本編 3
フォースフォロス国の大聖堂にて、大司祭達は神の奇跡を目の当たりにしていた。
精神的にまだまだ未熟な聖女に強靭な魂が宿ったということで、彼らは完全に浮かれている。
そんな大地母神マーテル教の上級職を前に、一部の者はついていけずにいた。
(何を言ってるんだ彼らは。聖女様の本来の魂がどこへ行ってしまったのか心配しないのか? 彼女の肉体にたくましい魂が宿ったとして、それで邪教徒を殲滅出来ればそれでいいって言うのか。いや、おかしいだろ。どうかしている! オレは納得出来ないぞ。彼らのように喜ぶことなんて出来るはずがない!)
勇者は耐えがたかった。
この者たちが自分に最大級の任務を指名してきたのかと思うと吐き気がするようだった。勇者は純真無垢な本来の聖女と、ほんの数時間程度であるが会話をし、全てを知ったわけではないが守ってあげたいという気持ちが芽生えていた。反して彼らは勇者以上に聖女と共に過ごしているにも関わらず、彼女の魂が行方知れずになっていても意にも介さず、むしろ手放しで喜んでいる。奇跡だ、と。
それが勇者には理解出来ない感情であった。
(なんてこった、誰も聖女様のことを心配しないなんて……! オレにはよくわからない話だったけど、これが神の奇跡だって言うならオレはそんな神を信じることなんて出来ないよ。オレの聖女様を返して!)
戦士は悲しんでいた。
大司祭の話の半分も理解出来なかったが、彼らが聖女の本来の魂に関して何も心配していないことに怒りさえ覚えていた。そして誰のものでもない聖女のことを勝手に自分のものにしてしまっている戦士は、心の中ではなかなかに図々しい性格をしていたようだ。
「なんだこいつら、何を言ってやがる?」
別の者の魂が宿った聖女が口を開いた。
誰もが心の中で納得出来ないことを吐露していた中、この者だけは身分や階級、立場などお構いなしに思ったことを口にする。
「いけすかねぇ、要するによ。今この俺が幼女の体の中に入ってるってことはだ。この幼女の中身はまさか俺の中に入ってるということになるとか、言わねぇよな?」
両手を組み、身長は誰よりも低いが上から口調で問いただす。
それには笑みで溢れている大司祭が答えた。
「恐らくそうなっているでしょう。本来ひとつの肉体にはひとつの魂しか収まりません。あなたの魂が聖女様の肉体に宿った時点で、本来の聖女様は魂の拠り所を無くし、交代するようにあなたの肉体へと転移している……ということになるでしょうね。確証はありませんが、他に魂のない器があったのならば話はまた別になるのですが」
「だったらなんでお前ら、俺がこの幼女の肉体に入ったことをそんなに喜んでんだ?」
「愚問ですね。魔王復活を阻止する為に聖女の存在があるのです。女神マーテル様がこのような奇跡を起こしたということは、使命を果たすには弱すぎた精神面と聖なる奇跡を起こせる肉体面とでは不釣り合いだったと判断して、それに釣り合う魂を選別し、あなたが転移した。これは神の奇跡、神に選ばれし運命だったのです。喜ばない方が不思議というものでしょう」
全て神の御業、全て神の奇跡、運命、宿命、そんな言葉が出てくる度に勇者達の表情は曇っていく。
すると少女は大司祭が纏っている煌びやかな法衣を力一杯つかみ、胸ぐらをつかむように捻り上げた。
「ヤクザ敵に回したらどうなるか教えたろかワレェ! おんどれの都合なんかこっちはどうでもええんじゃ! 俺は俺で好きに動く!」
凄む少女であったが、どれだけ口汚く怒号を浴びせたところでその見た目が可憐な少女のままである以上、大司祭にとっては小さな子供が文句を言ってるように見えるだけ。全く響いていなかった。
それを察したのか舌打ちすると、掴み上げていた手を放し、大司祭に背を向ける。
「ーー俺は俺の世界へ帰る。こいつの魂とやらを探し出してからな」
「!」
「おっさんの話が事実なら、俺がこの体から出ていけばこいつは自分の体に戻るんじゃろうが。だったらこいつを探して俺は帰る! それで丸く収まるのう!」
