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本編 2

 様子がおかしくなってしまった聖女(?)を背に、勇者達は女僧侶に案内されるまま大聖堂へと向かった。

 禊を行った泉を出て、聖女が住まいとしていた離宮とは正反対の方向へ進んでいく。

 途中では礼拝堂への参拝を欠かさない敬虔な信者、巡礼の旅の最中であるマーテル教の巡礼者、フォースフォロスのマーテル聖堂で務める他の僧侶などとすれ違う。


 聖女はその存在自体が高貴なもので、週に一度行われる礼拝の集いに参列した信者は聖女と対面していて、すでに顔を見知っている。

 なので勇者に背負われている少女を目にすると心配そうに声をかけてきた。


「聖女様は一体どうされたのですか?」

「どこかお悪いの?」

「早く大司祭様か、お医者様のところへ」


 誰一人として勇者の進行の妨げをすることはなく、誰もが勇者達のただならぬ様子を見かけたらすぐさま道を空けて聖女の為に祈り出した。


 大地母神マーテル教は基本的には自然崇拝であるが、信仰心が強いほど神の加護があるとされている。清く正しく信仰心を失わなければ、決して大地母神マーテルはその者を見捨てることはないと強く信じられていた。

 その為、病人や怪我人に対しては必要な応急処置を自分が施せない場合、マーテルに祈りを捧げることでその者の無事を願う行為は清い行為だと根付いていた。

 もちろん早急に助けを必要としている時は祈りを捧げている場合ではないと理解しているので、信者達は臨機応変に、その者にとって最善である行動をするようきちんと思考している。

 よって現在の聖女の状態を見て、自分達でなんとか出来る状態ではないのだろうと皆が即座に判断し、一刻も早く大司祭か医師の元へ辿り着けるように素早く道を空けつつ、祈りを捧げているのだ。


 国教であるマーテル大神殿の敷地は広大だ。

 国王自身もまた代々敬虔なマーテル信者である為、フォースフォロス城も大聖堂や大神殿と隣接している。

 自然豊かな場所故に、周囲は緑と、水路と、大理石で出来た建物ばかりが延々と続いていく。

 主要な場所へ続く道は整備されており、それを道なりに歩いていけば目的地に辿り着けるようになってはいるが、それも広さ故に迷子になってしまう者が多くいる。

 分かれ道では常に立て看板があって、それを頼りに目的地へと目指すことになるのだが、ある程度慣れるか地図を手に歩かなければ目的地まで半日かかることも珍しくはない。

 今回は女僧侶が大聖堂まで案内してくれる為、勇者達はほぼ最短ルートで到着することが出来た。

 整備された道はあくまでメインロードであり、近道ではないのだ。


 息を呑む程大きく、荘厳な建物がようやく視界に入った。

 屋根部分は遠くからでも十分見えていたのだが、近付く程にその壮大さは迫力を増していく。

 それもそのはず。

 ここにはフォースフォロスを象徴する建物が集まっているからだ。

 建物それぞれが巨大建築物なので間近で見ると圧巻だった。

 大聖堂は円天井となっているのが特徴的で、その細部に至るまで細かな彫刻が施されており、建物自体が芸術品と言っても過言ではない程に壮麗だ。

 大神殿は屋根を支える支柱がまず特徴的だった。何本もの支柱に支えられる三角屋根、中には数々の彫刻が飾られている。洗礼は基本的に大聖堂で受けるものだが、ここでも洗礼を受けることは可能で大神殿の最奥には大地母神マーテルの見事な彫刻があり、それを一目見る為に訪れる信者が数多くいる。

 そして国王が住むフォースフォロス城は荘厳、壮麗、壮大、その全てが詰まった建造物だ。

 建築当時、大陸最高峰の職人の手により何十年とかけて建てられたこの城は築数百年は軽く超えるものだった。それでも増築、改築、改修などを繰り返し現在に至る。

 セアシェル大陸には四つの国が存在するが、その中でも美麗な城はフォースフォロス城を置いて他にない。


「まずは大聖堂へと向かってください。大司祭様が常駐されていますので!」

「わかりました」


 女僧侶に導かれ、勇者達はやっと大聖堂に到着することが出来た。

 何度見ても息を呑む建物だが、見入っている場合ではない。少女の様子を一刻も早く大司祭に見せて指示を仰がなくてはならなかった。

 勇者の手刀がよほど綺麗に入ってしまったのか、これだけ背負って走り続けても少女は依然気を失ったままだった。ここまで気絶されるとさすがの勇者も気が気でなく、世界を救うと言われる聖女の身に何かあったら完全に自分のせいだ。

 しかし勇者にとっては、聖女という役職云々よりもか弱い少女に危害を加えてしまったことへの懺悔の気持ちの方が強かった。

 もし少女の身に何かあった場合には、必ず自分が全ての責任を負う覚悟までしている。  

 勇者の杞憂を他所に、女僧侶が大聖堂に常駐している司祭に話をつけて、洗礼の間へ向かうように指示を受けた。

 女僧侶の説明の中に何度も「儀式に失敗して聖女様に悪魔が取り憑いた」という言葉が出てきて、それを真に受けた司祭が慌てて洗礼の間を指定したのだ。

 大至急、他の司祭にも伝達され、大司祭の他に祓魔師まで手配される。


(なんか大事になってるけど、これ本当に大丈夫なのか?)


