幕間 2
先程までは打って変わってジリジリとした暑い日差しの中を、もはや廃車となった車の陰に隠れて何者かの攻撃を防いでいる。
耳をつんざくような破裂音、破壊された車体が燃える臭い、そして怒声。
「おいお前ら、とにかく親父をどっかに避難させないかんから兄貴の代わりに俺が前に出るぞ!」
黄色い髪をした若い男がそう叫ぶと、反対はない様子で数人がそれに従う。
肩を怪我している年配の男性が呻きながらこちらへ向かって何か話しかけようとしている。
「早まったらいかんぞ、お前らはワシの家族や。死ぬことは誰一人として許さんからな……」
胸ぐらを掴んでそう凄んで見せる男性であったが、その言葉の中には優しさしか見当たらなかった。
心を打たれ、兄貴と呼ばれた男は決意する。
男性の手を掴み、安心させるように声をかけた。
それは何度となくしてきたことである。病気に苦しむ信者、怪我で痛みを訴えかける信者、家族を亡くした信者、自分はそんな人達を救う為にここにあるのだ、と。
「大丈夫です、誰も死なせません! 私がなんとかしてみせ……はわわ?」
声を出して気付いた。声がおかしい。目の前にうずくまる男性との目線の高さがおかしい。握った時に感じた自分の手の大きさがおかしい。
思って頬を、頭を、胸元を触って確かめる。そして自分の両手を見る。大きい。ごつごつとした手、長い指、これは一体どうしたことか。
戸惑っているとこちらへ向けて攻撃してくる何かがすぐ近くにあった車体に当たって音を立てる。
状況がはっきり理解出来ないが、まずはこの戦場のような場所から脱出することが先決だと察してからの行動は早かった。
(まずはこの人が自力で走れるようにならないと)
右手を男性の怪我をした肩に当てる。男性は痛みで呻くが「我慢して」とだけ言い、両目を閉じて全神経を集中させる。
「兄貴、何してんですか! 手で止血してる場合じゃないっしょ!」
「今は静かにしていてください。気が散って集中出来ません、ごめんなさい。この方の怪我を治すので、もうしばらく持ち堪えてください。お願いします」
「怪我を治すって、兄貴は医者じゃねぇでしょ!」
「静かに……」
「静かにしねぇか、なんかよくわからねぇが言う通りにしろ」
「へ、へい親父……。おい、ここをなんとか死守すっぞ!」
「おうよ!」
男性のたった一言で全員が大人しく言うことを聞く。怪我をした男性が彼らにとってなんなのかわからないが、きっと彼らにとって家族のような、仲間のような、そんな尊い存在なんだろうと推察する。
とにかく集中出来る時間を与えてくれたことに感謝をし、自らが信仰する神に祈りを捧げた。
(大地母神マーテル様、この方に奇跡を!)
なぜだかわからないがうまく魔力を制御出来ずに苦戦した。何かもやもやとしたもので邪魔をされているような、世界に漂うマナが不足しているような、標高の高い山頂で空気が薄くなっているという感覚に似ていた。
それでも怪我人をこのままにはしておけない。自分にはその使命があるのだから。
「癒しの力よ、ヒール!」
「ヒール!?」
静かにしろと言われていたにも関わらず、呪文の言葉に反応して声を上げる金髪の男。
額に脂汗をかきながら懸命にマナを練る。初めて回復呪文を覚えた時のような困難さはあったが、魔法はとりあえず成功した様子だった。
「な、なんでだ。痛くねえぞ?」
驚く男性に一安心する。
にっこり微笑むと、疲労でその場に倒れ込んだ。
「兄貴、大丈夫ですか!?」
「笑った!? 兄貴がさわやかに笑った!?」
「おい、さっさとずらかるぞ! 襲撃直後に連絡した幹部が到着する頃合いだ」
言った矢先、近くで甲高い音が鳴り響いた。
猛スピードで走り抜けてきた車が急ブレーキをかけ、タイヤが地面を擦る音だった。
車の窓から二人の男が銃を手に反撃が始まる。車はちょうど組長の目の前で止まり、銃撃の盾となる形で乗車を促す。
「早く乗ってください! すぐ出ます!」
なんとか無事全員が乗り込んで、戦いの決着をつけることなく、戦線離脱することを選択した。
後方で罵声が上がっていたが誰一人として気にしている様子はない。ただ彼らが気にかけていることは、奇妙な光が放たれた直後に人が変わったような態度になったこの男のことだけだ。
「兄貴、一体どうしちまったんだ……」
「だがこいつのおかげで俺達は命拾いした、そのことに変わりはねぇ」
腑に落ちない点は色々あったが、まずは本部に戻って休むことが最優先だ。
そう誰もが思っている中、金髪の若者だけが驚きとも笑顔ともつかない表情で男を見つめる。
「ヒールって、それ完全に回復魔法じゃないっすか。え、兄貴、異世界転生とかで覚醒しましたってやつですか? マジで? やっベー、ラノベ展開キターって感じすか? やっべー」
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