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第34話 くせ者で物好き



 ***



 人払いがされ、部屋にはロジェとリリアーナの二人だけになった。これはロジェから話があるからと頼んだものだった。本来なら侍女の一人は残すべきだが、何を察してかリリアーナの執事ノエルが上手く取り計らってくれた。


「ロジェどうしたのですか、あらたまって話とは」


 ロジェはリリアーナの前に跪き、目蓋を伏せがちに言った。


「俺はリリアーナ様に忠誠を誓いました。それは未来永劫変わることはありません」


「はい、分かっています」


 ハッキリと答えるリリアーナの声。けれども今日ばかりはその信頼が胸を傷めた。


「でも、俺はリリアーナ様以外の人も、いつくしんでしまうのです」


 リリアーナは少し考えて、()()の名前を口にした。


「それは、クロエ様のことですか?」


「───はい」


 ロジェは正直に答えた。


「本当は家の事情でクロエ様と結婚するかもしれませんでした。でも俺は自分の意思で、彼女と結婚しようと決めたんです。それは、彼女に心を渡すことになる」


 思わず目を瞑った。主にこんな罪の告白をするのは辛かった。けれども言わずにいることは不義理だと思った。いつかクロエが言っていたことの意味が分かる。


「忠誠とは命と心を渡すことだと思っていました。いつまでもリリアーナ様一筋だと。なのに俺は、クロエ様に心を揺るがされるんです。

 変わらないでいいと言ってくれたのはあなたなのに、一方で変わりたい自分が居て、これはあなたへの裏切り行為なのかもしれません。俺はこのままあなたの傍に居ていいのか分かりません」


 シンと沈黙が落ちた。


「・・・・・・顔を上げて下さい」


 ロジェは言われた通りにすると、リリアーナの青い目と目が合った。彼女の目はいつも不思議なくらいに澄んでいて、不思議と心が惹かれた。でも今日は、何故だろう、ただ彼女の心情のみを測ろうとしてしまう。


「あなたは、クロエ様が変わったから、自分も変わったと?」


「・・・・・・はい」


「それは───何もおかしなことではありませんね!」


 二パッと笑ったリリアーナに、ロジェは思わず拍子抜けしてしまった。


「え?」


「だってクロエ様を変えたのは私自身なんですから」


 それはなんのことを言っているのかと思ったが、すぐにユーグ王子の謀反を疑われた時だと気付く。


「それは確かに、クロエ様はユーグ王子の為に協力するように説得したのはリリアーナ様ですが・・・・・・」


 しかしそれにはかぶりを振られた。


「そういうことではないのです。説明しづらいのですが、そうですね、私はある禁忌タブーをおかしたんです。例えるならそれはこの世界の理を揺るがすような・・・・・・、簡単に言うと私はクロエ様に私の大きな秘密を教えた訳です」


 ロジェは眉をひそめる。


「その秘密とはなんですか?」


「それは言えません。女同士の秘密なんです」


 ますます混乱した。クロエには言えてロジェには言えないこととはなんなのか。


 リリアーナはロジェの肩にそっと手を置いた。


「変わらなくていいと言いながら私はクロエ様を変えて、そのクロエ様によってロジェは変わろうとしている。

 つまりあなたを変えてしまったのは私が原因でもあるんです。だから変わろうとしたって、なんらおかしな話ではないのですよ。私は変わらなくてもいいとは言いましたが、変わってはいけない訳じゃないんです。

 人は自然に変わりゆくもの、それがあなたにとって良いことなら、私はそれを推奨します」


 ロジェは思わずうつむいた。


(本当に、それでいいのだろうか)


 リリアーナは優しい。優しいが故に何事も否定しない。否定しないから、変わらないことも、変わることも許容する。


 何を思ったのかリリアーナは「ふふっ」と笑みをこぼす。


「それにね、忠誠と恋慕は違いますよ。心はいろんな方向に分岐するし、ロジェがどう思っても私を今まで支えてくれたのは事実なんです。私にはそれだけで十分幸せです。だから、あなたはあなたが幸せになれる道を進んで下さい」


「・・・・・・そんな中途半端な俺でも、あなたは私が傍でお守りすることを許して下さいますか?」


 するとやっぱり彼女は優しくて屈託の無い笑みを浮かべた。


「ええ勿論。クロエ様を愛していても、あなたが私とユーグ王子の傍に居てくれるなら、私達はそれを望みます」



 ***



「ロジェに会いに行かないんですか」


「うーん・・・・・・」とクロエ様は唸った。屋敷から出ようにも何故だか腰が重い。


 ロジェはあの夜、妻を選ばなかったと聞いた。会いに行くことに問題は無いが、会ってどうする。


「ブランクが長かったから悩むわぁ」


「一週間じゃないですか」


「まず一週間もロジェに会いに行ってないことが信じられないわよね」


 今までそんなことはなかったのに。


「ディオンが来た時もそうだったじゃないですか」


「話に水を差さなくていいの!」


「イダダ!」


 クロエはギュッとゲルトの手をつねった。


 不意にロジェのあの夜の言葉が脳裏に蘇る。


『結婚しませんか』


 しかし考えれば考えるほど、ため息しか出ない。きっとロジェにも色んな事情や考えがあっただろうし、彼を責めているのではない。むしろ責めるところは無い。


 正直あの夜は昔のように感情的になったクロエに落ち度があった。


(しかも若干記憶は曖昧だし)


