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幕間 5

 めちゃくちゃ快眠で翌朝まで起きなかった金髪は、兄貴もとい聖女に謝罪をした。

 聖女もあれから一人残されてどうしようかと戸惑っているところに、組長が現れてお礼をする為に組長の自宅に招待されて食事と眠る部屋を与えてくれたことを話した。


「どうなることかと思いましたが、おじさまは何も言わなくていいと言って、私が過ごしやすいように色々とお世話をしてくださいました」

「いやぁ本当にごめんよ聖女ちゃん。まさか眠りの魔法があんなにすごい効果てきめんだとは思わなくてさ。昨日の疲れ全部取れたわ〜」

「そうですか、それはよかった」

「あれ、聖女ちゃんってもしかしてツッコミじゃなくてボケタイプだったりする?」

「はい?」

「あ、うん、ごめん。なんでもないわ」


 外見がどうしても敬愛していた兄貴なせいで調子が狂う金髪であったが、今はそう言ってる場合ではない。現状聖女の本来の世界に帰る方法がわからない以上、ひとまずここでの生活を問題なくやっていくことを最優先にしなければ、最悪死ぬ。


「あのね聖女ちゃん、君の世界でも魔物とかそういうのがいるだろうから命の危険があるのは変わらないとして。こっちの世界も同じように物騒なわけよ。だからせめて帰る方法がわかるまでの間、こっちで安心安全に暮らす為の知識をレクチャーしようと思うんだ。オッケー?」

「なんだかよくわからない単語がありますが、そうですね。私もこれ以上無関係の方に迷惑をかけるわけにはいきませんので、よろしくお願いします」


 金髪は一日の過ごし方をゆっくりと実践しながら説明して行った。

 まずは兄貴の本来の自宅、家の中での過ごし方、食事、排泄、お風呂、洗濯、買い物など。兄貴に悪いと思いつつ、プライベートなところを目にしながらそれらを聖女に一つずつ使い方などを説明していった。

 日常生活を過ごす術を知らなければ、常に金髪がやるわけにいかない。そう思って彼は抜き方も教えようとして、それはさすがにちょっとあれかと思ってやめておいた。


「まぁこんなもんかな。わかんないことあったら電話して。あ、スマホの使い方わかんないよね? なんか色々たくさん説明ばかりしてごめんね? もっとゆっくり教えてあげたいんだけど、ほら、仕事もあるし。紙に書いて教えようにも多分これ文字の読み書きなんて通じないっしょ」

「いえ、多分大丈夫だと思います。色々とありがとうございました」


(やっぱり調子狂うわ〜。兄貴がこんなにお礼言うのなんて滅多にないから、なんだこれ。なんかもうこのままでいいような気がしなくもない)


 そんなことを思いながら、最後に最も重要なことを教える。


「あのね、俺達って一応仕事してるんだわ。ヤクザっていうお仕事なんだけど。なんていうか、ある意味ギルドみたいなやつね。俺達はそこのギルドで仕事をもらって、護衛とか、売買とか、送迎とかするわけ。でも聖女ちゃんはしばらくそれ免除されそうだから心配しなくていいよ。親父から言われたんでしょ? 調子悪そうだからしばらく休んでていいって。よかったじゃん。ゆっくり日常生活覚えたらいいよ」

「ギルド? ここにも冒険者ギルドがあるのですね? それなら魔王討伐に関する情報とか、元の世界に帰る情報なんかもあったりしないでしょうか」

「あー、ないと思うよ? うち冒険者ギルドっていうより、なんつーかほら、盗賊ギルドと傭兵斡旋みたいなやつをミックスした感じだから? それにこっちの世界には魔王とかいないし」

「そう……なんですか。わかりました。残念です」


 行き詰まった。何の手がかりも情報もないまま無為に過ごすことになるのかと思ったら頭が痛くなってくる。こんな状態の兄貴とあと何年付き合ったらいいのかわからない。それならどんな姿かわからないが、聖女の姿のままでこっちの世界に来てほしかったと心から思う。


「とりあえず聖女ちゃんの今の姿はいかついおっさんだからさ。敬語ならそれはそれでいいけど、あんまり女子っぽい言葉使いはしないようにお願いね? でないと兄貴がそっち系って思われちゃうから」

「はい、気をつけます」


 沈黙が流れる。


「え〜っと、とりあえずあれだ、ほら。ずっと家ん中に閉じこもるのもなんだし、外出してみる? オレが一緒に行くから大丈夫だと思うし。もしかしたら他にも何か変わっているかもしれない」

「そう、ですね。よろしくお願いします」


 何の進展もないまま沈黙状態が続いて話題を提供し続けることに苦痛を感じた金髪は、気分転換も兼ねて散策することにした。外の世界はやはり聖女にとって初めて見るものばかりのようで、小さな子供のようにあれは何これは何と色々と聞いてきたので保育士になったような気分になる金髪。

