第4話 思いがけず勇者から女神に
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最速で隣国までたどり着くと、クロエは早速例の勇者の剣がある教会の前に訪れていた。剣の噂はそこそこ有名で、教会は観光スポット的存在になっており、多くの力自慢が我こそはと意気込んでいる。
伯爵令嬢クロエもその中の一人で、ちゃんと順番を抜かず列に並んでいた。そして誰も引き抜けない中、とうとうクロエにも順番が回ってくる。
ハラハラした顔でゲルトが見つめる中、クロエはぐっと腰と足に力を入れた。
「さあ、ドンと来なさーい!」
そう叫んで剣に手をかけた時だった。数秒足らずで「スポッ」と間抜けな音と共に剣が抜ける。
「へ?」
引っこ抜いた剣を見てゲルトは驚愕した。
「えぇ!?」
ドン引きのゲルト。開始五秒で抜ければ無理もない。周りのギャラリーもざわめく。観光客どころか教会の人も、街の人もぞろぞろ集まって来てクロエを見つめた。クロエは剣を眺めながら冷や汗がたらたら流れ出た。
(え、思ったより軽かったんだけど・・・・・・。というかこれ本物なの?てか私もしかして本当に勇者だったの?)
実は八割は観光が目的だったのに、いざ剣を引っこ抜いたら拍手よりも「え、マジで抜いたの?しかも君みたいな弱々しい女の子が?」みたいな驚きと疑いの眼差しを向けられた。
ひとまず二人はそそくさと退散した。あの居た堪れない場は何なのだ。ちなみに剣は元に戻しておいた。
とりあえず気を落ち着ける為にも、クロエはゲルトと一緒にアフタヌーンティーを注文した。ゲルトは従者だが、ある意味友人でもあるので時々こうしてカフェに訪れる。そして紅茶や甘い菓子を堪能して静かに過ごしていた。だがクロエはなんだか味がしなくて落ち着かなかった。何か嫌な予感がする。
すると何をどこから聞きつけたのか突然城から使いが来て、クロエは勇者として招かれてしまった。本当にあっという間の出来事でどうやって馬車に乗ったのか覚えていない。
貧相なワンピースから絢爛豪華なドレスに着替えさせられて、クロエはガタガタと震えた。椅子に座らされたクロエの横に控えるゲルトも顔が青い。二人共現在の状況が全く理解出来ていない。
「ゲルト・・・・・・なんだか大変なことになっちゃったわね」
「クロエ様が勇者の剣抜くって言い出したんじゃないですか」
「あのね、今思ったんだけど、私は剣の上達をする為に稽古していたのであって、勇者になる為じゃなかったわね」
「今更気付いたんですか!?」
「だって!早くロジェと剣友達になりたかったんだもん!」
ロジェと剣友達なるってなんだろう。自分で言っておきながら軽く首を傾げてしまった。
「クロエ様、ジョエル王子のおなりでございます」
「「王子!?」」
クロエとゲルトの声が被った。実はただの迷信かと思ってたが、王子がわざわざ出て来るということは勇者の伝説は本当なのか。
(本当に魔王倒しに行けとか言われたらどうしよう!!!)
魔王なんて居るはずがないのにうっかりそんなことを考えてしまった。するとそこに、青い目の王子が現れた。整った顔立ちで、微笑むとより美しさが際立って、不思議な雰囲気の王子だった。
「はるばる隣国からようこそお越し下さいました、クロエ嬢。お会い出来て光栄です」
「お、おほほ、ありがとうございます。私もまさかジョエル王子にお目通り叶うとは思っておりませんでした」
横で聞いていたゲルトはギョッとした。
(クロエ様、少し口調が変です!)
(分かってるわよ!緊張してるの!)
二人は目を合わして心の中で以心伝心していた。
同じ学園の生徒だったユーグ王子ならまだしも、隣国の王子に出会う機会などそうそうない。しかも今回はなんの前触れも無かった。緊張するなと言う方がおかしい。
「隣国の公爵令嬢がここまで美しいとは思いませんでした」
「いえそんな。私なんてそんな大したことありません。王子の見目麗しい容姿の前では霞んでしまいます」
それは事実だった。特にジョエル王子のエメラルドブルーの瞳は、同じ青い目をしているリリアーナと違って全くイラつかない。むしろ心を穏やかにしてくれる海のような爽やかさだ。
「でもまさか、あなたのようなご令嬢があの伝説の勇者の剣を抜かれるとは」
本題を思い出したクロエはまた冷や汗が流れ出た。
「あの、あれはただの迷信・・・・・・ですよね?」
ジョエル王子は目をぱちくりさせて、おかしそうに笑った。
「はい、そうですよ。あれは数十年前に、観光客を増やそうと国家機密で画策した事業だったのですが・・・・・・」
((やっちゃったー!!!国のメンツ潰しちゃった!!!))
クロエもゲルトも心の中で叫んだ。しかも国家規模での事業を数十年で潰してしまったということか。下手をすれば国を荒らされたとかで戦争にならないか。ちなみにゲルトはすでに泡を吹いている。
しかしジョエル王子はニコニコと笑っていた。
「点検が足りなかったみたいですね。でも、あなたのような美しい女性に抜かれたなら剣も本望でしょう。
これからはあそこには女神像を設置して、新しい観光資源にしようと思います。伝説の女神の逸話が出回るとは思いますが、その辺は悪しからず」
「は、はーい」
(ちゃっかりしてるわねこの王子)
少し抜けてるユーグ王子とは全く違う。しかしこの際上手いこと解決してくれるならなんだって構わない。
クロエは本当に勇者になるつもりなんてないし、戦争を避けるなら喜んで女神にでもなんでもなる。
「そうだ、今夜は是非城にお泊まり下さい。歓迎します」
帰りたい、なんて言える立場に無かった。クロエとゲルトは豪華な客室へ案内され、広間で国一番のシェフによる食事を堪能し、盛りだくさんのお土産を渡され、そして盛大なお見送りをされた。これらの怒涛のスケジュール末に導いた結論、それ───。
「───ただの旅行じゃないのこれ!」
クロエはハッとした。
「なんだったんでしょうね、この旅」
「私にも分からない」
二人は馬車の中で、まあ無事帰れるならそれでいいかとお土産のクッキーを貪りながら自国に帰ったのだった。