソニちゃんのことを書いても未来の人が絶対に信じない、そう結論付たのだとか。
むしろ領主や大名どころか公卿っぽい彼女の姿を見た事ないんだけど?
「私たちも元の時代に帰りたいんだけど?」
「……帰りたかったら私を倒してから行きなさい」
今のセリフってバトル漫画のテンプレじゃん。
ミソニちゃんって本当に時代を感じさせないなー。
「にゃにゃー」
「ミケも帰りたいのー? じゃあ帰る前に私の借金をサクッと返済してちょうだい」
「もう全部返したじゃん。あ、でもミソニちゃんって返済してもまた安易に借りちゃいそうだよね」
「そ、そんな事ないもん!! 私の借金は全てサバのエサ代だもん!!」
もう色々と本末転倒じゃん。
と言うかそれってサバ漁じゃなくて養殖じゃね?
サバがいるから年貢が免除されて、そのサバを養うために領主のミソニちゃんが借金してるんだ。もはや借金のマッチポンプだ。まあ、元々侍なんて借金しないと生きていけないみたいだけど。
この土地って一体どれくらいのサバがいるんだろう? ちょっとアホ毛を使ってサバの気配を探ってみようっと。
「はあああああああ……、サバの気配の数は……十二億?」
……マジで?
確かこの時代の人口って千二百人だったはず、この土地はその百倍のサバがいるの!? そしてそのサバを惹きつけているのは私のご先祖様な訳で。
この子はどんだけサバに愛されてるのよ。
と言うかサバの気配一つ一つが妙に大きいんじゃない? サバ単体の戦闘力をちょっと気配から探ってみようかしら、……ダメだ数値を口にしたくねー。
だってその戦闘力が人間の百人分以上なんだもん。
百人の人間に挑まれてもダイジョーブ、な強さをこの時代のサバが持ってるとか口に信じたくない。サバが食物連鎖の頂点とか口が裂けても言えないじゃない。
「昔、海岸でイジメられてた子供のサバを助けてあげたら竜宮城に連れて行ってくれたの」
ミソニちゃんは唐突に過去を語り出す。
「……ミソニちゃんって浦島太郎かなにかですか?」
「にゃー?」
ミケが「玉手箱貰ったかにゃ?」と聞いてます。
「帰りにサバの押し寿司を貰ったわ」
「人身御供ならぬサバ身御供ね」
「わざわざサバ姫ちゃんが犠牲になってくれたんだよ?」
「もう年貢の免除なんて止めちゃえば?」
「ダメだよー。サバが集まるおかげで土地の塩分濃度が上がって農作物も育たなくなっちゃうんだよね。だから元々年貢を納めるとかそんな次元の話じゃないのよ。そもそも今から領民に年貢を要求したら土一揆が起こっちゃうから」
なんて領主だ。
これは一時的に借金を返済してもミソニちゃんは確実にまた借金を繰り返すに違いない。そして、またみかどっちに借金をするハメになって私のお小遣いは増えない。
きっと私はママに叱られちゃう。
そして……、そしてきっと勘のいいママは私が戦国時代で借金を返済できなかったと勘付いてさらにお小遣いを減らされちゃう!!
「うーん、もう将軍ちゃんを脅してこことは別に好条件の領地を貰うしかないかな?」
「どうやって脅すの?」
「確か昔、平安時代にタイムトラベルした時にたまたま壇ノ浦を通りかかってアレを拾ったはずなんだけどなー……。何処にしまったんだったかな?」
「ハルちゃんは何を拾ったの?」
「草薙の剣。浜を歩いてたら偶然拾ったんだよねー」
そうです、私は平安末期に三種の神器をコッソリとネコババしてたんです。
ネコババの語源は実は私がこの剣を拾った時に隣にいたミケなんです。
八艘飛びをしながら何かを探してる侍さんがいる横で私は浜に打ち上げられた剣を偶然拾ったのだ。その人は「アレがないと鎌倉にいるお兄ちゃんに怒られるー」と慌てながらこれまた八艘飛びで飛び回ってたけど、今はあまり関係ない話かな?
あ、そう言えば草薙の剣はさっき草むしりに使ったままだった。
「ハルちゃん、それって昨日はハルちゃんがサバをサバくのに使ってたじゃないの?」
「そだよー」
「そんなんで将軍ちゃんを脅せるー?」
ミソニちゃんも大名なんだからこの剣が持つ意味くらい分かるでしょうに。頼むからこの剣を見て『そんなんで』とか言うなや。
草薙の剣は伝説の三種の神器だよ?
やっぱりミソニちゃんはとんでもご先祖様でした。
「にゃにゃー」
「ミケ、流石にこれでチンチンを掻いたらダメよ?」
「にゃー……にゃにゃ!!」
「ミケ、サバでチンチンを掻いたら噛み殺されちゃうよ?」
ミケは時と場所を選ばずチンチンを掻くクセがあるのだ。
何食わぬ顔で「その剣貸して欲しいにゃ」と言うから怪しいと思ったわ。そして私にダメと言われてサバを使おうとしたらミソニちゃんからもダメ出しをされてガックリと肩を落としちゃった。
そしてまさかの事実、この時代のサバは猫を殺すらしい。
だけどそんな事でビビってる場合ではないのだ、私も幾度と無くタイムトラベルを経験した女子高生。だからこの時代の帰り道も把握済みよ!!
