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第6話 突然の求婚


 ***



 庭の片隅でケーキをつつきながらロジェを眺めていると、離れていても分かるほどの酒気を感じた。クロエとゲルトは「「ゲッ」」と呻く。


「よぅ、お嬢」


 案の定、酒の匂いの正体は公爵ヘクターだった。クロエはハンカチで鼻を覆いヘクターを睨み付ける。


「相変わらず酒臭いのねヘクター。太陽はまだ真上にすら来てないわよ」


 公爵とはいえ呑んだくれ知己ヘクターには呼び捨てで十分だ。何より彼自身も丁寧な扱いを望んでいなかった。


「それよりお前に朗報だぞ」


「朗報?」


 クロエの怪訝そうな目付きに、ヘクターはニヤリと笑う。


「今ユーグ王子とジョエル王子の話を盗み聞きしたんだがな」


「ツッコミたいけど今は黙って聞くわ。それで?」


「ジョエル王子は今日お前にプロポーズするそうだ」


「「今日!?」」


 これまたクロエとゲルト声が被った。ヘクターは声を出してケラケラ笑う。いや全然笑いごとではない。


「相変わらず仲良いなお前ら」


「それは本当ですか?ヘクター様」


「嘘ついてどうするんだよ」


「そうね、ヘクターは冗談は言うけど、嘘はつかないわ」


 さり気なく漏れ出た言葉に、ヘクターは軽く瞠目して、クロエの頭を軽く小突いた。


「お嬢はバカだなぁ」


「なんですってー!?」


「それで、どうするんだよ」


 クロエはハッとして次いで舌打ちした。


「なんだってジョエル王子はそんな問題ばかり携えて来るのかしら、ホントにもー!ねえそれ今日言われて今日返事しなきゃならないの?」


 受けるつもりは微塵も無いが、即答して印象を悪くするのは忍びない。ヘクターはふむと考え込む。


「・・・・・・いや、再来週にまた舞踏会がある。その時に返事を貰うつもりなんじゃないのか?」


「隣国からはるばるよくもまあ何度もいらっしゃるわね!」


 何回来るんだ。そしてどうしてこうも都合良くイベントが続くのか。


「でもよかったじゃないか、このままだとお前は一生嫁に行けないと思ってたからな」


 ヘクターの言葉にクロエは目を見開いた。


「・・・・・・やっぱりそう思う?」


「だってあのロジェだぞ。これと決めたらとことん貫いて、リリアーナが死んで十年くらい経って六十歳のジジイになって、やっと誰か他の人間を好きになってもいいなとか考えそうじゃなねぇか」


 クロエはガタッと立ち上がった。


「それ、めっっっちゃくちゃ思ってた!!!」


め長過ぎだろ」


「そうなのよ!四半世紀は私を選ばなさそうよね、絶対。分かる」


「なんでクロエ様が一番共感してるんですか」


「だって・・・・・・」


 クロエはロジェの性格をよく知っていた。知っているだけに分かるのだ。いかに自分が眼中に無いか、ということが。


 すると周りがざわめき始めてクロエは嫌な予感がした。振り返ると、やっぱり嫌な予感は当たっていた。


「ほら、ジョエル王子のお出ましだぞ」


 薔薇の花束をを持ったジョエル王子は涼しい顔で颯爽と現れ、ひざまづいてクロエへの愛を語ったのだった。



 ***



「───で、どうしたんだ?」


 例のごとく父に呼び出されたクロエはため息をついた。


「とりあえず、次の舞踏会でお返事します、とは言いました」


 これは返事に困っていたクロエに対してジョエル王子からの提案だった。次の舞踏会までに返事を聞かせて欲しいと。勿論それ以外に答えようがないので、ある意味王子に丸め込まれたとも言える。


「そうか。ではクロエ、ジョエル王子と結婚しなさい」


 父の言葉にクロエは目を剥く。


「ど、どうして!?お父様この前は好きにしていいって言ったじゃない!」


「それはジョエル王子が本気かどうか分からなかったからだ。けれど今回のパーティーだけならず、次の舞踏会にまで足を運んで下さる。ならばその意思は固いのだろう。それにジョエル王子は未来の隣国の国王だ。断る余地が無い」


 その言葉にクロエはふつふつと怒りが湧いてきた。


「だから結婚しろと言うの?権力だけで結婚相手を選ぶの?」


「お前だって顔だけでロジェを選んでるだろ」


 プッツーンと堪忍袋の緒が切れる音がした。


「見損なったわ!お父様のバカ!!!」


 そしてクロエが勢い良く扉を閉める音と、けたたましく走り去る足音が廊下に響き渡った。


(そりゃロジェの顔は好きだけど、ちゃんと中身も好きなのよ!顔が好きな割合の方がちょっと大きいだけなんだから!)


 と、今更心の中で叫んだって、勢い任せに出てきてしまって父に言えなかったのだからどうしようもなかった。



 ***



「姉上、父上に怒ってどうするんだよ。しょげてたぞ」


「なんとでも言いなさい。私だって無計画にロジェを好きでいるわけじゃないわ」


 クロエはバルコニーに追いかけて来た弟イレールを見やった。三つ下でこの家の跡取り。


「姉上の資産運用が上手くいってるのは知ってるけど、親の心子知らずとはこのことだよ」


「・・・・・・知ってるわよ」


 イレールが家督を継ぐので、クロエには爵位が承継されない。だから父は焦っているのだ。自分の目が黒い内にクロエを嫁がせて安心したいのだ。


「イレール、あなたも私の恋路を無駄と言うの?」


「さぁどうかな。でも、とにかく人の邪魔ばかりして威張り散らしてた昔に比べたら、姉上はずっと人間らしくなったよ」


「褒めてるの?貶してるの?」


「褒めてるんだよ。まあ僕はロジェが義兄になるのもアリだと思うから、せいぜい頑張ってよ」


 クロエはフンっとそっぽを向いた。


「言われなくても」


 偉そうな弟だ。しかし反対はしてないみたいなのでクロエは内心少しホッとしていた。

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