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幕間 4

 金髪の手を実際に借りることで用を足すことに成功した兄貴は、ずっとうつむいたまましくしくと泣いていた。それは金髪も同様で、まさか自分が尊敬して止まない兄貴のナニをその手で握る日が来るなんて全く想像もしていなかった。

 しかし呑気に多目的トイレで泣いている場合ではない。ここに誰か来たりでもしたら、それこそ言い訳のしようがなかったからだ。金髪は慎重に周囲を確認すると、兄貴の手を引いて急いで個室へと向かう。


 本部は集会所のようなものになっていて、いくつか自由に使える個室があった。特に許可が必要なわけではなく、一間六畳の個室が七部屋ある。その内の何部屋かが空いていたので、金髪は適当に選んで襖を閉めた。


「ふぅ、とりあえず事なきを得たって感じっすね。いや、何もなかったわけじゃないすけど。思い出したくなんで、ひとまずそれは置いておいて。まずは話を聞く約束でしたよね、兄貴」


 そう言われ、顔を両手で覆っていた兄貴がやっと手をどけて顔を見せた。瞳は涙で濡れているせいか、潤んでキラキラと輝いている。口元は拗ねた子供のように尖らせ、大の男がやってもちっとも可愛くなかった。

 ちょこんと正座で座り込み、兄貴はまだスンスンと鼻をすすりながらも話し始めた。


「今から私が言うこと、信じられないと思いますが。正直私もまだ信じられない気持ちです。ですがありのまま全て起こったことを話すので、どうか聞いてくださいますか」


 どこかの漫画で聞いたようなセリフだなと思いながら、金髪は今目の前にいる兄貴が実は異世界転生で覚醒したばかりであることを確信してならないので、今のセリフを聞いてもすでに半分は信じていた。



 兄貴、もとい聖女の話によると魔王復活を企む悪の組織を潰す為に神によって選ばれた自分が、出発前の儀式でイレギュラーなことが起こり、聖女である自分がこちらの世界に転移してしまって現在に至る、ということらしい。

 異世界転生ではなく異世界転移だと知った金髪は合点がいった。転生であるならこれまでの記憶も存在しているはず。それなら男の体で用を足すことなど今まで散々してきたことなのだから手こずるはずがない。

 しかし彼女がこちらの世界に転移したとなれば全ての辻褄が合う。中身が少女であること、こちらの常識の全てが通用していないこと。何より金髪達の目の前で魔法を使ったこと。

 どうやら彼女の世界で使う魔法は、肉体に魔力が宿るわけではなく魂によって魔法を行使するようだった。そうでなければ今まで魔法なんてものに無縁だった兄貴が魔法を使えるはずがないからだ。


(つまり今の兄貴は魔法が使える……)


 わくわくが止まらなかった。

 少女にとっては不幸な出来事であるが、異世界ファンタジー小説の大ファンである金髪にとってはまたとない夢のような展開なのだ。

 やはりこの俺がこの少女を守ってやらねば、という謎の決意が彼を突き動かす。


「安心してくださいよ、聖女ちゃん! この俺が元の世界に帰る手段を探してみるから、大船に乗ったつもりでいてくだせえ!」

「帰る方法を知っているのですか?」

「あ、いや、……今はさっぱりだけどよ」


 すぐに希望を断たれて肩を落とす聖女。

 金髪に出来ることはせいぜい少女がこの世界で誰にも怪しまれないように過ごすことをサポートする位だ。どうやってこちらの世界に転移することになったのか、そういった原因も何もわからない金髪にそれ以上のことが出来るはずもなかった。

 考え込んでも始まらないので、金髪は好奇心を抑えられず訊ねてみる。


「あのさ、さっき親父に回復魔法使ったじゃん? 他にも何か魔法を使えたりすんの?」

「まだ試したことがないのでわかりません。ただやはりこちらの世界ではマナの総量が不足しているせいか、上手く魔法を使えないんです。低級魔法ならなんとかなるかもしれませんが、中級まで行くとさすがに難しいかもしれません。……まだ試してないからですけど」

「あ、じゃあさ。何か使ってみてよ」

「え、例えば……?」


 問われてどんな魔法を使ってもらおうか戸惑う金髪。さながらネイティブな英語を話せる人に対して「何か英語で喋ってみてよ」って無茶振りしているようなものだ。

 魔法といっても色々あるだろう。

 回復魔法を始め、金髪の知る限りでは攻撃魔法に補助魔法あたりか。まさかこんな場所で攻撃魔法を使わせるわけにはいかないので、やはりここは無難に回復か補助系だろうと考える。


「あ、それじゃ相手を眠らせる魔法とかある?」

「そうですね、それなら一応低級魔法の部類に入るかと。もちろん睡眠魔法も低級から上級までありますけど、今は低級までしか使えないと思いますが」

「いい、いい! ちょっと俺にやってみてよ!」


 ゲームでよくある『敵を眠らせる魔法』にかかってみたい。単純に彼女の魔法の範囲を知る為ではなく、自分自身の興味からだった。しかし純粋な聖女はそんな金髪の思いなど露知らず、自分の為に身を削って実験台になろうとしていると思っていた。


「それじゃ行きます。……スリーピング!」

「くかーっ!」


 驚異的な威力であった。

 これでも低級レベル。一番簡単な魔法で、金髪は安眠を手に入れた。


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