 背負っている少女から一向に邪悪な気配を感知出来ない勇者は、女僧侶の判断に半信半疑だった。

 少女の様子がおかしいのは明らかだが、それが本当に魔物や魔族の類によるものかどうか怪しかったからだ。それでも今の自分にどうこう出来る問題ではないので、結局のところ女僧侶を始めとする専門家に任せるしかない。

 幸いにも王城がすぐ側にあるので、そこには医者もいるはずだ。きっとなんとかなるだろう。

 自問自答しながら自己完結したところに、耳元から声が聞こえてきた。


「ううん……」

「せ、聖女様!?」


 洗礼の間に到着する前に少女が目を覚まそうとしていた。

 勇者の声に女僧侶は「ひっ」と短い悲鳴を上げ、恐ろしげに聖女だった者に視線をやる。


「あ、かわいい」


 何も言葉を発さなければ見た目は可憐な少女だ。愛情を持って育ててきた少女を見て和む女僧侶。

 しかし目を開いた少女が自分を見つめる視線に対し鋭く睨みつけてきたので、またもや短い悲鳴を上げた女僧侶は全速力で洗礼の間へと駆け抜けていった。

 待ってくれと声をかけようとした勇者の首を両手で締め付け、少女は力一杯叫ぶ。


「おい、ここはどこじゃ! お前、俺をどこへ連れて行く気じゃい!」


 突然の攻撃に勇者は立ち止まって呼吸困難に陥る。

 そこへ後方からずっと無言でついてきていた戦士が、少女の両手を解き勇者を解放させる。


「あ、ありがとう戦士……。でもあまり手荒な真似はしちゃダメだぞ、仮にも聖女様なんだから」

「……わかってる」

(あ〜、勇者が無事でよかった! 本当によかった! 全く一体どうなってるんだこれは? あんなに可愛らしくて大人しかった聖女様がどうしてこんな凶暴な言葉使いと乱暴なことをするんだろう? まぁ考えるのはオレの仕事じゃないから、ここは勇者達に任せてオレは聖女様が誰かに危害を加えないようにしていればいいか。でも仮にも聖女様相手だから、オレが抱き抱えて痴漢呼ばわりされたり不敬罪とかになったりしないかな? 大丈夫かな? ちゃんとさっきの僧侶さんが説明してくれるかな? 不安だ……)