そろそろママの手料理が恋しいから帰りたい。
帰れなくとも、その経路くらいは確保したいのだ。
そのついでにミソニちゃんの借金体質のアフターフォローと将軍ちゃんを脅す事を決めた。
「将軍ちゃんの家に行きましょう」
「ハルちゃん、確か将軍ちゃんって家来と喧嘩してる真っ最中じゃない?」
この時代の将軍ちゃんは微妙な立場なのだ。
「みよっしーながよっしー」と言う部下がみかどっちと結託して好き勝手するから、そのみかどっちからも将軍ちゃんは軽視されている。年号が変わってもみかどっちに教えて貰えず、将軍ちゃんはずっと旧年号を公式文書に使っていたとかいないとか。
もはや小学生のイジメレベル。
将軍ちゃんはみかどっちからプークスクスって陰で笑われていたのだ。
そして将軍ちゃんはみよっしーながよっしーと幾度となく喧嘩しては仲直りを繰り返す。今はなんとか仲直りして、将軍ちゃん自身も新居を建設したばかり。
将軍ちゃんはきっと油断してるはず。
そのタイミングを狙って新居祝いを装いつつ、将軍ちゃんを脅してミソニちゃんにいい領地を貰いましょう。
読者のみんなも詳しく知りたかったら後でググって調べてね。
「サバ街道を通って鯖江に設置したゲートを通る、これが私が元の時代に帰るための唯一の手段なのよ」
「ハルちゃん、本当に帰っちゃうの?」
「まだ帰らないけどゲートが正常に動いてるかは確認したいのよねー」
国道27号や367号に相当するその道を日本で初めてサバ街道と呼んだのは実は私です。鯖江市長を脅してJK課を作る様に指示したのも私です。
イエイ。
あの道を通って京都から鯖江まで行けば現代に帰ることが可能なのだ、もしくはサバ街道を通ってきたゲートを潜る、でも可。以前タイムトラブった時に鯖江に現代に通じるゲートを弟に作っておいてもらったのだ。
でもゲートを作ったのはかなり前の話だし、やはり正常に稼働してるかは確認しておきたい。
でもって肝心のサバ街道はみよっしーながよっしーの領地内にある。強引に原チャで領内を突っ切っても良いのだけど……。
今回ばかりはやめておいた方がいいだろう。
何しろ同伴者が多いのだ。原チャリの同乗は二人まで、幾ら戦国時代とは言え道路交通法は遵守した方がいい。四人乗りは流石に危険。私道はともかく公道ではそこそこマナーを守るのよ。
私はコンプライアンスなJKなのだ。
え? マツモトキヨスまでの道のりで色々とやらかしてないかって?
あれは獣道だったからセーフ!
「ミソニちゃんは原チャリの免許持ってる?」
つぐみちゃんは免許を持ってないって言ってたしミソニちゃんが免許持っていればいいんだけどね。なんてね、流石に戦国時代を生きるミソニちゃんが持ってるはずないよねー。
「持ってるよー」
「そーだよねー、流石に持ってないよねー。……今なんて言ったの?」
「原チャリの免許でしょ? 鯖井家に代々伝わる家宝にそんな古文書があった気がする」
持ってるんかーい。
私も冗談のノリで聞いたんだけど、ミソニちゃんからまさかの返事が返ってきちゃった。だけど代々伝わる家宝ってどう言うこと?
予想外の答えに私とミケが目を丸くして固まっているとミソニちゃんは懐から一枚の運転免許証を差し出してきた。「ね、嘘じゃないでしょ?」とミソニちゃんは言うが、その免許証に貼られた顔写真は私のパパだった。
パパめ、そう言えば何処かで免許を落としたとか言って慌てていた記憶がある。
「にゃー」
ミケは「パパは相変わらずゴリラにゃ」と言ってます。
「ねーねー、ハルちゃん」
「どうしたの?」
「この免許に書かれたすっごく綺麗な肖像画って何の妖怪かな? これって鯖井のご先祖様が妖怪を退治した証だったりするのかな?」
ミソニちゃんは首を傾げながらそう言ってパパの顔写真を指差している。
パパはご先祖様から妖怪扱いされちゃった。曲がりなりにも血の繋がったパパだけど、きっと子孫だって言っても信じて貰えないだろうなあ。
ミソニちゃんはキラキラとした純粋な表情で私に問いかけてくる。
やっべえ、これはどう答えても罪悪感しか残らないじゃん。さて、どう答えたものか。
「ミソニちゃん、是非に及ばず……だよ」
「それもそっか。もしこの妖怪が私のご先祖様とかだったら人生に絶望して切腹しちゃーう。プークスクス」
その人はミソニちゃんの子孫だよ?
鳴かぬなら自分が鳴いちゃうホトトギス。
「にゃ」
ミケが肉球を私の肩に置きながら「現実は噂より奇なりって言うにゃ」と言ってます。ミケってばガチ泣きしながらウンウンと頷いてるじゃん。
パパってば不憫……。
まさか顔写真が戦国時代でご先祖様に妖怪として認知されるなんて。
こうして翌日にはつぐみちゃんを供して将軍ちゃんのいる京都に原チャリで出発するわけだけど、私はその前日になんとも言えない罪悪感を胸に抱くのだった。
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