第8話 別ルートのクロエ
「で、この先どうなるのよ」
「え?」
クロエは彼女をキッと睨んだ。
「とぼけないで答えなさい!私はこの先ロジェに永遠にフられ続けるのか、それともジョエル王子と結婚するのかって聞いているの!」
するとリリアーナは困ったように微笑んだ。
「私が知っているのは、色々な人の人生の一部と、少し先の未来でした。でも私とユーグ王子が結ばれて、誰も不幸にならない『オールハッピーエンド』になった。つまりここで物語は終わっています」
クロエは唖然とした。つまりなんだ、『リリアーナの知る世界』は終わったというのか。
「じゃあ、この先何か起こってもあなたはどうなるか分からないっていうこと?」
リリアーナはにっこり笑った。
「はい。ですからロジェがこの先誰と結ばれるかは全く存じ上げません!」
この子は自信満々に何を言っているのか。言うに事欠いて『知らない』などと。クロエは目を瞬かせ、ややあって彼女の意図に気付いた。
(なるほど、わざわざ声をかけてきたと思ったら・・・・・・)
「何よそれ、慰めのつもり?そんな慰めなんてあっても無くても一緒よ」
いや、それはむしろ自分を惨めにさせる。けれどもリリアーナは笑っていた。
「そう、一緒なんです。あなたはずっと『悪役令嬢』なんですよ、クロエ様」
「え?」
何のことかは分からなかった。するとリリアーナはズイっと前のめりになった。
「何を弱気になってるんですか!この世界の仕組みを知ったって、あなたはあなたです。私の知ってるクロエ様なら、ロジェがどう思っていようと、自分の道を突き進んで自分の好き勝手して、そして絶対幸せになるはずです!」
リリアーナの青い目を見ると、いつもは怒りでいっぱいになるのに、今日はなんだか泣きそうになった。
(どうしてこの子の心は、こんなに綺麗なんだろう)
いつも綺麗事ばかり並べてて、クロエがどれだけ意地悪してもへこたれない。いつも変わらず笑っている。そしてみんなに愛される。
「生意気なのよ、あなた」
クロエの声は消え入るような声だった。
「そういえば、クロエ様は私が転入した時もそう仰ってましたね」
リリアーナは笑って言うが、それほどいい出会い方でもなかった。もしかしたらリリアーナは他にも何か知っていることがあるのかもしれない。だからこその余裕。でなければこんなに敵であるクロエに関わりを持ってくる意味が分からない。
「でもクロエ様には何よりも無敵の必殺アイテムがありますよね?」
「?」
なんのことだろうと首を傾げた。
「ズバリその美しい顔ですよ!その顔があればなんだって許されます!」
クロエは一瞬驚いて、俯いた。そして息を吸って心を整えてから、自信満々に唇の端を吊り上げてやった。
「あらー、そんなこと言われずとも知っているわ。平凡なあなたと一緒にしないで下さる?私はこの国の『伯爵令嬢』なんですから!」
いつものクロエになったのを見て、
「はい!」
とリリアーナは嬉しそうにした。助けられたなんてこれっぽっちも思わない。でもお人好しだとは思った。
「・・・・・・フンっ。ゲルト!帰るわよ!」
そうしてクロエはゲルトを引っ張って城を出た。
(何弱気になってたのかしら)
今まで、今日以上に窮地に陥ったことは幾度となくあった。親に違う未来を望まれたのも、好きな人が振り向いてくれないのだって今に始まったことじゃない。なら、今まで通りにやるだけだ。
(未来は決まっていない。そしてリリアーナはもう、神の使いじゃない)
クロエはキッと空を睨みつけた。眩しい太陽と、雲一つ無い空。立ちはだかるものは何も無い。
(私は私の好き勝手するんだから。ロジェの為なら、なりふり構ってられないわ!)
***
王宮に戻ると、執事が心配そうな顔でこちらを見ていた。
「クロエ様と何話してたんですか」
「ノエル!」
リリアーナは顔を明るくした。クロエ以外で自分の転生を知る唯一の人物。五歳で前世の記憶を取り戻してから、十個上のノエルはいつも兄のように接してくれていた。
だからリリアーナにとってノエルは一番親愛を感じている人物だ。
「またクロエ様に意地悪されませんでしたか?」
「ええ、全然」
ノエルはホッとした顔をした。
「まあクロエ様も卒業して少し性格が丸くなられたとは思いますが、気を抜かないで下さいね」
「大丈夫ですよ。クロエ様は本当は優しいですから」
リリアーナ、もとい生前の杉島愛美は、前世で乙女ゲーム『愛すべき花々』の大ファンで、ある日事故死したところこの世界に転生したのだった。
実は、もしもあのままリリアーナがアンハッピーエンドに突き進んでいれば、ロジェは闇堕ちしていた。
つまりロジェは、どう転ぶか分からないキーパーソンであり、オールハッピーエンドに持ち込むのにそれはそれは苦労した。
そしてもしロジェが闇堕ちした場合、ロジェはリリアーナを殺そうとして、クロエがリリアーナを庇って代わりに死んでしまうという結末が待っていた。
(あれは衝撃的過ぎました・・・・・・)
愛美は前世でプレイした時、クロエが発したあまりにも悲しくて忘れられないセリフがあった。
『リリアーナは嫌いだけど、ロジェが愛したリリアーナを殺させはしないわ・・・・・・だって私は本当に、ロジェを・・・・・・───』
クロエはリリアーナを庇った訳ではない。ロジェが愛するリリアーナを殺させない為に、身代わりになった。
そしてロジェはようやく我に返るのだ。
(クロエ様、あなたのロジェへの愛は確かに本物なんですよ)
だからリリアーナは、どんなに意地悪されてもクロエを憎みきれない。彼女には彼女の信念があった。リリアーナ今でもクロエの幸せを願っている。
何よりこの世界はもはや杉島愛美の知る世界ではない。
(私が転生したことで、この世界も少し変わった)
だからユーグ王子を助けるのに、どうしてもクロエの協力が必要になった。そしてユーグ王子の冤罪を説明する為にやむを得えず、この世界の仕組みを教えた。
(でも本当に納得してくれるなんて・・・・・・)
それはほとんど賭けだったが、理解が恐ろしく速かった。やはりクロエは聡い人間だったのだと、リリアーナは小さく笑んだ。