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第3話 好き、美しい



 ロジェから離れてしばらくして、クロエは建物の影に潜んだ。ゲルトも一緒に引き込んで、クロエはそっと小声で呟いた。


「ゲルト、今の見た?」


「何をです?」


「ロジェのあの美しい顔よ!」


 クロエは顔を赤らめて両手で顔を覆った。


「もー!どうしてあんなにカッコイイの!!!」


 勢いよくしゃがみ込んだクロエに、ゲルトは「またか」と呆れる。ロジェはクロエの好みをそのまま具現化した姿をしているのだ。


「漆黒の髪にワインレッドの奥ゆかしい瞳、真っ直ぐな鼻筋、薄い唇、読めない表情、人を寄せつけまいとするオオカミみたいな雰囲気!!!はぁ・・・・・・美しい・・・・・・」


「・・・・・・クロエ様天に召されかけてますよ」


 ハッとした。いけない、尊過ぎて魂が口からこぼれ出ていた。わざとらしく大きな咳払いをして誤魔化してから、スクッと立ち上がった。


「どうやったらあの神域に踏み込めるのかしら」


「リリアーナ様に聞いたらどうですか?ロジェに唯一心を許されているんですから」


 途端クロエは顔を曇らせた。怒ったと言うより困った顔をした。


「あの子は・・・・・・特別だからアテにならないわ」


(だって別の世界から来たんだから)


 心の中で呟いたそれは愚痴に近かった。これはクロエの努力などでどうにか出来ることではない。彼女は愛しいつくしまれるよう定められている。


 勿論ロジェがそんな運命だけでリリアーナを愛しているとは思えないが、けれど、どうしてもクロエには心を許してくれない。そもそも初めての出会い方から、クロエがリリアーナと対立してた頃の印象、今までの素行も含めて全ての都合が悪い。


 クロエは全て反省した上でまた会いに行っているが、反省したからと過去が変わるわけではない。 クロエは学園時代リリアーナをいびり倒しており、彼にとってクロエは確かに『悪役』なのだ。


(でも私、あの時は・・・・・・)


「クロエ様」


 顔を曇らせると、不意にゲルトが声を掛けてきた。


「えっ、何?」


「俺にとってはクロエ様が特別です」


 ゲルトの真剣な眼差しにクロエは小さく笑った。彼は機敏に人の心に反応する。


「ありがとう、ゲルト。でも今はなぐさめは要らないのよ?要るのは努力ただ一つ!さあ、頑張るわよ!!」


 元気を取り戻して歩き出したクロエに、ゲルトは苦笑いしながら後に続いた。


「慰めじゃないんですけどねぇ。でもま、元気ならいいか」


 歩きながらふとクロエはゲルトを仰ぎ見た。


「まず、好きな人と距離を縮めようと思うの」


「はいはい」


「で、どうすればいい?」


 ゲルトはコケけそうになった。


「そこは俺任せなんですか?」


「ぶっちゃけ男の人が顔以外に何を好きになるのか分からないのよね」


 自分で言うのもなんだが、自分の顔はカンペキだとクロエは自負している。それは自分の功績ではなく、亡くなった母の功績なのだが、何はともあれロジェに美貌は通用しない。他に好みがあるのかもしれないが、顔なんてこれ以上直しようがない。


「じゃあまずは共通の趣味でも持ったらどうですか?」


 ゲルトが指さしたのは、武器の点検が行われていた武器庫だ。そして並べられているのは数々の名匠によって鍛えられた剣の数々。


「・・・・・・え、剣?」



 ***



 次の日、早速剣と練習着をゲルトに用意して貰った。親や使用人の手前、令嬢であるクロエが屋敷の庭で剣の練習をするわけにはいかないので、近くの山に登ることになる。なんだか本格的に山篭やまごもりして修行しているような気持ちになって心が重くなった。これ達成出来るかな・・・・・・。


「ひとまず軽いレイピアで稽古を致しましょう」


「はーい」


 と、軽い気持ちで練習を始めて一時間。普段から運動をしないクロエには地獄のような鍛錬に思われた。息が切れて肩が上下する。


「ぜぇ、ぜぇ・・・・・・な、なんて疲れるのかしら!?私生まれてこのかた、ここまで動いたことなんて無いわよ!!」


「そりゃ伯爵令嬢ですからね。本当はこんなことする必要無いのに・・・・・・」


 何故かゲルトがしくしく泣いている。それにしても、これからは護衛の人には優しくしよう。クロエは心に強く誓った。彼らは本当に努力に努力を積み重ねてきたのだと身をもって思い知る。


「そういえば、ゲルトは剣が出来るのね」


「これでもクロエ様の執事なので。新入り時代に執事長にみっちり仕込まれました」


 自信ありげにゲルトは微笑んだのだった。


 そのまた次の日、クロエはさじを投げる。いや剣を投げる。昨日の二時間弱の鍛錬だけで身体が全身筋肉痛だった。


「こんなんじゃらちが明かないわ!一体何年かかるのよ!」


 今朝も朝食を食べる為にナイフを握るのがもう嫌だった。身体はバキバキ、心はボロボロだ。


「じゃあ他の趣味を探します?」


「・・・・・・・・・・・・。・・・・・・いいえ、隣国に行くわ」


「は?」とゲルトは首を傾げている。実はクロエには昨晩からずっと考えていたことがあった。


「突然どうしたんです。隣国に傷心旅行ですか?」


「そんなわけないでしょ!まだ傷付いてないわよ!」


「あんなにバッサリ求婚断られても傷付いてないんですね。尊敬します」


「んんっ!黙らっしゃい!」


 クロエは大きな咳払いをした。せっかく忘れていたのに、余計なことを思い出してしまった。いやそれよりだ。


「隣国にある、あの勇者にしか抜けない伝説の剣を抜いてこようと思うの」


「へぇ?」


 それはどんな怪力の男でも抜けない、協会の前に突き刺さった剣のことだった。伝説によれば、その剣を抜くことが出来た者はかの地の魔王を倒すことが出来る、とかなんとか。


 詳細は忘れたが、とにかく。


「あれさえ抜ければ私が最強だって一発で証明出来るわ!」


 これならロジェも思わずびっくりしてしまうことだろう。


「んんん?」とゲルトは困った顔でクロエを見た。


「まあ確かにそうなんですが、クロエ様。何かその・・・・・・見落としてません?」


「大丈夫、馬車はお父様に用意してもらうから。長旅でも疲れない良い馬車のはずよ。さあ、早速隣国に出かける準備して!」


 こう言われるとゲルトは「かしこまりました」と言うしかない。

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