 そういえばヘクターが何か話していた気がするが覚えてない。クロエはソファで横になった。


「あー、どうしてあんなに欲しかった言葉なのに、こんなに虚しいのかしら」


(まあそれは、ロジェ自身が望んでいないプロポーズだったからって理由だけど)


 つい自問自答してしまう。


 するとゲルトがクスクスと笑った。


「でもそれは本心からのプロポーズだったかもしれませんよ」


「・・・・・・どうしてよ」


 信じ難い言葉だが理由は聞いてみたい。


「個人的に『押してダメなら引いてみろ作戦』が効いたのかと」


「いつそんな作戦実行したのよ」


「前々から考えていたんですが、ディオンとの縁談でロジェに会いに行けてない日が続きましたよね?あれがその作戦と同じ効果を発揮したかと」


「そんな偶然ってあるのね・・・・・・」


 確かに色々作戦を尋ねたが、そんなストックがあったとは。


「実際本人にあれが本心だったのか尋ねられてはいかがですか?」


「質問して素直に答えると思う?」


「どうでしょう」


「どうしてそこで疑問形なのよ」


 そこは断言して欲しい所だ。


「でも俺の知らない内に、ちゃんと心の内を話し合える仲になっていましたね。あなたとロジェは昔の関係とは違います」


「まあ・・・・・・別の話で本心を聞いたことないってことはないけど」


「ほらね、そうでしょう?

 今ロジェから与えられても受け取れないのは、あなたが本当に前を向いていないからです。

 なりふり構わず突き進むのはクロエ様の本質で、長所なんです。だから自信を持って、ロジェに会いに行って下さい」


 ゲルトの笑顔を見て、クロエはしばらく考えて、ムクリと起き上がった。


「・・・・・・ゲルト、髪を切ってくれる?」


 聞いたゲルトはギョッとして悲痛な叫びをあげた。


「えぇっ!?せっかく伸びてきたのに!?」


「初心に帰るのよ」




 部屋の床に落ちていたブロンドを見て、伯爵家にやって来たヘクターは哀愁の帯びた目で髪を眺めていた。そこにハサミを持ったゲルトが現れる。


「あーあ、また髪切らせたのか。よくやるよ、このペテン師め」


 ペテン師とは勿論ゲルトのことだ。ヘクターはゲルトを睨んだ。しかし彼は悪びれることなくニコッと笑う。


「なんのことですか?」


「いつもそうだ、適当なことを言ってはお嬢に発破かける。それも()()()()()()()だから、タチが悪いったらありゃしねぇ」


 ヘクターはゲルトとクロエの話を一通り盗み聞きしていた。


『押してダメなら引いてみろ作戦』、()()()()そんな作戦があったのか。それはゲルトの即興話ではないのか。


 それにこの執事ごときにロジェの何が分かる。この男が話す言葉は何もかも根拠が無く、常に単なる推理だった。


()()()()()()()()()、クロエ様が元気を出すなら嘘でもなんでもつきますよ。嘘も方便です」


 嘘ではないと言っているのが余計に憎たらしい。


「実はお前が一番のくせ者だな」


「なんとでもどうぞ。それより、ヘクター様もいい加減、クロエ様に誰か別の他人を重ねるのはやめて下さい。そんなだから嫌われるんですよ」


 ヘクターはピクリと眉を動かした。


「いい度胸だな、ちょっと過去に研究院で成績が良かったからって調子に乗るなよ」


 確かゲルトは『人間』を研究テーマにしており、心理学にも通じていたはずだ。


 そしてゲルトは言われて引き下がる性格ではなかった。


「あなたこそお金があるだけでいつも肝心なことは何もしないじゃないですか。クロエ様を元気づけるつもりがないなら、フラフラこの家に現れるのやめてくれます?」


「俺は公爵だぞ?口の利き方には気を付けろ」


「ですから敬語ですよね?」


 バチバチと火花が飛び交う中で、バンっとクロエがドアを開けた。一瞬ヘクターの存在に嫌そうな顔をして、急いでゲルトを引っ張った。


「ゲルト何してるの!早く行くわよ!」


「ちょっ、分かりましたから、引っ張らないで下さいクロエ様!」


 台風のように去った二人を見て、ヘクターもまた屋敷を後にした。これだから若い人間には付き合ってられない。


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