 口に出した言葉より何倍も心の声を発する戦士は、内気でうまく会話が出来ない不器用な男であった。

 その為いつも無骨、無愛想、無口で周囲には勘違いされているが、本質は頭の中で色々なことを考え、心の声でベラベラとよく喋る口下手な男なだけだ。

 それでも心の声と表情が伴っていないので、よく「どっしり構えた頼れる男」と誤解されやすい。

 内心ではいつも迷ってばかり、不安なことや心配なことで頭の中が一杯で悩みも多い。

 それが顔に表れないものだから余計に心の内を見せられないのだ。

 唯一戦士が内気で恥ずかしがり屋であることを知っている勇者は、彼にとってたった一人の親友である。

 たまに表情にも口にも出していないのに勇者だけは戦士が不安に感じていることを指摘することがあるので、戦士本人が驚くことが何度かあった。

 勇者と呼ばれるだけあって、彼にはきっと不思議な力があるんだと、戦士は心から信じている。


「おい、離せこのデカブツ! 力比べで俺に勝てると思うなよ!」


 そう言い放った聖女(?)であったが、戦士のホールドが解けることはなかった。

 一目瞭然である。筋肉の塊のような戦士の肉体と、筋力をつける修行をしていたわけではなかったごく普通の少女の体とでは力の差は歴然である。

 改めて自分の体がいつの間にか子供の姿になっていることに、本人が理解し始めてきた。


「おいこれ、まさか俺……幼女になっとる?」


 そう確信した瞬間、脱力したように戦士の太い腕の間から少女の両手がぶらりと垂れた。

 衝撃のあまりぶつぶつと小声で呟きながら絶望顔をしている少女を見て、勇者と戦士は今だとばかりに洗礼の間へと急ぐ。


 先に女僧侶が到着していたので、観音開きの扉が大きく開け放たれており、奥の方には数人の司祭や僧侶が集まっていた。

 その中に息を切らせながら事の顛末を説明しているだろう女僧侶の姿も見える。

 中心には煌びやかな法衣に纏った年配の男が難しい表情をいていると、ようやくこちらに気付いた様子だった。勇者達は息を整えながら歩を進める。

 どよめきながら司祭達が見守る中、戦士は慎重に少女を下ろす。


「彼女から大体のことは聞きました。聖女様に異変が起きたとのことですが。具体的には言葉使いの他に何か変わったことはありませんでしたか?」


 大司祭の言葉に勇者は禊の後の少女の様子、言動を思い出そうとする。


「まず最初に、親父……と叫んでいました。それから自分の姿を見て驚いている様子でした。異変に気付いたオレ達が無礼にも聖女様に向かって武器を向けた時に、聖女様ではない何者かも武器を取り出そうとしてる仕草をして、恐らく武器の名称であろうチャカ? がない、と呟いて。そしてこれ以上暴れたりしないようにおれが聖女様に対して手刀を……、気絶させて。ここへ向かう途中に意識を取り戻したのですが、やはり自分の姿が少女であることに驚愕していて、今はこの通りです」


 嵐のような一瞬の出来事であったが、勇者が思い出せるだけの出来事を包み隠さず話した。

 事と次第によっては処刑されるかもしれない、そんな不安を抱えながら。


「ふむ、わかりました。それでは私からも聖女様に語りかけてみるとしましょう。彼女に悪魔が取り憑いたのか、そうでないのか。真偽を確かめなければ」


 大司祭がそう言うと周囲にいた司祭達が危険だと止めようとしたが、片手で制し、少女に歩み寄る。

 少女は今もなお黙ったまま周囲を、ここに集まった人間達を観察していた。

 すると大司祭が話しかける前に何か思いついたのか、ポンと両手をついて誰ともなしに言葉を発した。


「なるほど、わかったぞ? お前これ、異世界なんちゃらってやつだな?」

「え」

「転生? 転移? 別に生まれ変わったわけじゃないから転移ってやつだな。子分の奴がハマっとったわ。ラノ、ベ? 今そういうのが流行ってるっての。俺は詳しくは知らんし、子分の話も上の空で聞いとるからよくわからんが、要するに俺はここで何と戦ったらええんじゃ」


 突然合点がいったと言わんばかりに饒舌になった少女に対し、話の意味が分からず全くついていけない勇者の頭の中は「?」で埋め尽くされていた。それは戦士や女僧侶も変わりない。

 しかし大司祭だけはにこやかな笑顔を崩さぬまま、首から提げていたロザリオを握りしめて声を上げた。


「奇跡です!」

「え」

「これは大地母神マーテル様が起こした奇跡なのです!」

「どうしてそうなるんですか」と、これは勇者。

「常日頃から悩んでおりました。予言により魔王復活が秒読みとなっている中、それに対抗出来るのはこんな幼い少女でいいのか、と。毎日祈り続けました。せめて少女が成熟し、辛い旅にも耐えられるほどの力を身につけてから出立出来ないか、と。聖女様の精神面も悩みの種でした。邪教徒討伐を使命に育成されたとはいえ、年端も行かない少女の心が壊れてしまわないか。だがそれもマーテル様の奇跡によって解決されたのです! 見なさい、今の聖女様を!」


 そう演説しながら大司祭は目の前にいる少女を指し示し、声高らかに続ける。


「相手が目上の人間であろうと物怖じしないこの図太い神経!」

「おい」と、これは少女。

「勇者から聞いた話、そして彼女の言葉で理解しました。今我々の前にいるのは、我々が慈しみ育てた聖女様ではありません。いえ、姿形こそ聖女様ですが、その魂! 彼女の中にいる魂は魔王復活を阻止するべく、本来のいたいけな少女に代わり悪を滅する強靭な魂の持ち主が宿ったのです!」


「な、なんだって!?」と、驚いてみせたものの勇者と戦士にはまだ半分も理解出来ていなかった。

 つまりどういうことなのか説明を求めようにも、勇者達の周囲にいる人間達は皆揃いも揃って感動し、涙を流していた。もはや説明を求められる状況ではない。

 展開についていけない勇者に、驚くことに賛同したのは聖女(強靭な魂の持ち主?)だけだった。


「お前達も大変じゃのう。こんなバカ共の相手をせにゃいかんとは」


 言葉使いはともかくとして、自分達のことを慰めようとしてくれるその気持ちだけは素直に受け止めようと勇者は思った。



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感想も一言さえもらえれば、具体的でなくても嬉しいです。

よろしくお願いします。


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