第28話 恋と愛
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ロジェの家は生涯ただ一人の主を決め、代々剣に生き、剣に死ぬ。そういう家訓があった。けれどもロジェは誰にも仕えず、自分の剣を極めることだけに没頭していた。見かねた父が無理矢理主を選ばせようと、学園に行くことになった。
そして学園で初めてリリアーナと出会った。前を見ていなかった彼女とぶつかったのだ。色々あってロジェの家の事情を知った彼女は、
『家がどれだけ特殊でも、あなたはあなたの道を進むべきです!』
そう言った。何も知らないくせに勝手なことを言うと、最初は思っていた。でもリリアーナはクロエにいびられても、ユーグ王子が苦境に立たされていても、自分を信じて真っ直ぐひたむきに歩んでいた。
そんな彼女に惹かれたのだ。彼女の為なら剣を奮いたい。彼女の為に命と心を捧げようと決めた。
そして今、リリアーナの為の祝福の鐘は鳴る。彼女の学園時代の様々な苦労がようやく実を結んだ。
純白のドレスに身を包んだ彼女を国中が祝福する。それは勿論ロジェも同じだが、本音を言うと胸中は複雑である。
ふと目の端にクロエが入った。どうしてクロエは学園時代と大きく変わったのだろうか。リリアーナは多分その理由を知っているが、教えてはくれないだろう。大事なことはいつもはぐらかされた。
『ゲルト、すぐに場所を特定して向かうわよ』
昨日の夕方、クロエの声聞こえた時、ロジェは自分が無関係だとは思えなかった。今までクロエは誰でも巻き込んで事件を起こしてきたのに、誰の手も借りず解決しようとしていた。だからそれが少し珍しくて、余計なことを口走ってしまった。
『ディオンを拘束するなら手を貸しましょう』
クロエは喜ぶどころか怪訝そうな目をした。
『あなたは明日の式の準備があるでしょう』
まさか断られるだなんて思っていなかった。
『クロエ様一人に任せて、後で大事になる方が問題です』
だから自分の方がこんなに言い訳がましくなってしまった。でもこれは全てリリアーナの為だ。それは嘘ではない。彼女が幸せを手に入れる時に、余計な事件は起こさせない。たとえそれがこの国の中でなくとも、この世界で彼女の邪魔をする人間は許さない。
───でも何故クロエは変わったのか、気にならずにはいられないのは、一体なんなのか。ロジェには分からない。
(俺も変わったのだろうか)
ふとそんなことを思っていた。最近やけに調子が狂う。らしくないと思う。それもきっと、あのクロエのせいだ。
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カツカツとヒールが石のタイルの上を歩く音が響く。いや、わざとうるさくなるように響かせていた。
「おいもっと静かに歩けよ」
牢屋の中でディオンは毒づいた。腕を組んで偉そうに立つ女を睨んだ。
「何しに来たんだよ」
「あらー?誰のおかげで無罪放免されると思ってるのー?」
意地悪な笑みを浮かべてニヤニヤ笑っているクロエに、ディオンはゲンナリした顔をしていた。いつかと真逆の立場だ。
「はいはいありがとうございます」
「感謝が全く感じられないけど、まあいいわ」
ディオンは何もかもが未遂だったということで、ほぼ無罪放免ということとなり、学園にて教師も復帰出来ることとなった。
本来ならこんなことは有り得ないが、ひとえに隣国国王とジョエル王子からの秘密裏の要請と、学園長の力添えと聞いた。ちょくちょく学園長が関わっているのには謎だが、この際気にしない。
「ねぇディオン先生って、本当は母親のこと好きだったんでしょ」
「別にそんなことは無い。言っただろ、俺にそんなに普通の感情は無いと」
クロエの質問にディオンは否定したが、彼の言葉はまだ続いた。
「・・・・・・ただまあ、あの人は子供嫌いのくせに一人で俺を育てた。よく喚いたし、怒鳴られるのも多かった。・・・・・・でも俺は、あの人の笑った顔も泣いた顔も喜んだ顔も全部知ってたんだ。だから好きか嫌いか決められない」
「そう」
きっとディオンが『普通の感情』ではないと言ったのは、『普通の事件』ではなかったからだ。恐ろしい数の偶然が重なった災難。きっと人ひとりでは処理しきれない感情だ。
「あれは事故よ」
「だからなんだ。俺があの人の存在を消したことに変わりはない。それだけは事実だ」
「・・・・・・・・・・・・」
「でも、お前が思ってるほどダメージは受けてない。記憶が戻って心の混乱が消えたのもあるが、ここに放り込まれてから色々考えたんだ。そしてちゃんと罪と向き合おうと決めた。だからもう誰かを代わりに憎むことは無い」
クロエは目蓋を伏せた。
「あなたを支えてくれる人は沢山居るわ。学園長も、私も、それにジョエル王子も」
するとディオンは少しムッとする。
「後者の王子はこっちからお断りだ。誰が弟に頼れるか」
(何故そんな所で意地を張る)
まあ今日は追及しないでおこう。クロエは優しさ(?)を出した。
「はいはい。ちなみにこれは単に答えて欲しいアンケートなんだけど、友達が失恋した時のアドバイスってある?」
片眉を上げてディオンは哀れみを向けてきた。
「なんだ、とうとうフラレたのか。可哀想にな、俺が牢屋に入る前に結婚しておけば良かったものの」
「フラレるのは日常茶飯事だから、私はその程度で失恋なんてしないわ!」
「お前の場合本当に他人の話なんだな。それにしても悲しい遠吠えだ」
「黙らっしゃい!で?アドバイスは?」
ちなみにこれはジョエル王子に手紙で送ろうと思っているので、真面目に答えて欲しいところだ。無理矢理兄弟に繋がりを作りたい訳ではなく、第三者の意見の方が受け入れやすいかもしれないと思っただけだ。
しかし個人的に、ディオンがどう答えるか気になっているだけというのも少しあった。
(そもそもディオンに失恋という経験があるのかしら)
クロエは軽く首を傾げた。
「失恋して、そいつはどうしたっていうんだ」
「・・・・・・泣いてたわ」
するとディオンは鼻で笑った。
「情けない奴だな。恋っていうのは愛しさと苦しさが表裏一体なんだ。だから苦しいのは普通で、それは確かに誰かを好きだった確かな証で誇りだ。苦しさがあるなら胸張って生きろ・・・・・・とでも言っておけ」
その答えはクロエの想像していた遥か上を行っていた。彼がこんなナイーブな答えを導き出すと思っていなかった。そして何よりも、彼の言葉はクロエ自身に突き刺さった。
「苦しいのが誇りだなんて綺麗事だわ・・・・・・」
「・・・・・・恋は下心、愛は真心って知ってるか」
「え?」
ディオンを見やると、至極真面目な顔をしていた。
「お前はきっと、ロジェに対してはまだ恋なんだろうな」
その時クロエはその言葉の意味が分からなかった。けれどもどうしてか、それ以上何も言えなかった。