「どうやって探すというのです。彼女の魂はあなたが住んでいた世界、つまりこことは異なる世界ですよ」
啖呵を切ったはいいが、確かに探す方法などわからないし見当もつかなかった。
少女、もといヤクザにとってこの世界は自分の常識が当てはまるような世界かどうかもわからない。この世界の常識、土地勘、何もかもが自分のいた世界とは異なっていた。
しかしここで引き下がるのはプライドが許さなかった。
考えあぐねているところに、助け舟を出したのは女僧侶だった。
「……預言者様にお会いするのはどうでしょうか」
「僧侶!」
「良いではありませんか、大司祭様。この方が元の世界へ戻る方法も、聖女様の魂の居場所も、邪教徒の隠し教会も、魔王復活の阻止方法も。それらを全て知る者が、この世界で預言者様を置いて他に誰がいるというのでしょう」
真っ直ぐとした瞳で大司祭を見据える女僧侶。痛いところを突かれた、ヤクザに知られたくない情報とでもいうように大司祭は狼狽している。しかし女僧侶はきりっとした眼差しで続けた。
「今言った通りです、勇者様方。魔王復活の動きを予言したのも、聖女として誕生するのがあの少女であることも、聖女様を護衛する為に遣わしたのが勇者様、あなたであることも。全ては預言者様の予言から始まったことです。それならば、それらの答えもまた預言者様が知っているはず」
「そうか! だったら聖女様の魂がどこにあるのかも予言してもらえばいいってことですね!」
肯定の笑みを浮かべる女僧侶。勇者達はまだ希望が残っていると言わんばかりに二人で喜んでいた。その様子を横目で見ながら、ヤクザは再び両腕を胸の前で組んで女僧侶に詰問する。
「なぜ、俺らにそれを教える。お前のボスは快く思っておらんようじゃが?」
女僧侶は覚悟するように瞳を伏せ、それからその決意に揺らぎがないことを指し示す眼差しでこう答えた。
「聖女様は、娘のような存在です。例え外見がそのままであろうと、私の知っている聖女様はここにいない。あの子は強がりで、周りの大人達を心配させないように常に気丈に振る舞ってはいますが、まだたった七歳の女の子なんです。親が恋しい年頃なのです。産まれた瞬間に実の母親から引き離され、聖女として育てられてきた女の子は、とても寂しがり屋の、どこにでもいる普通の女の子なんです」
涙声でそう告げると、女僧侶は愛しい聖女の外見をしたヤクザの前に膝をつき、その小さな手に自分の手を添えながら訴えた。
「どこのどなたか存じません。こんなことに巻き込んでしまって、ものを頼める立場でもございません。ですが、どうか。どうか心優しい女の子を助けて……。この体をあの子に返してあげてください」
そう懇願する女僧侶の涙に、ヤクザは口を真一文字に結ぶと、添えられた手を握り締めて応えた。
「任しとき。なんかようわからんが、俺も幼女の体のままで過ごすつもりはさらさらないからのう。あっちはあっちで大の男の体で苦労しとることじゃろうからな!」
言って女僧侶の表情が曇る。
「なんてことでしょう! 私の穢れを知らない純真無垢な聖女様が殿方の体で過ごしているですって!? 有り得ません! 早く! 今すぐに! その体を聖女様にお返しなさい、汚らわしい!」
「なんじゃお前! それが人にものを頼む態度か! 汚らわしいって、俺は毎日朝と夜にシャワー浴びとるわボケェ!」
「そっちの意味での汚いって意味じゃないと思うぞー」
「……ふっ」
ヤクザ、そして女僧侶の言葉で光明がさしたおかげか、面白おかしい二人の会話を聞いて和んだおかげか。今の今までこの世の終わりのような表情をしていた勇者と戦士に笑顔がこぼれる。
次にやることはこれで決まった。
こうして聖女の中にヤクザを宿した異世界人との、奇妙な旅が幕を開ける。
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