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最終話 幸せは掴みにいくもの



 ***



 彼女はまた、雲ひとつ無い空の下を走る。短いブロンドの髪をたなびかせながら、ワンピースの裾をひらめかせながら、ただひたすらに走っていく。


 ゲルトはクロエの背中を見つめていた。時折立ち止まってしまう彼女を慰めては、また走っていく彼女を追いかける。・・・・・・これは今までの話。


 今日はもう彼女が立ち止まることはない。


「クロエ様、そんなに急がないで下さい・・・・・・ぜぇ!息が、切れて・・・・・・ぜぇ!」


「ちょっとあなたまだ二十代でしょ!?みっともないわね!」


 クロエは振り返って、ゲルトを見やった。罵りながらも、この人はなんて眩しい笑顔をしているんだろう。ブロンドだから余計にそう感じたのかもしれない。


「私は幸せを待ったりなんてしない───自分で掴んでみせるんだから!!!」


 さっきまでへこんでいたのに、急に持ち直して猪突にどこまでも突き進んでいく。これが本来の彼女だ。


 だから出来れば、彼女の髪を切るのは今日で最後にして欲しい。本当は自分の髪が母親と同じだと言われて、愛着を持っているのを知っていた。


 なのにそれを気付いているゲルトに、クロエは髪を切れという。なんて残酷なんだろう。でもこれは、本当の自分をロジェに見て欲しいというクロエの決意なのだ。


 ゲルトは足を止めた。いつものように彼女の背中を見送る。


(神様、どうかクロエ様の髪が短いのは、今日が最後でありますように・・・・・・)


 クロエの人間性が好きだ。どこまでも欲望に忠実で、時々不可思議な優しさを持つ矛盾を抱える。それがとても愛おしい。



 ***



 短くなった髪を見てロジェは軽く目を見張った。


「髪、切ったんですね」


「ええそう。もう一度やり直す為にね」


「やり直す?」


 クロエはニッと笑う。


「あの時プロポーズを断ったことを撤回させてほしいの」


「・・・・・・では───」


「でもね、プロポーズするのは私だから!」


 言葉を遮られてロジェは驚いた顔をした。


「はい?」


 すうっと息を吸って、クロエは彼を真っ直ぐに見つめた。ああ、本当に美しい顔立ち。でも。


「私は確かにあなたの顔が好きだけど、でもあなたの性格も、たたずまいも、ざまも、本当に、全部好きです!!!」


 好きになってくれないから諦めるのか。違う。そんなことで気持ちは変わったりはしない。


 クロエはそれで隣国の王子すら袖にした『悪役』なのだ。すっかり忘れていた。自分がロジェを好きならそれでいい。それが大切なことだった。


「あなたに最初にフラレた日から、あなたを振り向かせたくて必死だった。私はずっとあなたが欲しかった。でも今はどっちかっていうと、私の全部をあなたにあげたい!」


 欲しいと願っていたけど、それは『自分が幸せにした彼』が欲しかった。


 恋なのか愛なのか判別つかない。それでもこれだけは伝えたい。


「約束します。私は絶対にあなたを幸せにする。だから私と、結婚して下さい!!!」


 何百回言ったか分からないこの言葉。同じ言葉なのに格段に違う何か。


 彼を幸せにするのがクロエなら、その経過で本意ではない結婚があってもいい。必ず覆してみせる。


(ロジェが喜ぶ顔が見たい。泣いてたら慰めたい。怒ったら理由を聞きたい。でも時々でいいから、振り返って自分を見て欲しい。そして幸せいっぱいのあなたを見ていたい)


 やっぱり自分は欲張りだと思う。クロエはロジェを見つめた。するとロジェは軽く視線を泳がせて、何かを決意したように口を開いた。


「あなたにこの前言い忘れたことがあります。しきたり通り妻を決める日、妻は選ばなかった。父からは絶対に選べと言われていました。それでも選ばなかったのは、あなたが居なかったからです」


 ロジェの深く赤い瞳がクロエに突き刺さる。


「・・・・・・俺の心を差し上げたら、信じてくれますか?」


 クロエは目を見開いた。それは絶対にありえないはずのセリフ。


「でも、あなたはリリアーナのことが・・・・・・」


「確かに俺の忠誠はリリアーナ様にあり、命も惜しくありません。残念ながらこれは俺の生ある限り永遠に変わりません。───でも、愛し慈しむ心だけはあなたに差し上げます」


 驚いて言葉が見つからないクロエに、ロジェは笑った。本当に記憶にも何度かしか残っていない、彼の心からの笑顔。


 それでもそれはいつも、向けられていたのは自分ではなかった。


 とうとう彼はこちらを向いてくれた。


「───結婚、お受けします」


 クロエは思わず顔を手で覆った。


「・・・・・・ありがとう、ロジェ・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・泣いてるんですか?」


「泣いてないわ!」


 顔を上げたクロエは額を押さえながらふらついた。ロジェは驚き、慌ててクロエを支える。


「大丈夫ですか?」


「ええ。結婚したら毎日あなたの顔を拝めると思うと、尊くて目眩が・・・・・・」


 何故だろう、尊いが一定のラインを超えると不調をきたすのだ。微笑みながら顔を青くするクロエに、ロジェは呆気に取られる。そしてため息をつく。


「やっぱり結婚やめようかな」


「なんでよー!?」


「さすがに冗談ですよ」


「さすがにって何!?もーひどいわ〜」


 なんだかんだで良い雰囲気にはならないが、これが二人のいつも通り。これでいい。クロエが望んだのは甘い関係ではない。彼の存在そのものだ。


(やっぱり、ロジェを好きになってよかった。彼が居るだけで私は幸せだもの)


 ただただ、そう思うクロエだった。



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