 見た目が怖いいかにもヤクザな男相手に丁寧に説明する自分が、なんだかひどく滑稽に思えた。

 そんな時、縄張り争いで敵対している組のヤクザに運悪く出くわしてしまう。予想はしていた。


「おうおうおう、ここはこっちの縄張りやって前にも言うたやろがい! まだわからんのかこのボケェ!」


 ぽかんとする聖女。絡まれていることに気付いていない様子だ。


「お前のことじゃボケェ! こないだはよくもうちの若いモン病院送りにしてくれたのう!」

「聖……兄貴、行きましょうか。レベル1にはちょっとハードルが……」

「ああん? 何抜かしとんじゃ下っ端が!」


 いつもならこうも煽られたら喧嘩は即買って兄貴と二人で病院送りにしているところだったが、今の兄貴は聖女であって恐らく喧嘩レベルは1のままだと踏んだ金髪はことなきを得るためにその場を離脱しようとする。しかし相手は三人、回り込まれて逃げ場を失った。あ、これゲームで見た逃げられないやつじゃんと金髪は苦笑いした。


「争いは、何も生み出しません」

「は?」

「大地母神マーテル様はこう説きます。相手が何者であろうと、まず知ることから始めましょう。同じ種族の人間であるならば、必ず共通点があります。分かり合えることがあります。価値観が異なっても話し合ってお互いに譲り合う心を尊重すれば、争いなど起きないのです。別種の共存関係ならば、まずはお互いを知ることから始めましょう。共通点がなくとも理解しようとする心があれば、争いなど起きません。全ては話し合い、知り合い、理解を深め合うことこそが平和への第一歩となるのです」


 聖女は両手を胸の前に組んで、祈るように信仰する神の教えをヤクザに説いた。聖女は更に祈る。信仰は奇跡を起こす。きっと彼らは闘争本能に駆られて冷静でいられなくなっているだけなのだ。心を落ち着かせてあげれば、きっと話は通じるはずなのだ。

 聖女は魔力を込める。この世界では難しく感じられた魔力の込め方が少しずつ出来るようになってきたのか、先日よりもずっと早くコツを掴んできた。

 しかし聖女が心を安静にさせる魔法名を口にする前に、彼らに魔法の効果が現れた様子だった。


「はい、おっしゃる通りです!」

「え」

「僕たち、間違ってました!!」

「女神様に諭されて、自分たちの過ちに気付けました!!」

「女神……え、なんで?」


 聖女の姿はどう見ても兄貴のままだ。にも関わらず彼らが聖女に向かって「女神」と呼ぶのは明らかにおかしい。それに目がおかしい。完全にラリってる。


「ちょっと聖女ちゃん、一体何したんよ?」

「え、え? おかしいですね。私は心を落ち着かせる魔法をかけようとしただけなんですが。あの人たちの目の状態は……。どうやらトリップの魔法が発動してるみたいです。この世界でうまく魔法が使いこなせなくて暴走したのかもしれません。どうしましょう」


 どうしましょうと言われても、と思いながらこれはこれでもう別にいいんじゃないかと思った金髪は、彼らを放っておいてその場を去ることにした。

 魔法の暴発によりひとまず問題をクリアしたと思った金髪に上層部の一人から電話が来た。電話によると組の本部で変なことが起きているから来い、と言うものだった。わけがわからず聖女と本部に向かう。


 本部に入ると楽しげな声が聞こえてきた。

 すると先ほど電話をかけてきた上層部の男が慌てたように走ってくる。


「お前は平気そうだな。なんか組の連中がおかしなことになってる。ちょっとお前たちも来い」


 そう言われて中に入ってみると、確かにおかしかった。

 ここはヤクザの本部だ。いかつく柄の悪い連中がたむろしているが、基本的には規律正しい態度を重んじることを組長から躾けられている。しかし彼らの様子はどうだろう。

 明らかに酩酊状態に近く、それでいて乙女だった。


「いやいやちょっと待て、乙女って?」

「これは……、もしかして私の魔力の影響でしょうか」

「どういうことよ聖女ちゃん?」

「つまり、先ほど私達に喧嘩を売ってきた方々と同じようなことがここでも起きているということです。この方達は昨日私と一緒の空間にいた方々のはずです。先ほどもそうでしたが、恐らく魔力の暴発によって彼らもトリップの魔法がかかった状態になってると思われます」

「さっきから出てくるそのトリップの魔法ってどんな効果があんの?」

「一言で言えば、本来の人間性から正反対の気性に変化する魔法です。例えば殺意に満ちた相手に使えば、その相手は殺意がなくなって非常に大人しくなる。安静にさせる魔法に近いようですが、トリップの魔法はいわゆる薬物中毒に近い状態です。冷静な思考が出来なくなり、かつ平和的な思考へと変化します」

「あー、要するにラリってるわけね」


 見てみれば酷い惨状だった。

 誰もが歴戦の戦士の如く厳つい顔つきをした強面達が、全員にこやかになりながらあみぐるみを編んだり、お菓子作りをしたり、貴族の令嬢のようにお茶菓子を並べて歓談したりと、全員が乙女のように和やかな雰囲気を醸し出して、とても気持ち悪かった。


「聖女ちゃん、これ、いつ解けんの?」

「多分、私がいる限り……、皆さんこのままかと……」

「いや、地獄絵図!」


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